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シンデレイラ

作者: 梅田 絡迷



「阿呆の唄。」

 命を! 矜持を、プライドを! 今すぐ、かなぐり捨てろ。

 無駄な虚飾は要らぬ。撲れ。ただ少しの情愛。


 と或る町に、一人の少女がいた。この少女は、学生であり、また、下宿に住んでいる。少女には、人に誇れるものが一つもない。学はあるのだが、一般的なもののみであり、親類は幾度となく褒め称えていたが、容姿も一目置かれるほどのものではなく、楚々としていた容姿も、この頃段々と色褪せていた。

 しかし、この少女には、一つ、個性とも思しき趣味があった。どうやら、人々によく謳われる、神というものも、捨てたものじゃないようである。少女は、絵が描けた。

 少女は、画材を手に入れるために何度も、仕送りとして送られてくるお金を切り詰めて生活し、(この行動が、彼女の身体に影を落としたことは、言うまでもない)度々画材を買い求めた。そうして、時間をかけ最終的に三枚の絵画を描き上げた。

 絵画にはそれぞれ、

「夢」

「湖畔の白鳥」

「白雨降る街」

 という名がつけられた。

 少し前の時分に少女は、二枚の絵画を完成させた喜びから、学び舎へと絵を運んでゆき、友に絵画を見せる、ということを始めた。

 一枚目の「夢」は、好評であった。友は、

「絵が描けたの? 素晴らしい出来じゃないの」

 と、感嘆した。

 味をしめた少女は、数日後、また絵画を持ってきた。二枚目の「湖畔の白鳥」は、「夢」を優に超えた。友は、唖然とし、自分のことのように歓喜した。友(これからは、Mと呼ぼう)が、絵画のことを、あるいは観賞により生じた感情を伝えたのであろうか。絵画を見せてくれ、と数十人のクラスメイトがやってきたのである。少女は、驚きながらも得意げに、「湖畔の白鳥」という名について、絵画自体について、声高らかに説明を施した。

 もしやすると、チップを集めていたら、彼女の生活が一変していたやもしれぬ。然ることはさておき、この少女であるが、この一件を機に、「創作」というものへの見方が変わった。少女は、様々な絵画を鑑賞し、幾人もの画家に傾倒していった。

「最後の晩餐」

「海辺の母子像」

「星月夜」

「駿州江尻」

 これらの作品に、彼女は特に感銘を受けた。彼女は、先日受け取った声を反芻しながら、技巧を凝らし「白雨降る街」を描き上げた。彼女は絵画を見つめ、確信した。この絵画は、今まで自分が描いてきたどんなものよりも秀でている。

 そう確信した彼女は、学び舎へと作品を持参した。しかし、彼女の心は破壊せられた。二枚目の作品より、興味を持ち閲覧してくれる人が減ってしまったのである。延べ十人であった。そのうち、三回分はMであるため、実際は八人である。

 それからの日々は、実に短かった。彼女は絵を描き続けた。何故描き続けるのか。それが分からずに、ただただ描き続けた。描けば描くほど、彼女の絵画は著しい成長を遂げたが、絵画に興味を示す者は段々と減ってゆき、「白雨降る街」から、四作目の「荊と愛憎」を完成させたときには、Mすらもが、彼女の絵画を見ぬようになってしまった。初めの頃の二作にあった、オプティミズムや生命の躍動が見られなくなったのである。

 今の彼女の作品は、何らかによる呪縛に囚われているように、思われた。

 それから数日が経った日、彼女は精神を病んだ。また、その所為か、持病の喘息が悪化してしまった。彼女は学び舎を欠席し、母に、

「風邪を引いてしまった。しかし、ただの風邪だろうから、心配しないでくれ」

 という旨を伝えた。翌日、母が家を訪れたが、幸いその日は体調が他の日に比べ良好だったため、持病が悪化していることは、露見しなかった。

 その翌日から、彼女は画家となった。

 絶え間なく絵画を描き続け、どんどんと体が壊れていった。一週間で何作もの作品を創り上げ、彼女は、とても華奢な姿となった。

「幻想」という、黒などの無彩色を基調とした抽象画。

「午時葵」という、老婆が一人描かれている絵画。

 その二作が、どうやら彼女にとっての秀作であるらしく、彼女はこの二作が描かれたキャンバスを壁に飾っていた。

 と或る冬の日のことである。彼女は一枚の絵画を生み出した。彼女の部屋には、電灯が灯っておらず、窓から差し込む日の光のみが、彼女を照らしていた。彼女は、喘ぎ、咳き、絵画を創り上げた。

 彼女は、咳嗽を繰り返し、縄を携えて、風刺画が描かれたキャンバスの裏に文字を書いた。

「シンデレイラ。」

 彼女は、逃避行をした。逃げたのだ。

 咳が、止んだ。

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