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ギデオン

「あの……どちらさまで」


「ギデオン! 今日は来てくれたか。また貴族の娘っ子とよろしくやっていたのか?」


「まあそんなところですね、向こうが放してくれないんで手間取りましたよ。ご主人よりもオレの方がいいそうです」


「まったく……、火遊びも大概にしろ。とにかく、ようやく顔合わせができたな。アビー、この男がもう一人の隊員、ギデオンだ」


「アビーです。名字はないので、アビーとお呼びください。よろしくお願いいたします」


「へえ……、平民()()ねえ……。隊長、どっから拾ってきたんだ?」


 貴族や王族であれば名字はあるものの、平民は名前しか与えられない。ジェイクとギデオンは貴族であることは確実なので、そうでない自分が少し恥ずかしい気持ちをアビーは覚えた。


「そういう言い方はやめろ。猫か何かじゃないんだ。彼女はハードウィックの町出身の竜騎士だ。普通に挨拶しろ」


「はいはい……、わかりましたよ。オレはギデオン。ギデオン・スレイプニルだ、よろしくな」


「え……、スレイプニルというとこの城の方ということですか……?」


「そ。ここオレんち」


「じゃあ、なぜ隊長室がこんな粗末な部屋なんですか? あなたの方から進言すればもう少しは……」


 そのスレイプニル家の人間が竜騎士とあれば、隊長室がこんな粗末な部屋で済むはずがないと、アビーは考えたのだが……。


「アビー、そういうことはいいんだ。言わなくていい」


 ジェイクは黙れと言わんばかりに目を伏せ、諦め気味に言う。何か二人、ないしはギデオンに問題でもあるんだろうか、とアビーはふと思った。しかし詮索したとしても知り合ったばかりの人間にそんなことをするのは失礼だし、何より聞くなという雰囲気ができあがっているので、彼女はその考えをすることをやめた。


「いろいろあるんだよ、この城(うち)は。それでも住みやすくて好きだな。……しかし、こんなむさくるしいところに素敵な女性が来るとはね。オレとしては嬉しいよ」


 そう言いながらギデオンはアビーの手を取り、その甲に口づけをする。


「え、あ、あの……!」


 アビーはまさか貴族の人間が平民である自分にこんなことをするとは全く予想もしなかったので、かなり驚いてしまった。身分の差というものは大きな見えない壁のようなもので、普通はこんなことをする者はいない。いたとしてもかなりのたわけた者くらいだろう。


「あー、オレはそういうこと気にしないから」


「しかし……。こんなところを他の方に見られたら、あなたが困ると思いますが……」


「いいんだよ、アビー。ギデオンは無類の女好きだ、誰も気に留めやせんよ」


「そういういい方はやめてくださいよ、隊長。オレがただの馬鹿みたいじゃないですが」


「そうとも言える……が、俺がお前をそう言ったということを周りに言いふらすんじゃないぞ。あとで面倒が起こる」


「言いませんよ、そんなくだらないことは。気位だけ高いどこかのお坊ちゃんじゃありませんからね」


 ギデオンはアビーから離れ、頭を掻きながら誰かのことを思い出している様子だった。


 ジェイクとギデオンは上司と部下の関係にもかかわらず、立場はどちらかというと逆のようにも見える。たぶん同じ貴族でも階級が違うんだろうと、アビーは考えた。身分というものは面倒なものだ。それのせいでいろいろと面倒ごとが起きるということをアビーは知っていたので、騎士になるということをかなり悩んだ。しかし、彼女には誰にでもなれるわけではない騎士の中でも、非常に特別な竜騎士という存在になるしか道がなかった。今の彼女は貴族とは違うが、同等の身分。けれども元平民という札をぶら下げている彼女に、貴族連中の視線は冷たい。それに、平民からは自分だけ上に行きやがってと妬まれる。


 非常に足元のぐらついた立場に追いやられた存在になってしまったことに対して、アビーは苦しいと感じている。それがワイバーンというドラゴンの一種を育ててしまった、彼女の業。


「……これで全員そろったということか。よし、これで気兼ねなく話が始められるな。二人とも、心して聞け」


 ジェイクはまたごほんと咳を一つし、話し始める。


「我々はラーン王国唯一、そして他の国にはない竜騎士隊、ということは理解しているな? そこに本日付けででアビーが就任してきたということだ。彼女は元々平民だが、今は騎士としての身分。貴族とは少し違うがほぼ同じようなものだ。ただし、俺と同じような下級貴族程度の身分しかないがな」


 貴族の中にも身分差があり、ジェイクがその中でも下級貴族だということがわかった。だからジェイクとギデオンの上下関係があやふやな感じだったのかと、そのときアビーは気づいた。本来であればジェイクはギデオンの上に立つことはできないのだが、何かしらの理由があって彼が隊長をしているので、一応の上下関係はできているということだ。


「この隊の中では身分差は関係ない。ワイバーンを操ることさえできれば俺は誰でも歓迎だ。ギデオン、お前もそうだろう?」


「そうですね、オレも構いませんよ」


「……ありがとうございます」


 アビーはまだ彼らが自分よりも上の身分の人間として見てしまっているので、多少ながら委縮してしまう部分があるのだが、彼らはそれを気にするなと言わんばかりに、屈託のない笑顔で受け入れてくれる。そのことが彼女にとっては嬉しかった。


