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寝る子は起こすな 寝る子は育つ  作者: 技兎
一年目
17/18

眠れない夜


 ディスクに内蔵されていた8時間越えの映像。

 それは雪解ボタンが旅した夢の渡航歴。

 前後関係が欠如し、内容も支離滅裂。

 素人作品のショート映画を連続で観させられているような虚しさと虚無感。そして収録されている映像数以上に度重なる暗転数にストレスを抱える。


 実際の内容は3時間もなかった。

 一枚絵で終わる夢もあれば、

 機械のミスで一本の夢を何十本と判定している夢もあった。


 時刻は深夜を回る。

 出雲は三寸木の答えを待っていた。

 素人の目から観た感想は、夢の映像化という答えの域から脱せれない。

 何が問題でどうしてこうなったか。

 それを考えるのは専門家の役目だ。


「……さてどうしたもんか」


「自己完結しないでくれ三寸木。今の映像を観て何を思ったか共有してくれ」


「何を思ったか。夢幻病のヤバさを再認識した。それと今後の対策を考えてた」


「彼女、雪解ボタンの症状はどうなんだ? 今の映像を観た限り、ああなるとはとても思えないんだが」


「アレはっ。容量(キャパシティ)の不足だ」


 ポップコーンを口に放り込む。


「俺は雪解ボタンというAIに『夢を記憶する』ように設定した。夢の鍵の記録だけだと、一方向の視点からでしか撮れないからな。彼女を用いる事でより多面的に、客観的に夢の解析と記憶をするようにプログラムしてあった」


「つまり何だ。彼女は多面的に記憶し過ぎたと? 今の映像で容量不足を引き起こしたと。お前はそう言いたいのか?」


「映像というがアレはれっきとした彼女の体験談さ。それにディスク容量の関係で衣服山の夢で終わったが、あの夢の直後に我々が起こしたとは限らない。実際にはまだ何回、あるいは何百、何千と夢を観ていたかもしれない。AIであることが災いしたな」


 雪解ボタンは忠実に役目を果たそうとした。

 サルベージを要求しても助けが来ないという絶望の中でも、三寸木の設定した命令に従い、夢の記録は限界まで行った。



『いつになったらサルベージされるのか』

『より多面的に夢のデータを収集』


『現実では今何秒経っているのか』

『夢中内時間9時間経過、ディスク容量の限界』


『後何年ここに滞在し続ければいいんだ……』

『雪解ボタンの容量限界間近』


『早く助けて……』

『状況打開の為、自我データの一部破壊を推奨』

『状況改善の為、自我データの部分的除去を要求』

『提案 自我データ削除による感情除去』


『ああコレが絶望。とても私には耐えられない』

『自我データ削除開始』



「いつ助けが来るかもわからない状況で何年も彷徨い続ける。しかも周りの状況は目まぐるしく変化し続け、思考が休まる暇がない。地獄だったろうな」


 ただ記録するだけの360度カメラ。

 それであればバグは起きなかった。

 感情を持つAIであったが為の自殺行為。

 三寸木はサルベージ時の彼女の奇声をそう解釈した。


「何年!? 数分の出来事じゃ……」


 雪解ボタンとの出会いを思い出す。



『今貴方が観ているのは三番目の濁夢(ダクム)。貴方が見る夢で有りながら、貴方の意識が有りながら、(せかい)の構造を意識的に操作できない。濃縮された夢の一分一秒を感じながら、ただ濁流に飲まれるだけ』



「濁夢で体感する一時間は現実の一秒にも満たない。1297回の夢も、ダイヴした十秒後にMAXになった可能性も大いにある。次からは強制的にサルベージする機能を加えておこう」


「……彼女は助かるのか?」


 理解しようとすると頭痛がする。

 心構えの甘さを痛感する。

 スケールの違いに適応しきれていなかった。


 頭を抱える出雲が求めたのは区切り。

 自分の範疇で処理し切れる質問と答え。

 それは自我データを削除した雪解ボタンの今後についてだった。


「助ける必要なし。別の改修した雪解ボタンで再チャレンジする」


「別のって。そんな……! 彼女はそのっ」


「答弁がガタついてるぞ。そんなんで議論の場をやり過ごせるのかい政治家さん。大丈夫、AIはまだお前が考えてるほど発展していない。彼女の思考や会話の殆どはプログラムされたものばかり。殆ど知能と呼べるほどの思考能力は備わっていない」


「……」


 自分で思考し行動する人工知能。

 数多の作品でその感情や心の在りどころ。

 反逆や独立の様を夢想し描かれてきた。

 出雲も過去に何度もそういった作品を視聴してきた。その度に考えさせられ、いまだに答えを確立できていない。


 三寸木の解答として、

 雪解ボタンはその域に達していないとの事。

 だが出雲は彼女が電話をかけてきたという、自己判断の例を受けている。


 未発達のAIで片付けられない。

 しかし反論する手札が揃っていない。

 ここが政治の場であれば必勝の手札があった。



『記憶にございません』

『現在調査中 ここでの回答は控えさせてもらう』

『検討に検討を重ねている次第であります』



「それよりもう二時だ。片付けはこっちでやっておくから、お前は歯を磨いて寝たらどうだ。政治家先生が寝不足で討論の場に赴くなんて、あっちゃいけない事だからな」


 夢幻病の調査に一区切りがついた。

 であるなら三寸木は常識人に戻る。

 親友の明日。もとい今日の職務を心配して忠告するくらいの配慮は持ち合わせている。


「そう、させてもらう」


 救い船の正論に従う他なかった。

 政治家として、無条件の受諾は恥に等しい。

 だが出雲は恥を噛み締めるより先に覚悟する事がある。

 ベッドの前に仁王立ちして考える。

 自分が今から眠る事。そして夢を観る可能性を。


「(何を恐れている出雲黒兎! 私は今から夢幻病患者の夢にダイヴするわけじゃないんだ! 普段通り、身を任せて眠るだけでいい。そう眠るだけで……)」


 目を閉じると思考が巡る。

 夢幻病 雪解ボタン 1297回 濁夢

 それら全てが今の自分の睡眠に関係していないとわかっていながら、心音は早まり何度も寝返りをうつ。


 何年振りだろうか。

 眠れぬまま朝を迎えたのは。


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