蔓延する病
夢幻病が世界に及ぼす打撃。
正体不明、原因不明の病。
全人類が平等に恐怖する。
一年が経過した今でも、自分が発病するのではないかと怯える人は絶えない。更に陰謀論者、彼らが出鱈目に撒き散らすフェイクニュースは、自らの足で知る事を放棄た人々の不安を煽る。
「夢幻病は〇〇国が作った病気!」
「政府は自分達の汚職を隠す為に夢幻病という病気を作った!」
「夢幻病は病気というがそれは間違い。何故なら、子供だけが罹るなんておかし過ぎる。あれは単なる集団催眠」
「『驚愕!? 夢幻病と日本政府の陰謀‼︎』」
彼らは人に在らず。
死の寸前まで。あるいは自分が危機的状況に置かれるまで、決して貶める行為を止めない。彼らは人の皮を被った害悪だ。
人間が最初に通る幼少期という道。
その道が突然途絶えた。
多くの者が奈落の底へ転落する。
小学校以下、幼稚園や保育園は機能停止。
教師や保育士達の職は失われて路頭に迷う。
ベビー用品の売上は右肩下がり。勉強道具を売り出している会社も同様の事態に陥っている。
標的は子供用雑貨を販売する店だけではない。
否、それ以上の打撃を受けたのは社会全体だ。
想像してほしい。
我が子を擬似的に失った親の心労を。
デスクワークに集中できるか。接客に身は入っているのか。真摯に向き合い、職務を全うできるだろうか。
出来ない。出来る筈がない。
今は眠っているだけだが、
明日には静かに息を引き取っているかもしれない。
そんな不安に魘されながら、薬を常飲する日々を送る。
今、世界的に睡眠がブームである。
睡眠で疲労回復できる上に、運が良ければ我が子に出会える。
元気な姿で歩き回る我が子の姿がチラついては消え、チラついては消え。ファーストフード店には、スーツで眠る人の姿が爆増した。
自殺をする大人の数は、
例年の十倍にまで膨れ上がった。
その半数が一家無理心中である。
「大変だねー、子供を持つ親は」
「眠ってるだけだろ? 業務に支障をきたしてんじゃねえよ。めんどくさい」
「やっぱ独身って最高だわ!」
独身貴族達による心無いマウント。
その行動に意味はあるのか。誰が得をする。
意味はあるし得もある。本人達は愉悦に浸りたいのだ。誰かを蹴落とさないと、見下さないと生きていけない悲しい生き物。
あるいはさみしがりや。
注目を浴びたいが為に馬鹿をする馬鹿。
炎上騒ぎは以前からあった日常茶飯事。
だが今ではその火で死者も出ている。
それでもボヤ騒ぎは起こり続けている。
そんな彼らに対する補償は。
子供を失った家族への手当は。
病床数の確保は。横行する死者数の歯止めは。
国はこの一年で一体何をしてくれたのか。
結論から言えば、何も出来ていない。
むしろ大幅に悪化した。
彼らが悪いわけではない。
全世界一斉にして共通に発病した奇病。
物流は止まり国交は途絶え。とても他国の支援をしている場合ではない。そして今まで続けていた輸出や輸入も滞る。
物価高、それに伴う増税。
広がる物資不足。キャベツ一玉400円。
危機的状況下、降り注ぐ更なる負債。
脳の許容限界を超え破裂する。
足が止まり、思考が延々と同じ考えを繰り返す。
病床の数が足りないのは理解している。
家庭の逼迫も重々承知している。
夢幻病への対抗策も講じなければならない。
国を支える議員達も同じ人間だ。
彼らもこの苦しみを共有する仲間である。
同じ様に嘆き悲しみ、我が子の生還をただ泣いて待ちたい。
そんな願望、切望に折れる事なく、彼らは立ち向かっている。
だが、何度だって言おう。
誰がこの事態に対処して最善を尽くせるだろうか。
我が国の為に粉骨砕身の覚悟で国家に従属した彼らだ。
職務を果たせと言われれば、頭を下げて謝罪する他ない。
しかも彼らの中にも子を持つ親もいる。
心労癒えぬまま、未知への対抗策を考えろという無理難題。彼らの行く先は鬱病か統合失調症。
そうして議会の場に出席しなくなった。
正当な理由で出席できなくなった彼らを人々はストレスの捌け口に、非難の対象にする。
「給料泥棒!!!」
「一般庶民の生活なんてどうでもいいっていうのか!!」
「議員辞職! 議員辞職!」
「国賊は出て行け!!」
「あの人たちも頑張ってる」
「『〇〇議員 出席日数0日でも給料支給!』」
「ふざけるな!!! 死ね! 死んでしまえ!!」
「『〇日〇時に首相官邸にてデモを実地予定!』」
普段彼らがネット上に上げる、
至近距離で撮影して、デモ参加者を誤魔化す手段。
それを使わずとも、ここ最近では多くの民衆が集う。中にはこの気に乗じた自称国民も多く混じっているだろうが、以前よりも純度100%の国民が多く混じっているのも事実だ。
やり場のない不安やストレス。
そこに転がる社会的な重み。
吐き出せば騒音、溜め込めば病む。
コレらは夢幻病が及ぼす被害の一端。
深刻なのは案外シンプルな問題。
『活気の消失』である。
外を歩けば鬱屈な顔。
メディアからアニメやドラマといったエンタメが廃絶。
似たり寄ったりな情報を繰り返す。
社会的な停滞は後退。
今人類は初めて、後退の一途を辿っている。
大国同士の戦争や人為的ウィルスの蔓延。
今まで多くの難題に直面したが、その最中でさえ人は成長し前進してきた。しかし今、未来へ前進する勇敢な人間は一握りしかいない。
立ち向かおうにも支援がない。
解明しようにも機関が機能していない。
「人類はここで潰える」
「神が裁きを下したのだ! 愚かな人間を見限り、最も残酷な方法で死を配られたんだ!」
「個人で出来る範囲何てたかが知れてる。しかもお手上げ状態ときた。終わりだよ終わり。残念でしたーーーー」
唯一の希望の火である学者達でさえ、
停滞の指にそっと消される。
世界から光が消えていく。
祈る神にさえ見放され、誰もが下を向いていた。
しかしこんな時でもいるものだ。
往生際の悪い人間という奴は。
「……完成した。コレで……夢幻病に立ち向かえる!」