第55話 ホモ山
◇神山良助
「それでは、またお昼に」
「ああ」
教室前で静子と別れ、俺は自席へと向かう。
初めのうちはお互いぎこちないものだったが、一ヶ月近くも続ければ慣れたものである。
静子が浮かべる笑顔も実に自然で……、何というか、非常に可愛らしかった。
以前は全く異性として意識してなかったのだが、この演技を始めてからというもの、静子にはドキドキさせられることが多い。
女性は男と付き合い始めると垢抜けるだとか、綺麗になるなどと言われるが、これがその効果なのだろうか?
……まあ、本当に付き合っているわけではないが。
「…………」
席に向かうと、既に着席していた尾田君と目が合う。
少し前までは必ず挨拶を交わしていたのだが、ここ最近は俺が淡白な反応しかしないせいか挨拶すらしないことも増えている。
「……おはよう、尾田君」
「っ!? よ、よお、神山」
しかし、今日は俺の方から挨拶をすることにする。
それが意外だったのか、少し驚きつつ挨拶を返す尾田君。
実に自然な反応だ。
実際、これは演技ではないので当然といえば当然なのだが……
(……で、速水さんは……、よしよし、ちゃんと見てるな)
展開された儀式結界から、速水さんの視線、そして動揺がしっかりと俺に伝わってくる。
そもそも見られないことや、特に反応を示さないことも十分にあり得たため、まずは第一段階クリアといった所だろうか。
俺はそのまま尾田君に気さくに話しかける。
……見てる見てる。というか少しずつ近づいてきている。
凄い食いつきだな……
ここ数日距離を取っていた尾田君に対し、自分から声をかけたのにはもちろん理由がある。
速水さんを動揺させ、自ら動いてもらうためだ。
「お、おい神山、どうしたんだよ、急に……。俺を、避けてたんじゃなかったのか?」
「避けてなんかいないさ。ただちょっと、ね……」
「……? ま、まあなんか事情があったってことか?」
「そういうことだよ。だから、今日からは前みたいに気軽に接して欲しい」
そう言って俺はウィンクをしてみせる。
今ウチの部の女子の間で流行っているウィンク。
なんとなく俺も練習してしまい、いつのまにか自然にできるようになっていた。
「お、おう」
それに対し、やや顔を赤らめる尾田君。
……いやいや、その反応、素だよね?
まさか、本当に影響受けていたりしないよな?
引きつりそうになる顔をどうにか押さえ込み、心を沈静化させる。
これまでのやり取りは、おおよそ作戦通りである。
ただし、尾田君の反応は完全に素であり、演技などではない。
というのも、この作戦を話す段階で尾田君は、自ら聞かないことを選んだのである。
尾田君曰く、やはり演技は性に合わないし、いつかボロをだすだろうから、ということであった。
ここ数日の尾田君は中々の演技派だったので、そんなこともないと思ったが……
(女性は妙に勘の鋭いところがあるから、これで正解かもしれない)
実際のところ、速水さんから伝わってくる感情には懐疑的なものは含まれていなかった。
まあ、疑問符はたくさん浮かんでいるようだが。
◇速水桐花
どういうことなのだろう……?
昨日から私の頭の中は疑問符で一杯である。
ここ数日、尾田君に対してそっけない態度しかとっていなかった神山君が、昨日になって急に尾田君と仲良く話すように戻っていた。
偶々かと思い様子を見ていたけれど、二人は今日も変わらず仲良くしているようだ。
どう見ても以前の関係に戻った……、そんな風に見える。
「おぉ? 今日も熱い視線送っちゃってるねぇ! ハヤミン!」
「あ、おはよう、津田さん」
「おはよ! で、何々? 今日は昨日にも増して神山のことガン見してるじゃん?」
津田さんが、興味津々といった様子で顔を近付けてくる。
津田さんは整った顔立ちをしているけど、少しメイクが濃く香水の匂いが鼻につく。
嫌いではないのだけど、この奔放さも含めて、少し彼女のことが苦手であった。
「いや、その、昨日から神山君達、良く喋ってるなぁって」
「ん? ああ、尾田のゴリラと? いつもあんなもんじゃない?」
いい加減な人だなぁ、津田さんは……
だって、全然違うよ?
一ヶ月近くの間、一日で一言二言しか話さない日が続いていたんだよ?
それが昨日今日であんなに喋っているのに……
なんで気づかないのかな?
