第78話 津田ベーカリー繁盛作戦①
「実際、やることは実に単純ですよ。我々は、正攻法で臨めば良いのですから」
「正攻法?」
尾田君は配られた資料とホワイトボードとを交互に見ながら、静子に尋ねる。
「はい、正攻法です」
そう答え、静子は部屋の電灯を暗くし、ホワイトボードに画像を表示させる。
このホワイトボードは皆でお金を出し合って購入したもので、プロジェクター投影にもしっかりと対応している。
「簡単に、これからの計画について説明します。まず、我々は先程も言いましたように、正攻法で対抗をしようと思っています。具体的な方法については、こちらのスライドをご覧下さい」
そう言って、静子はクリック機能を有したレーザーポインタで、表示された画面を指しながら説明を始める。
始めは難しそうな顔をしていた尾田君や如月君も、話が進むにつれその表情を軟化させていった。
一重も、二人と同様少し難しそうな顔をしていたが、説明が終わる頃には質問をしたくてウズウズしているようであった。
「はい! はい! 静子ちゃん! 本当にこんなことだけで平気なんですか!?」
「ええ、一重ちゃん。これだけでも、十分な効果が見込めると思います」
一重はそれを聞いても、未だ云々と唸り続けている。
尾田君や如月君も、理解はしつつも半信半疑といった様子であった。
「……僕は良いと思うけどね、これで」
坊ちゃんが資料を眺めながら、どうでも良さそうな顔で呟く。
「……なんでだよ?」
「だって、相手は暴力団かもしれないんだろ? だったら、直接的に僕らが動くよりよっぽど安全だと思うけど」
「そうかもしんねぇけどよ、なんかこう、成り行き任せみたいじゃねぇか」
尾田君は、性格上待つのを苦手としているからな……
そう思うのも無理はないかもしれない。
「まあ、結果については出るのを待つしかありませんが、そう時間はかからないと思いますよ?」
「本当か?」
「はい。昨今の情報拡散力であれば、一日もしないうちに効果は表れると思います」
「俺も静子の言う通りだと思っている。それに尾田君、俺達もただ待っているというワケではないぞ?」
一足早く資料を読み進めていた俺は、静子をフォローするカタチで解説側に立つ。
言ってみればこの作戦は、宣伝行為、ステルスマーケティングに近い行為である。
俺達に直接的な利益がないことから、厳密には違うものではあるのだが、やり方としてはほとんど同じと言ってだろう。
純粋に宣伝したいという思いから来るものなので、ステマと比べれば本質的にはクリーンだ。
「待っているだけじゃないって、どういうことだ?」
「宣伝は、SNSや客の口コミで行われるから、俺達に被害はない。しかし、なんらかの妨害工作がある可能性は否定できない。だから俺達は、それを未然に防ぐことを意識する必要がある」
今の世の中、そこまで大胆な妨害工作は行えないハズだが、それでも何らかしらの干渉がある可能性は高い。
たとえば揉め事を起こしたり、津田ベーカリーの客に嫌がらせをしたり、といった行為だ。
大事にはせずとも、人に悪印象を与える方法などいくらでもあるからな……
ネットで悪評を広めてくる可能性も十分にあり得る。
「ってことは、俺達は津田ベーカリー周辺の治安維持をすりゃいいワケか」
「そうなるね。ただ、喧嘩などはご法度だよ? どうしようもない時もあるかもしれないが、『あの店の周りは危険だ』と思われるだけで、人が寄り付かなくなる可能性もあるからね」
人に絡まれたり、喧嘩を売られたりすれば、その結果何事もなかったとしても印象は悪くなる。
大事なのは、そういった行為から守るのではなく、その発生を事前に防ぐことである。
「……でもそいつは、結構しんどいな。完全に防ぐのは、無理なんじゃねぇか?」
「それは僕も思った。それに、ネットの誹謗中傷だって、完全に防ぐのは無理だろ?」
尾田君の懸念に対し、坊ちゃんも同意を示す。
確かに、二人の懸念点はもっともである。
「ネットに関しては、私と麗美さんで対応する予定です。ですが、坊ちゃんさんの言う通り、完全に防ぐことは難しいでしょうね」
「じゃあ、どうすんの?」
「具体的な方法については検討が必要ですが、そういった些事を飲み込む程の『強み』を宣伝できればと思っています」
「「「「『強み』?」」」」
一重、尾田君、如月君、坊ちゃんが声を揃える。
この四人は、なんだかんだ息が合っている気がするな……
「はい。それについて、これから皆さんの意見を募りたいと……」
「静子、それなら俺に良い考えがあるぞ?」
◇
「……というのはどうでしょうか?」
「……君は、よくそんなこと知っているな」
「勉強しましたから」
俺がそう答えると、津田さんのお父さんは腕を組んで悩み始めた。
お母さんの方は、その隣で感心したような表情でメモを取っている。
「……え~っと、コレは、どういう状況?」
「あっ!? 良助だ!」
「やあ、津田さん。お邪魔しているよ。夕日もお帰り」
俺が津田さんのご両親に色々と相談をしている最中、夕日を迎えに行っていた津田さんが帰ってきた。
今日はお店が定休日なので夕日のお迎えはお母さんの役目らしいのだが、折角の休日くらい休んでと津田さんが向かったらしい。
相変わらず、派手な見た目にそぐわない親孝行娘っぷりである。
「ただいま……、じゃなくて、何で神山がいるのよ?」
「ちょっと、ご両親に用事があってね」
俺はそう答えつつ、突撃してきた夕日を適当にあやす。
「神山君たら、凄いのよ? 若いのに色んな料理の知識があって……。それにパンの知識も……」
「はぁ!? 神山が!? なんで……?」
「もちろん、勉強したからさ」
「いや、なんでそんな勉強を……」
津田さんは本気で理解できないといって表情だ。
そんな津田さんの隣にお母さんはスッと歩み寄り、耳元で何かをつぶやく。
その言葉を聞いた瞬間、津田さんは顔を真っ赤にして洗面所に駆けて行った。
津田さんのお母さんが何を呟いたのか。
ちゃんと聞こえたワケではないが、唇の動きからして多分こう言ったのだろう。
「やるわね、朝日」と……




