身を削る大人
行動を起こすには前提が必要。
目的や目標は継続の活力になる。
今回の場合は土台が必要となる。
『専門の研究機関』『発病した患者』
『膨大な臨床実験』『新薬の被験者』
『政府からの許可』『正確な検証結果』
『莫大な資金源』『惜しまない協力者』
最低限、これらが必要となる。
画期的な薬を偶然にも開発出来たとして、それをどう広め増やしていくのか。起承転結でいう起結がこの大前提なのである。
「……旧友の呼びかけに馳せ参じてみれば。目的は私ではなく、私の後ろにある巨大金庫と言うわけですか」
【出雲 黒兎】 国会議員
性別:男 年齢:57歳 身長:159cm
歩民党に所属する議員。
世間的評判と知名度は中の下。ネット上での評判は中の上。派手さは無いが実直さな愛国者としてそこそこの評価を得ていた。
最近の悩みは増え続ける白髪と抜け毛。
一日中、疲労感が絶えず付きまとう。
しかしそれも過去の話。
今は世間もネットも評価は下の上。
彼が何かをしたわけでは無い。
むしろ評価はまだマシな部類である。夢幻病の対策や補助金など諸々が重なり、名の売れている議員は一律に評価が下の下にまで落ちている。
「変な駆け引きはナッシング。俺は我が子に目覚めてほしいだけだ。また家族一緒に、蜂蜜たっぷりのトーストとココアを飲みながら他愛もない会話をしたいだけ。その『ついで』に世界中の子供も救ってやんよ。その為にはまず政府の力を貸して欲しい」
旧友の案内を受ける出雲。
突拍子の無さと場所の胡散臭さが鼻に付くが、
親交深い友人の頼みで且つ珍しく時間の隙間があった。
場所は港近くの倉庫街。
両開きの鉄扉を開いた先にはがらんどうの景色。
持て余した広い空間は音をよく反響させる。
奥の床にはカーペットが雑多に撒かれている。
それを掻き分けると地下へと続く扉がお目見えする。
鍵を開けると冷ややかな風が下から吹いてくる。
まるで子供の頃に夢見た秘密基地。
ヒーロー達の隠れ家の様だった。
「……貴方は昔から変わっていない。知りたい事、やりたい事を何よりも最優先に考える。他の一切は勘定に入れていない。その度に私は口をすっぱく言ったはずです、振り回される身にもなって欲しいと。分かってますか? 多忙な時期に私が貴方の元を訪れた理由が」
「唯一無二の親友だからだろ」
「全くもって違います。貴方が『夢の研究者』だからです。正確には脳の研究をしている脳科学者。そんな君から『夢幻病の治療法に関して 希望を見つけた』何て送られれば、職務を放り出して向かうのが真の愛国者というもの」
【三寸木 夢】 脳科学者
性別:男 年齢:56歳 身長:168cm
人間の脳の仕組みを調べる日本の研究チームに所属。
研究チームはいくつもにも分かれているが、
三寸木は睡眠時に観る夢を主な研究対象としている。
何よりも睡眠の重要性を訴える。
そしてそれを体現する様によく眠る。
世間では薬頼りの睡眠が流行する中、彼だけは普通に眠れている。寝不足クマ知らずが、ちょっとした自慢だった。
知りたがりで努力家な飽き性。
興味を持ち、入れ込み、途中で放棄する。
これを何度も繰り返す人生を送っている。
夢の研究だけは生涯一貫として入れ込んでいる。
二人の関係性は過去の親友。
連絡を取り合わなくなり数十年が経つ。
時折思い出したかの様に、ネットニュースで互いの名前を検索する事がある。
二人が邂逅した理由。
それは三寸木の一人娘が夢幻病を発病したからである。
出雲の子供は発病ラインを超えていて難を逃れた。
「今は実質無職だよ。元愛しの職場で俺の意見は馬耳東風に過ぎ去られたからな。秋の思い出だアレは。夢幻病発病してから一ヶ月で職場に休暇届を出した。そっから休暇届、休暇届……ついには無断欠勤だ! そっから独学で約一年、人間死ぬ気でやれば何とかなるものだなあッハっはっは」
「……一応聞くが正常だよな?」
三寸木の目の下には大きなクマ。
逆さ富士の様にくっきりと真っ黒び出来上がっている。
そして充血した眼はさながら太陽のよう。
「その判断もしてもらいたい。主観的ではなく客観的に。俺の夢をこんな形でお前に見せるとはな。だがそんな事は後回しだ。見極めてくれ、夢幻病に立ち向かえるのか否かを!」
長い通路の終わりを告げる扉。
扉の先は部屋は1R程の広さ。
中央にある手術台を取り囲む様に器材が並べられている。そのどれも素人目には用途不明である。
「これが昔よく話してくれていた」
「そう【夢の鍵】だ。これを応用して『子供達を夢の中から救い出す』!」