「あいつらって全然タイプ違うのに、やけに仲がいいよねぇ? もしかして、本当にホモなのかな?」
あ、でもやっぱり女の子だし、そういうことには気がつくんだね。
でも残念。神山君はバイだよ。秘密だけどね。
「ホモってことは流石にないと思うけど、仲が良いよね、二人とも……」
「まあ、よく一緒にいるね。あ、だから気になってたの?」
「う、うん。なんだかあの二人、いつもより仲良さそうにしているから……」
「あ~、それは気になるよね! だって神山達が本当にホモ同士だったら、流石のハヤミンも敵わないもんねぇ……。もしかして、ハヤミンピンチ?」
いや、それはむしろ望ましいことなんだけどね……
ただ、何故二人の関係が元に戻ったのか、それがわからない。
朝の様子から見て、山田さんとの関係は続いている様子だし……
「どうするのハヤミン!?」
「ど、どうするって言われても……」
「え!? だってハヤミン、狙うって言ってたじゃん!? ヤバくない?」
津田さんは、結構本気そうな顔で詰め寄ってくる。
どうして、こんなに人のことで真剣になれるのかな?
いつの間にか呼び方もハヤミンというあだ名に変わっていたし、本当に馴れ馴れしいというか、人懐っこいというか……
苦手なタイプのハズなのに、あまり悪い気がしないのは、この人柄のせいなのかな?
「だ、だからね、流石にホモっていうのは誤解だと思うよ? 山田さんとは、今もちゃんと付き合ってるみたいだし……」
「え? そうなの?」
「うん。神山君と山田さん、今日も仲良く一緒に登校してたよ」
「そうなんだぁ~。ホモ山の癖に、なんてリア充な……。しかもハヤミンにまでこんなに思われてて……。アイツのどこにそんな魅力があるの?」
「神山君は、良い人だよ? ちょっと変わってるけど、優しいし、少し大人っぽいところあるし……」
そう、彼にはどことなく大人っぽさを感じる瞬間があるのだ。
恐らくはそういう魅力が、尾田君や如月君、そして山田さんを惹き寄せたのだと思う。
まあ、山田さんに関しては、それが仇となったとしか思えないけど……
「うわ、うわ~、完全にベタ惚れじゃん……。でも、確かにアイツ、妙に大人っぽいところあるよねぇ……」
「うん……」
傍観者の私にも、神山君の魅力はしっかりと伝わってきている。
物語を通して、神山君の優しさや思いやりが、私の中に間接的に伝わってくるのだ。
それだけじゃない。彼と話しているとき、私は妙に落ち着いた気分になることがあった。
きっとアレは、彼が放つ独特な雰囲気に私が包まれたからなのだと思う。
私が傍観者でなければ、本当に惚れてしまっていたかもしれない。
……ううん、これは少し嘘だ。
私は、私の世界における神山君というキャラクターを、本当に愛しているのだから。
「よし! わかった! 思い切って私から色々聞いてきちゃうよ!」
「え!?」
「大丈夫! ハヤミンの名前は出さないからさ!」
そう言って津田さんは、素早く神山君の席に向かってしまう。
止める間もなかった。本当に嵐のような人だ……
正直、津田さんが何を言うのか気が気でなかったが、妙な期待感もある。
彼女の人柄なら、神山君から色々と聞き出せるんじゃないかと。
◇神山良助
先程から速水さんと何か話していた女生徒がこちらに向かってくる。
彼女の名は津田 朝日。
ここ最近速水さんと仲良くしているため、チェックしていた人物だ。
正直、これは少し想定外の展開である。
彼女の目的は恐らく、俺や尾田君、そして速水さんに関わる内容を問いただすことだろう。
正直、速水さんが他の人間を使って探りを入れてくるとは思っていなかった。
彼女達の会話の内容を全てチェックしていれば、こんなことにはならなかったかもしれないが、俺は自らその行為を禁じている。
少女達の会話を盗み聞くのはあまり趣味の良いことではないし、男の俺が聞くべきではない話題もあるだろうからだ。
(さて、一体何を聞いてくるやら……)
「ホモ山! おはよう!」
「っっ!? ホ、ホモ山、だと……! お、おい、なんだその呼び方は! 俺は神山だ!」
いきなり斜め上からの袈裟斬りが俺の心を抉る。
本当になんだよ! ホモ山って!
「いや、だってアチコチでそう呼ばれてるよ?」
何を今さら、といった感じで首をかしげる津田さん。
その仕草は中々に可愛らしかったが、俺の心中は穏やかでない。
「し、知らないぞそんなこと……。いや、仮にそう呼ばれているのだとしても、俺はホモじゃない。そして、俺の名前は神山だ……。勘弁してくれ……」
「ふーん。じゃあ聞くけど、アンタと尾田ってズバリ、ホモ同士なの?」
だからちげぇェッってんだろがァァァァァ!?
俺は叫びたい気持ちを抑えて、顔面を机に叩きつけた。




