第96話 封印のケア
『津田ベーカリー』の一件から一週間が経った。
俺はまたしても三日ほど寝込むことになってしまったが、事後の手筈は整えていたので大きな問題は発生しなかった。
あの立川の率いていた組織については、静子の集めた数々の黒い証拠をもとに、完膚なきまで叩き潰した。
構成員の個人情報も全て調べ上げて提供済みなので、警察はさぞ逮捕が楽だっただろう。
ただ、半分以上の武闘派構成員は、未だ病院のベッドで寝込んでいる。
「……その、すいませんでした」
「悪ぃ、俺も手加減している余裕なかったからよ」
奴等に同情の余地はないが、流石に少しやり過ぎだった感は否めない。
骨折程度ならまだマシだが、一部には内蔵にまでダメージがいっている者もいたのだ。
「状況が状況だったうえ、身体強化初心者である尾田君はともかくとして、麗美の方はどうしてそうなった」
『津田ベーカリー』に襲撃をかけた6名は、全員が原因不明の重体として処理されている。
お陰で、予め用意しておいた暴力団同士の抗争というシナリオが全く意味を成さなくなってしまった。
「そ、それはですね、折角の生の実験体だったので、つい色々と検証をしてしまったというか……」
……まあ、その答えは最初から予測済みであった。
それでも一応尋ねたのは、もしかしたら違う理由があったのかも……、という些細な願望からである。
「すみません師匠。私もバックアップに集中していたため、麗美さんが何をやっているかまでは把握していませんでした」
「……いや、静子に責任はない。俺がしっかりと念を押しておくべきだったんだろうさ」
俺は心のどこかで、同じ魔術師である麗美のことを無条件に信頼している部分がある。
今回はそれが裏目に出たと言えるだろう。
「そ、そんな! 全責任はこの私にあります!」
「麗美、もちろん責任はお前にもある。あとで俺と一緒に反省会をするからな?」
「はい……」
麗美はシュンとした様子でそう返事をするが、俯く直前に口角が上がったのを俺は見逃さなかった。
反省の色が見えないので、少々キツイお仕置きが必要かもしれない。
「まあ、反省点はこのくらいでいいだろう。それ以外については、皆本当によくやってくれたと思う」
今回の作戦は、淫魔の角の件を除けば大成功と言える結果に終わった。
人質の救出、悟さんの護衛、『津田ベーカリー』の防衛は予定通り遂行でき、事後処理についても問題なく完了している。
「まず一重、悟さんの護衛について、良くやってくれた。麗美とは違って加減も完璧だったようだし、護衛としては満点と言っていいだろう」
「と、当然です! 私が一番のベテランですからね!」
悟さんを尾行していた構成員二人は、立川の指示で悟さんに襲撃をかけようとしたようだ。
しかし、護衛についていた一重が華麗に対処したことで事なきを得ている。
「如月君も静子も、裏方ながらしっかりと役目をこなしてくれて助かったよ。……麗美も、やり過ぎな点を除けば本当に良くやってくれたと思う」
如月君がついていてくれたお陰で、残された陽子さんと真昼ちゃんも、幾分かは不安を軽減できていたと思う。
そして静子に関しては、相変わらず完璧なバックアップであった。
麗美に関しても、彼女がいなければ作戦が成り立たなかったというレベルで作戦に貢献してくれている。
そして……
「尾田君、君が今回の作戦の一番の功労者だ。本当にありがとう」
もし尾田君がいなければ、俺は侵入の段階で『転換の秘法』を使わざるを得なかっただろう。
そして、使っていれば恐らく津田さんを救うことはできなかった。
彼には感謝してもしきれない。
「礼なんていらねぇよ。俺も力の扱いに慣れたかったし、丁度よかったからな」
尾田君は照れたように頬をかいてそっぽを向く
礼を言われ慣れていないのか、初々しい反応であった。
「あ、そうだ尾田! お前、自分だけ魔術教えてもらいやがって、ズルイぞ!」
「あ? 俺は別に教わっちゃいねぇよ。自分で使えるようになっただけだ」
……まあ、確かに俺はきっかけを与えただけで、直接魔術を教えたワケではない。
尾田君が身体強化を習得したのは、本人の資質によるところが大きいだろう。
「そんなワケあるか! 兄者、俺にも魔術教えて下さいよ!」
「如月君には、まあその内ね」
「本当ですか! 絶対ですよ!」
如月君が魔術を扱えるようになるには、まず魔力を得るところから始めないといけない。
その辺は追々考えるとしよう。
「師匠、それよりも、津田さんの方は大丈夫なのでしょうか?」
「……今のところは、な。ただ、今後もケアは必要になってくる」
「ん? ちょっと待てよ。津田にかかった呪いってヤツは、神山が治したんじゃないのか?」
「……いや、通常の方法で、彼女の呪いを解呪することは不可能なんだ。俺にできたのは、せいぜい効果が漏れないように封じることだけだった」
『淫魔の角』による催淫効果は、呪いに類する強力な影響力を持っている。
それを解呪することは、通常の魔術では不可能である。
やれることといえば封印を施し、効力を抑え込むくらいなのであった。
「封印ですか……。しかし、その様子ですと、封印は完全ではないということですか?」
「その通りだ。今の俺には、『淫魔の角』の効力を一時的にしか封じることはできなかった」
かつての俺であれば、『淫魔の角』の効力を完全に封じ込めることができたかもしれない。
しかし、この世界の俺の魔力では、たとえ『転換の秘法』を使おうとも、それは不可能であった。
俺にできたのは、一時的に効果を抑え込む簡易封印を施すだけだったのである。
「なるほど。それでケアが必要になるのですね」
「ああ。津田さんには悪いが、そうするしかない」
封印は、週に一度のペースで再構築する必要がある。
その度に、津田さんへはあの時と同じ行為を強いることになるのであった……




