第79話 津田ベーカリー繁盛作戦②
「静子、それなら俺に良い考えがあるぞ?」
俺のプランを説明すると、女子よりも先に尾田君が反応する。
「バストアップ効果ぁ!? それって、要はその、胸を大きくするとか、そんな類の効果のことか?」
「その通りだよ尾田君」
俺が自信満々に答えると、尾田君はなんとも複雑そうな表情で腕を組み始める。
まあ、男にとっては正直どのように反応していいかわからない効能だし、その反応も無理はない。
「マ、マスター、それは誠ですか!?」
麗美が、らしからぬ口調で尋ねてくる。
静子も俺の発言に、珍しく動揺しているようであった。
「ああ。効能について問題がないことは検証済だ。それに、実績もある」
そう言って一重を見ると、一重はやや恥ずかしそうに目線を逸らす。
「ま、まさか……、一重さんの胸が大きいのは、マスターの仕業だったと言うのですか!?」
仕業とは随分な物言いだが、まあ間違ってはいない。
母親譲りの素質があったとはいえ、この年齢で一重の胸がここまで育ったのは、間違いなく俺の努力によるものだ。
「仕業、というほど何かをしたワケではない。食事や運動で日々調整していっただけだ」
まあ、若干魔術的干渉をしたのは否定しないが。
「そ、それは、いつ頃から……?」
静子が少し食い気味に尋ねてくる。
これもまた珍しい反応である。
「もちろん、幼少からだ」
まあ正直、女性ホルモンが分泌され始めるまでの間に関しては、意味があったか怪しいところだが……
「そ、そんな……、何故それを、私にも教えてくれなかったのですか……?」
「えっ!? い、いや、だって、静子はそんなことには興味ないとばかり……」
静子が本気で悲痛そうな表情をしたため、俺は慌てふためく。
こんな反応をされたのは、静子の両親に謝りに行った時くらいだぞ……?
「……私だって、一応女の子ですよ? そんなこと、興味あるに決まってます……」
「そうですよマスター! マスターが一重さんを大事にしているのはわかりますが、もっと周りもちゃんと見てください! 女の子は繊細なんですからね!?」
「すす、すまなかった……、以後気を付ける……」
二人の圧力に押され、俺は情けなくも謝ることしかできない。
中身はリアルに高齢者の俺が、まさか女子高生二人に説教されるとは……
(でも、別に俺は悪いことはしていないと思うんだが……って、ひぃっ!?)
俺が言い訳じみたことを考えていると、一重までもが俺に睨みを効かせてくる。
どうやら、一重的にも俺が悪いということらしい。女心は複雑だ……
まさか、前世から数え60を超えてから女性関係で苦労することになるとは思わなかった。
「フンッ……」
俺が女性陣にやり込められているのを見て、坊ちゃんが鼻で笑ってくる。
なんだか物凄く腹立たしかったが、ここでその怒りをぶつけるのも大人げない。
俺は深呼吸をして息を整えつつ、話題を元に戻すことにする。
「あ~、まあ、つまり、その辺のノウハウについてはそれなりに自信がある、ということを言いたかったワケだ」
「マ、マスター、それで、具体的な方法については!?」
再び食い気味に麗美が尋ねてくる。
隣に立っている静子も、いつも以上に圧が強い気がする。
「……え~、まずみんなに尋ねるが、簡単に胸を大きくする方法について、誰か心当たりがある者はいるか?」
「そんなことを知っていれば、誰も苦労はしません!!!!」
俺の問いに、凄まじい勢いで麗美が反応してくる。
静子も隣でブンブンと首を縦に振っている。
本当に二人とも、まるで人が変わったかのような反応っぷりである。
「胸を大きくするっていうのは、単純に胸囲ってこと?」
そんな二人を無視して、坊ちゃんが質問をしてくる。
「そ、その通りだよ、坊ちゃん」
麗美と静子の圧が強過ぎるので、今は坊ちゃんを相手にしてる方が幾分か気楽だ。
ナイスアシストと言いたい。
「……ん~? んなもん、筋トレすりゃいいだけの話じゃねぇのか?」
「馬鹿だな、尾田……。そういうことじゃねぇだろ?」
いつものように尾田君が疑問を口にし、同じくいつものように如月君がツッコミを入れる。
