剣と魔法の世界から日本に転生した賢者～バカとテンサイはカミヒトエ～

三章 津田朝日

第82話 群集心理

（津田さんは今日も休みか……）

　津田さんは、昨日今日と学校を休んでいる。

　木曜日と金曜日はバイトがないため、もう二日も顔を合わせていないことになる。

　別にそれがどうということもないのだが、ここのところは毎日顔を合わせていただけに、妙な気分だった。

「神山君、おはよう」

「ああ、速水さんか。おはよう」

　何やらモヤモヤとした気分を持て余していると、速水さんが声をかけてきた。

　まだ登校してきたばかりらしく、その手には鞄を持ったままである。

　その様子に、俺は少しばかり違和感を覚えた。

「……どうしたんだい？ 何か急用でも？」

　速水さんとはあの一件以降、それなりの距離感を保っている。

　尾田君との関係について尋ねられることもなくなったし、熱い視線が送られてくることもなくなっていた。

　静子や津田さんとは良い関係を築けているようだが、それに関しては俺はノータッチである。

　だから、こうして彼女が俺に尋ねてくるのは、最近では珍しい。

「急用ってワケじゃないけど、ちょっと気になることがあって……」

「気になること？」

「……うん。津田さんのことなんだけど……」

　……ああ、成程。

　速水さんは津田さんと仲が良い。

　彼女が休んでいることについて、速水さんも心配しているのだろう。

「もしかして、津田さんのお休みのことについてかな？ ……残念ながら、俺は何も聞いていないけど」

　教師からは、体調不良で休んでいると聞いているが、詳しいことはわからない。

　それについて根掘り葉掘り尋ねるのも気が引けたので、彼女に直接連絡を取るようなこともしていなかった。

「……実は、私もなの。SNSで連絡しても反応が無かったし……」

　それは確かに心配になるな……

　風邪くらいの症状の場合、現代っ子ならSNSで連絡くらいするものである。

　それもできないということは、余程病状が悪いのか……？

「だからってワケじゃないけど、今朝、津田さんの家に寄ったら……、お店、やってなかったの……」

「っ！？」

　なんだって……！？

　津田ベーカリーの定休日は火曜日である。

　金曜日に店を閉めているのはおかしい……

　まさか、インフルエンザなどで一家全員がダウンしたとか……？

　もしくは、何か他の理由があるのだろうか……

「……やっぱり、神山君も知らなかったんだね」

　速水さんが不安そうな表情で俯く。

　彼女は俺があの店でバイトしていることを知っているので、計画的な休業なのか、念のため確認したのだろう。

　しかし、「やっぱり」と言ったことから、その可能性は低いと予測していたようだ。

　普通に考えれば、販売店が事前告知なしで休業するなど、あり得ないことだからな……

「その件だけどよ、SNSでも結構騒がれてるぜ？」

　話を聞いていたのか、尾田君がスマホでSNSの画面を見せてくる。

　そこには、阿鼻叫喚というか、休業を残念がる書き込みが多数映し出されていた。

「過労でぶっ倒れたんじゃって呟きもあるが、大丈夫なのか？」

「……心配が全く無いとは言えないが、少なくとも水曜日の朝に確認した時点では、そんな様子はなかった」

　俺がバイトに入る日は、津田夫妻のヘルスチェックも行っている。

　少なくとも二日前の時点では、二人の健康状態に問題は見られなかった。

「……でも、インフルエンザとかだったら、心配だよね」

　確かに、その点に関しては心配だ。

　ウィルスについてもチェックは行っていたが、見落とす可能性だってゼロではない。

　仮に何かの感染症だった場合、店のイメージにも関わってくる。

　現に、SNSの書き込みには、そういったことを疑う呟きもチラホラあるようだ。

「……ひとまず、放課後様子を見に行ってみようと思う」

「……私も一緒に、いいかな？」

「ああ、もちろんだ」

　◇

　ホームルームが始まるため、俺達は一旦解散する。

　教師からは、津田さんが今日も体調不良で休みだと連絡があった。

