大人も子供
マスコミは信用ならない。
だが蔑ろにしてはならない。
これは出雲だけでなく、多くの政治家の共通意識として根付いている。昔に比べて求心力は衰えたものの、彼らの情報を鵜呑みにする人間はまだ多い。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ宜しくお願いします」
出雲は〇〇新聞社の記者と握手を交わす。
今回は一対一の対面形式。
テーブル上にはボイスレコーダーが置かれている。
一対一での取材は身構える必要がない。
否、言葉が正確ではない。
一対一のこの状況下で、無礼な言葉遣いで政治家を煽り、ボロを出させようとする記者はまず居ない。だから誠実に記者の質問に耳を傾けられるという意味である。
進路を塞がれる心配がない。
マイクを突き出され、ぶつけられる事もない。
言いたい放題を投げつけられたりもしない。
「夢幻病に対する社会保障〜……政府としての具体的な対応策〜……小学校や幼稚園保育園等への現在休止を余儀なくされている場所で仕事されている方々に対する〜……」
「(他の政治家の方々が既に答えた内容ばかり。今日はハズレか)」
政治家にとって、誠実で真面目な記者はハズレとされている。
しっかりと準備を整え、世論が聞きたい質問と小突かれると痛い質問ばかりをしてくるからである。
その為、画一的な記者は当たりとされている。
誰かが言った模範解答を多少変換すれば済む。
だが出雲は逆である。
ありきたりな記者をハズレ
的確な記者を当たりと呼ぶ考える稀有な政治家だ。
「本日はありがとうございました」
「いえこちらこそ、とても有意義な時間でした」
表面上の笑顔と力の篭っていない握手。
一時間の取材も、適当な返答だけで脳を使っていない。
質問の折り目の度に考える。
あのディスクには何が映っているのか。
それは人が観ていい代物なのか。
「(雪解ボタンはAI。私の認識が間違っていなければAIは自分で見て、聞いて、考え成長する人工生命体。つまり人と違う点は人工であることと電子であることだけ。そんな彼女が奇声を発しながら夢幻病から戻って来た。素人考え+同じ人として彼女を見るなら精神が壊れる原因があったに違いないが)」
「……出雲さん、どうしました?」
「……今の映像を見て改めて思うのですが……」
本日は最後の仕事であるテレビ出演。
ご意見番を中心に医者先生とインフルエンサー。
そして芸人枠を一人加えた夕方のニュース番組。
台本に沿った内容をお届けする。
「働き詰めですよ毎日。ストレスから仕事を辞める人が後を絶えません」
「日本の政策っていつもいつも後手後手なんですよね。アメリカとかだともっと効率の良い進め方を〜……」
「出雲さんは度々Twintterなどでご自身を書き込んでいらっしゃいますが、実際にそれが現実で反映されていない。と、世間の人は思っているわけで〜……」
言いたい放題言われる。
だが出雲はこの番組が嫌いではない。
この番組では議論時間が採用されている。
有識者の考えを聴けるまたとない機会。
ただ質問は慎重に選ぶ必要がある。
下手な質問をすると進行役に遮断されかねない。
「(出演者の顔ぶれも変わった。司会者は未婚、出演者も同じか、既婚者でも子供が発病ラインを超えた人。この人達に夢の鍵の話をしたらどうなるのか。喜び伝え回るか、それともネットでばら撒かれるのか)」
そんなリスクのある行為はしない。
政治批判をする映像が退屈で、
ふとそんなことを考えたに過ぎない。
仕事が終われば帰路に着く。
普段であればもう少し仕事に時間を割く。
だが今日は直近で帰らなければならない理由がある。
部屋の明かりはついている。
三寸木が起きているのは明白だ。
書き置きには冷蔵庫に昨日の残り物がある事と、最近起動していない個人用のサブPCのパスワードを残して置いた。
「……ただいま」
久しぶりにその言葉を口にする。
家に誰かがいるのは一年ぶりだ。
「あっおかえり」
三寸木はリビングでPCを触っていた。
残り物は全て平らげられ、食器洗い機にかけられている。
出雲は途中で買った弁当をテーブルに置く。
「体の具合は? もう大丈夫なのか」
「お陰様で。睡眠不足が解消されて、久々に目のバチバチも消えてクリーンな視界だ。今なら素人が書いた句読点のないコラムも読めそうだ」
風呂が沸いた音がする。
三寸木は巧みに部屋の機能を扱えている。
「とりあえず風呂にしたらどうだ? 汗を流して、飯を掻っ込んで……これを観よう」
雪解ボタンの夢の記録が納められたディスク。
三寸木は好奇心を抑え、出雲の帰りを待っていた。
どうやら本人の言葉通り、就寝して冷静さを取り戻したのは確かだった。
「……コーラとポップコーンも買っておくべきだったか?」
「グッドアイディアだ出雲! 早速注文をしておくよ」
冗談で言った台詞を間に受ける三寸木。
最近のデリバリーは早い。
注文後30分以内に玄関口で物が届けられる。
その際にエントランスの人に物珍しげに見られた。
ビッグサイズのバケットに入ったキャラメルポップコーン。
そしてLLサイズのコーラ。
風呂上がりに旧友と大画面テレビで観る作品。
今後の夢幻病を左右するかもしれない重要な映像。
だがその御機嫌な鑑賞スタイルに、三寸木だけでなく出雲も年甲斐もなくワクワクしていた。