丁度いい、このまま勿体ぶった説明をしても埒が明かないと思っていたところだ。
このやり取りに乗っかってしまおう。
「いや、尾田君の言っていることは間違いではないよ」
「え、ええ!?」
「別に、何も不思議なことではないだろう? バストとは別におっぱいだけを表す単語ではないしね」
俺はそう言ってオホンと咳を挟む。
ワザとらしいが、会話を切り、注目を促す初歩的なテクニックだ。
「結論から言おう、胸囲を増す簡単な方法は二つある。一つは筋肉をつけること。そしてもう一つは、太ることだ」
俺の言葉に、すぐさま食いついてこようとする麗美と如月君を手で制す。
「言いたいことがあるのは理解できるが、まずは落ち着いて聞いてくれ。……無論、これだけではみんなも納得できないだろう。しかし、実際のところはこの二つこそが、胸を大きくする近道であることは間違いないんだ」
俺はそう言って、静子からノートPCを借り、画像をスクリーンに映し出す。
映し出されたのは、保健の教科書などに載っている、女性を横から断面図で表したような絵だ。
別に特別に用意したモノではなく、ネットで適当に引っ張ってきた画像である。
「丁度わかり易い図があったので、コレで解説しよう。まず、乳房の構成についてだが、このように脂肪が九割、乳腺が一割となっている。そのことからも、太ることで脂肪を増やせば、胸が大きくなるということはわかるだろう? 次に筋肉についてだが、この脂肪の部分は、図の通り大胸筋の上に乗っている。……つまり、筋肉が脂肪の土台になっているワケだ。だからこそ、この土台が厚みを増すことで、その上にある脂肪も必然的に厚みを増す」
そこで一度言葉を区切ると、麗美が挙手をしたため質問を許可する。
「マスター、確かにマスターの言うことはわかります。ただ、今時の胸の大きさに悩む女子であれば、その程度のことはとっくに知っていると思います。かく言う私も、筋トレで胸囲を割り増ししていますので。……それでもどうにもならない現実があるから、みんな悩みを抱えているのですよ」
麗美も他人事ではないからか、その言葉からは切実な思いが感じ取れた。
「まあ、そうだろうな。この程度の知識であれば、少し調べればいくらでもわかることだ。そして太るというにことに関しては、女性ならば抵抗があって当然だろう」
「……でも確かに、ぽっちゃり系だとか、元々太っていたというグラビアアイドルなんかは、胸が大きかったりするよね」
坊ちゃんの言葉に女性陣は冷たい視線を送るが、間違ったことは言っていない。
実際、その通りなのである。
……ただ、そのために敢えて太るというのは、女性からしてみればどうしても抵抗があるのものだ。
「坊ちゃんの言うように、そういったケースももちろんある。ただ、実際はダイエットをすると胸から痩せることが多く、万人が同じような効果を得られるものじゃない」
そう言ったところで、静子が何かピンと来たのか挙手をする。
「ということは……、もしや師匠はその、部分痩せをコントロールできる、と言いたいのでしょうか?」
流石静子、良いところを突いてくる。
しかし、残念ながらそれは正解ではない。
「不可能ではないな。ただ、色々なプロセスを踏む必要があるし、完全にコントロールするにはそれこそ科学的なり魔術的な手を入れる必要がある」
「では、やはり筋力を付ける方向で……? でも、それならパンは関係ないか……」
麗美が質問というより、自問自答のように呟く。
しかし、それはこの話題の本筋に関わるものであった。
「そうだ。今麗美が漏らしたように、今回の件は津田ベーカリーの繁盛を目的にしている。つまり、パン自体に宣伝効果が無くては意味が無いんだ。ただ太らせるだけなら、カロリーの高いパンを作ればいいが、その後の運動を確実に行わせる方法がない以上、最悪評判を落とすことになりかねない」
そこで、察しの良い静子は気付いたようだ。
「……つまり、パン……、食事のみで、胸の成長をコントロールする?」
「その通りだ。俺は、『部分太り』するパンを……、津田ベーカリーのウリにしようと思っている」
俺は決め顔でそう言った。




