第73話 あさがお幼稚園 卒園者の集まり
◇津田朝日
夕日のお迎えは、私と母さんの二人で行っている。
基本的に、私のバイトが入っていない日は私、それ以外は母さんといった配分である。
どうしても二人が対応できない日は妹にお願いしていた。
しかし、あの日は急なバイトが入ったせいで連絡が取れず、ギリギリになったのであった。
私は、今日は友達の誘いも断り、普段通り真っすぐあさがお幼稚園へと向かっている。
付き合いが悪いと言われてしまったが、家の手伝いが忙しいのだから仕方がないのである。
「…………ん?」
暫く歩くと、あさがお幼稚園が見えてくる。
しかし、普段とは違い、妙に賑やかな気がする……
一体、何だろう……?
「っっ!?」
別にこそこそする必要は無いのだが、なんとなく恐る恐る中を覗き込む。
そして私は、思わず目を見開いてしまった。
(神山!? それに雨宮さんまで!?)
覗き込んで目に入ったのは、園庭で子供達と戯れる神山と雨宮さんの姿であった。
何をしているのかは良くわからないけど、二人は子供を担いであちこちに走り回っていた。
「あ、朝日ちゃん! お帰りなさい!」
「せ、先生、ただいま……」
思わずそう返してしまったけど、別に家に帰ってきたわけじゃないのに「ただいま」は何か変な気がする。
招かれるまま吉水先生について行くと、そこには山田さんの姿もあった。
「こんにちは、津田さん」
「こ、こんにちは、山田さん……」
にこやかに挨拶をしてくる山田さん。
しかし、私は直接面識がなかったため、少しギクシャクしてしまった。
「凄いわねぇ~、十年も経ってから、こうして卒園生が四人も揃うなんて思わなかったわぁ……」
「卒園生……? ってことは山田さんも!?」
「はい。私は良助君や一重ちゃんと同じクラスでした」
そうだったんだ……
雨宮さんのことは先日の件で思い出していたのだけど、まさか山田さんもとは……
ただ、ハヤミンから三人は幼馴染らしいということを聞いていたから、別に不思議なことではないかもしれない。
「知らないのも無理はありませんよ。私、今よりももっと地味な子だったんで」
山田さんには悪いけど、確かにそうなのかもしれない。
少なくとも、私の記憶には山田さんのことは何も残っていなかった。
「でも、私も知りませんでした。まさか津田さんが同じ幼稚園だったなんて……」
それは、まあそうだろう。
はっきり言って、今の私と当時の私を結び付けることができるのは、両親と先生くらいのものだと思う。
ただ、調べればわかることなので、ここは念のため釘を刺しておきたい。
「あの……」
「心配しなくても、過去のことを調べたりはしませんよ。良助君からも言われていますので」
「そ、そう……。ありがとね」
その言葉を聞いて、私は安堵する。
同時に、約束を守ってくれているらしいことを聞いて、少し嬉しくなってしまった。
「と、所で、二人は何をやってるの?」
「何を、というと見ての通りですよ。子供達と遊んでいるのです」
いや、それはわかるんだけど、なんでそんなことに……
「すみません、ちょっと不親切な言い方でしたね。正確には、津田さんを待つついでに子供達と遊んでいる、という状況です」
私を!? なんで!?
そっちの方が気になるんですけど!
「あ! 姉ちゃんだ!」
「お、本当だ」
私がアタフタしていると、夕日達に気づかれてしまう。
いや、別に隠れていたわけじゃないんだけど、もう少し心の準備をさせて欲しかった。
「姉ちゃん! もう少し遊んでていい!?」
「んん……、そうだな、このまま帰ってしまうのも気が引けるし……。津田さん! もう少し夕日を借りていいかな!」
もう少し借りる……? って、ああ、そうか!
神山達は、理由はわからないけど私のことを待っていたらしい。
となると、私が帰ると言えばそのまま引き上げることになるので、ここで抜けることになってしまう。
夕日以外の子供達にはまだ迎えが来ていないようなので、折角楽しんでいるところに水を差してしまうことになるのだ。
それを踏まえた上での、神山なりの優しさなのだろう。
「朝日ちゃん、私からもお願いしていい? 多分十六時過ぎには皆さんいらっしゃるから、あと二十分だけ……、駄目?」
そんなことを言われて、断れるはずもなかった。
というか、最初から断る理由もない。
「私は構いませんけど……」
「そう? ありがとうね! 私達の体力じゃ、あの子達にあんな遊びさせてあげられないから……」
それはそうだろうな……
あんな真似、同い年の私にだってできる気がしない。
というか、なんで雨宮さんはできるのだろうか……
確かに体育の成績は凄く良かったと思うけど、今の雨宮さんは神山にも引けを取らない程の運動量だ。
女子としてあれは、かなり異常と言えるだろう。
「……大丈夫ですよ? スパッツ穿いていますから」
私がそわそわしていたせいか、山田さんがそんなことを言ってくる。
いやいや、私が気にしてるのはそういうことじゃなくてねと思ったが、結局雨宮さんは最後まで息を切らすこともなく子供達と遊び続けたのであった。




