仕事一辺倒
病院は人の治療を目的としている。
夢幻病もその例に漏れず、多くの子供達が病院のベッドの上で眠りについている。
だがそれには限度がある。
自国の子供だけを優先したとしても、病院のベッドの数は足りていない。そんな時に用いられるのがホテルといった宿泊施設の併用である。
横行するフェイクニュースに振り回される市民。
ただ眠っているだけと腹を括っている人間は、少なくとも発病者の家族には一人もいない。
政府からの発表後、宿泊施設に市民らは押し寄せた。
「駄目でしたね。五、六件程電話してみましたけど、どおこも満室で使えません」
「やはり駄目か。まさかようやく通した法案がここで首を絞めてくるとは」
後部座席で三寸木親子を眠らせている。
こうして見てみると変哲もない普通の光景。
「それでこの後どちらに行かれますう? 念の為に申し上げておきますが、先程から参加する筈でした集会の議員の方々から連絡が止まりませぁえああほら今も」
「……」
出雲は電話を取る。
相手の議員は無断欠席をした出雲に事情を聞く。
「旧友が過労で倒れたとの連絡が私の電話に届き向かった次第です。気が動転して連絡が遅れてしまい申し訳ありません」
「お友達が過労で。なら仕方ない事だ。私の方こそ、そんな忙しいタイミングに連絡をして悪かったね」
嘘は言っていない。
相手の議員も出雲が嘘を言っているとは思わない。
普段の勤務態度の賜物である。
「こっちは話つけておくからゆっくり……ってわけにもいかないか。全く政治家も忙しくなって……おっと無駄口が過ぎたな。それじゃあまた次の機会に」
「ハイ、お疲れ様です。今回は誠に申し訳ございませんでした。……っ」
肺に溜まったぬるい息を吐き出す。
そして思う、やってしまったと。
政治家はどれだけ身内に恩を売り、
弱みを集められるかが重要な職業である。
票集めや情報に資金集め等用途は幅広い。
少なくとも議員集会メンバーは出雲に恩を売った。然るべきタイミングで受けた恩を返さなければ、政治家として四面楚歌に陥る。
「何処かで休憩なさいますか?」
「……いい。それより私のマンションに向かってくれ。そこで彼らを下ろすから手伝って欲しい」
「了解です」
「……深く聞かないんだな」
「聞いた方がよろしかった? 何ならボイスレコーダーをつけましょうか」
「週刊誌に売ればかなりでかいネタだがな」
本来であればあり得ない会話。
政治家は弱音、軽口を軽率に言えない立場。
例え親しい友人、愛する家族であっても漏らしてはいけない。国を左右する職についているのだから当たり前なのだが。
「冗談でえす。私は貴方を売るような真似はしない。あの日助けてもらってから、私は貴方を信じると決めたんでえすから」
「……落ち着いたらまた飲みに行くか」
「例のバーでね」
マンションまでは片道一時間。
俗にいわれる高級マンション。
入り口は厳重に警備され、指紋登録した人以外では通ることができない。
「出雲さんはお嬢さんを。私がこの方を背負いますので」
「大丈夫、はお前には愚問だったな」
痩せた三寸木を楽々と背負う。
高級マンションで人を背負いながらの入室。
偶然通りすがった人や住民の方々。
警備の人から事情を聞かれたりと散々な目にあった。
エレベーターの八階に部屋を持つ。
一人で住むには十分すぎる程広い。
「二人をソファに。客人用の布団を出してくる」
必要最低限な物しか置かれていない。
ミニマリストとまではいかないが遊び心がない。
最近は寝付きが悪いのか、冷蔵庫の中には度数の高い酒がストックされている。
「お二人を寝かせましたけどお、どうするので? この後も予定があります入っていますが、キャンセルなさいますかあ?」
「いや、書き置きだけ残して仕事に戻る。これ以上支障をきたすわけにはいかない。三寸木もいい大人だ。馬鹿な真似はしない、と思う」
「三寸木さん。三寸木さんねえ……」
ディスクは寝室に置いてきた。
無人のディスクケースの中。
元々映画用に買っていて使われず放置されていた品がここで役立つ。
「……後はデスクライトを置いて目印を。コレでよほど馬鹿じゃない限り大丈夫だろう」
「仕事に戻られるならお急ぎを。新聞記者を待たせるとある事ない事書かれてしまいます」