「でだ。ラーン竜騎士隊は今は俺とギデオンの二人だけだった。なぜか? それはワイバーンを操ることができる人間がいなかったからだ。ワイバーンはそう簡単には人に懐かない。卵から孵してすり込みをさせることで親代わりになるくらいしか(すべ)がない。おまけに凶暴なせいで卵も滅多に取れるもんじゃない。だからこそ、この隊に入れるということはそれだけで名誉なことなのだ。ドラゴンの一種であるあの獣を子犬のように飼い慣らせるのは我々だけだということを。ということで今回アビーが新たな人材として見つかったことは非常に幸運なことだ。たった一人隊員が増えるだけで戦力は倍増する」


 ワイバーンは基本的には山岳地帯に生息するドラゴンの一種で、馬の二倍ほどの大きさの生物だ。

姿かたちは個体差が多少あるものの、全身鱗に覆われ、角を何本も生やしコウモリのような羽をもった二足歩行の、トカゲにも似た生き物。空を飛び、火を吐き、鋭いかぎ爪を持った生きた兵器とも言える。


 アビーはその一頭と、幼い頃から行動をともにしている。彼女の父親がどこかの商人から生活費を使ってまで卵を買ってきたのだ。それを彼女に与え、孵すことに成功した。そうして、育てること自体苦労の連続だったが、立派な成体へと成長したワイバーンとともに暮らしているうちに、ラーンの役人に声をかけられて今に至る。


「ここ十年ほどの間、領土争いで隣国のフヨードとの関係が悪いのはわかっているだろう? まあ、悪いどころの騒ぎじゃないがな。その関係で我々は求められている。たった一人の竜騎士と一頭のワイバーンで戦局ががらりと変わることもあり得るからな。カタパルトなんて目じゃない。連続的に、しかも好きな位置で攻撃の出来る兵器など、他には存在しないからだ。おまけに……」


 ジェイクの話はそれから戦争について、竜騎士隊の成り立ちなどへと話が続いていく。


 真面目な内容だとはわかってはいるものの、長々と話をしているジェイクを横目にアビーはなんだか退屈な気分になってしまい、それを打ち消すようにギデオンの方をちらりと見る。短く刈られた銀髪。少々わし鼻ということを除けば整った人好きのする顔立ち。おまけに背も高く体格もよいので、貴族の女性たちが放っておかないのも納得がいく。それに、さっきのような態度で彼女らを虜にするんだろう。すると、ギデオンはアビーの視線に気づいたようで、にっこりと微笑んでから眼でよろしくと挨拶をしてきた。アビーの方もそれに応え、眼で挨拶をする。先ほど交わした手の甲へのキスのことを思い出しながら。


「……隊長って話長いだろ? この手の話題になると特に長いんだよ。オレはもう何度もこの話聞いてるし、正直うんざりだ」


 そう耳打ちするようにしてギデオンはアビーにこそこそと愚痴を漏らす。そうしている間にもジェイクは延々と話を続け、二人の様子には気づいていない。


「隊長、ちょっといいですか?」


「なんだ、言ってみろ。今ちょうど話が乗ってきた最中なんだ。手短にな」


「いや、あの申し訳ないんですけど、オレ、ちょっともよおしてきちゃって……」


「……仕方がないな、さっさと行ってこい。それとだ、このあとワイバーンと顔合わせするから、いつものところで待っていろ」


「了解です。じゃあお先に」


 アビーにウインクをしたあと、さっさと部屋を出ていくギデオン。そんな彼を見たジェイクはため息を一つ吐いてから彼女に少しだけ寂しげに言葉を漏らす。


「…………なあ、アビー。俺の話はつまらんか?」


「え……? なぜそんなことを急に言うんでしょうか……」


「俺が話を始めると、毎回ギデオンのやつはああやって席を離れるんだ。最初の頃はたまたまだと思って気にはしていなかったんだが、こうも続くと俺の方が何かおかしいと思うんだ」


「私は隊長の話は初めて聞きましたが、退屈だとは……」


 実際ジェイクの話はつまらないと感じてしまったアビーはどうやって誤魔化そうと、視線を泳がせながら言い訳を考えていた。


「やはり退屈か……。そうだな、もうちょっと内容を考えてから話すことにする」


「も、申し訳ありません……」


「いや、いいんだ。そう感じるのなら、そうなんだろうな」


 態度で向こうは真実に気づいたようで、アビーは就任早々失敗したと自分のしたことに後悔した。

しかし、ジェイクはずいぶんと部下に寛容な性格なようで、自身を悪く言われても笑っており、特に気にしていないように見える。そのせいか、アビーはだいぶ緊張が解け、ジェイクの笑いに同調するように優しく微笑んでいた。


「まあ、話はとりあえず終わりだ。少しはこの竜騎士隊のことはわかっただろう? ということで、さっきギデオンに言ったように、ワイバーンとの顔合わせだ」


「はい。外とのことですが、一体どこで顔合わせを……」


「ついてこい。とっておきの場所があるんだ」


 そう言いながらジェイクは歩き出し、部屋を出ていくので、アビーはそれに続いていくことにした。

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