　二日目ということもあり、教室では色々な憶測が飛び交っているようだ。

　津田さんは見た目も派手だし、人当たりも良い方なので、色々なグループで話題の種になっている様子である。

「はいはいはーい！ 先生、私昨日、街で津田さん見たんですけど、結構元気そうにしてましたよ～」

　そんな中、とある生徒が挙手をして先生に報告をしている。

　生徒の名前は押見 遥香(おしみ はるか)。

　津田さん同様に少し派手な見た目で、クラスの中では遊んでいるイメージが強い印象だ。

　しかし、同じように派手な見た目とはいえ、彼女に抱くイメージはあまり良いモノではない。

　……一言で言ってしまうと、やや下品な感じがするのである。

　周りもそんな印象を持っているせいか、援助交際をしてるだとか、悪い男と付き合いがあるとか、きな臭い噂が絶えない。

　対して津田さんの印象は、同じ遊んでいそうなイメージでも、元気そうだとか、カラオケ好きそうとか程度の内容が中心だった。

　そのせいか、押見さんは津田さんのことを、あまり良く思っていないようである。

「元気って……、病院とかの帰りだったんじゃないか？」

「え～、違いますよ～♪ だって、悪そうなオジサン達と一緒にいたも～ん。アレってもしかして、援助交際ってヤツかも……？」

　押見さんの発言に、クラス内が騒然とする。

　先生は静かにするよう注意するが、圧が弱いせいで誰も言うことを聞かない。

（えぇ……、津田さんが？）

（押見さんじゃないんだし、それはないでしょ……。どうせいつものヒガミじゃない？）

（あ、でも目撃したのって押見さんだけじゃないみたいだよ？ グループで画像が出回ったらしいし）

（あ、ホントだ！ これは……、もしかして、もしかする……？）

（まあ、結局アイツも遊んでそうだったしねぇ……。このくらいのこと、やっててもおかしくないんじゃない？）

（だよね～。超稼いでそう（笑））

（マジか～、俺だって金払うだけでいいなら……）

（ちょっと男子、マジサイテー）

　……なんなんだ、コレは？

　なんの信憑性もない情報だけで、何故こんなにも酷い話題が広まるのか。

　あの津田さんがそんなことするハズないことくらい、少し考えればわかるだろう？

　それなのに、面白半分なのかもしれないが、クラス内は下卑た内容の憶測が次々に広まっていく。

　道徳性の低下――、これがいわゆる、群集心理の法則というヤツか……

（あの無駄にデカい胸も、実は男に揉まれまくってるからとか？）

（うわ～、騙された！ 私津田さんの店でパン買っちゃたよ！）

（私も！）

（え～、何か変なモノとか入ってたりとかしないよね……）

（もしかして津田さんって、性病とかで休んでるとか？）

（あとは……、妊娠とか？）

（キャーーーー！ あれ、でも性病だった場合、パンからうつったりしないよね……？）

「っ！ おい……！ いい加減に……」

　バキィィィィ！！！！！

「「「「「「っ！？」」」」」」

　尾田君が何か言おうとした所に重なるように、けたたましい音が教室に響く。

　その音に反応して、教室中の視線が一気に俺に集中した。

「お、おい、神山、お前何を……」

　俺の行動に、一番怯んでいたのは担任である。

「……すみません。少し腹立たしかったもので」

　俺は叩き割った机から教科書を集め、鞄に詰め込んでいく。

「おい、神山……」

「すまない、尾田君。今日は早退することにするよ」

　叩き割れた机は……、あとで弁償するしかないだろうな。

　それに、停学くらいは覚悟した方がいいか……

「すみません先生、腕が痛むので、今日は早退させてもらいます。机の件などについては、後日相談させてください」

「え、あ、ああ……」

　そう言って俺は教室を後にしようとし、直前で振り返る。

　一重が心配そうな顔で見ていたが、彼女まで連れて行くワケには行かない。

　あとで静子にフォローを頼んでおこう。

「……それから皆に言っておく。援助交際だの不純異性交遊だの、好き放題言っていたが……、津田さんが――、そんなことするワケないだろうが！」

　俺は憤りを隠さずそう告げ、今度こそ教室後にした。