立場を理解していないのは誰なのか
前回の小説、誤字脱字報告、感想ありがとうございました。
テンプレの婚約破棄からの断罪だけれども、冷静に考えて、卒業パーティーでこんなことして、先生方は何もしないとかありえるの?って思いながら書いた超短編です。
「リリアーナ・ヴァレンタイン公爵令嬢!!エリス嬢に対する非道の数々、これ以上看過することが出来ぬ!今日この時をもって、私チェリオット・ニコラウスとの婚約を破棄させてもらう!!!そして、エリス嬢を新たな婚約者として迎えることを宣言する!」
王立学園の卒業パーティー。卒業を迎えた子息令嬢が集い、学園最後の交流の場として設けられた席で、卒業生の一人であるこの国の王太子が、婚約者でもない令嬢を側に侍らせて、数人の側近という名の取り巻きを引き連れて壇上で声高々に叫んだ。エリスは婚約者でもない、しかも平民という身分でありながらも王太子の腕に自分のそれを絡め、年相応に育った胸を押し付けるようにしてしなだれかかっている。肩で揃えられたピンクゴールドの髪を結いあげ、平民であれば到底手に入れることが出来ない様な豪奢なドレスと宝石を身にまとっている。一体、彼女が身に着けているドレスや宝石の金はどこから出たのか…と、彼らに注目した卒業生の一人の口から零れた。それをきっかけに、彼らを侮蔑や非難する声が所々から出始めた。壇上の王太子達にはその内容までは聞こえないらしく、リリアーナに対する誹謗中傷だと勘違いして、気分を良くしていた。そして、本来であれば、王太子やエリスを咎めるべき立場である側近達も、あろうことかこの行為を助長するかの如く、矢継ぎ早にリリアーナへと罵詈雑言を吐き捨てる。一人は、公爵家であり歴代の宰相を務めている家の嫡男、一人は騎士爵であり騎士団長を務める父を持つ令息、父親が王宮勤めをしている伯爵家の嫡男で構成されている側近は、公爵嫡男を除きリリアーナに汚い言葉を吐けるだけの立場ではない。世が世であれば、不敬罪で一家郎党処されるであろう。
そんな彼らを見上げるように対峙するリリアーナは、扇で口元を隠しため息を零す。公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者として日々精進してきた彼女は、この学園を首席で卒業し、また未来の王妃になる為の研鑽を怠ることなく励んできた。王太子がエリスと逢瀬を楽しんでいる間も、彼の放置した執務をこなし、王妃教育の一環として、現王妃陛下に同行して諸外国を訪問したり、国内の問題について真剣に取り組んだりと、国内外からの評判はすこぶる良い。そんな彼女から婚約者を平民の、しかも礼儀も教養もない少女に挿げ替えるとは、王太子は馬鹿なのかな?いや、馬鹿だったと卒業生たちは白い目を彼らに向ける。
王太子殿下が言った非道の数々に全く身に覚えのない彼女は、はてさて、この状況をどう解決すべきかと考えを巡らそうとして、止める。卒業式を終えたとはいえ、彼女たちは今日が終わるまではまだ学生の身。そして、このパーティーの主役は卒業生たちだが主催は在校生に引き継がれた生徒会と学園長を始めとした学校関係者だ。頭の痛い騒ぎの当事者として名を挙げられたからと言って、勝手に事を進めていいわけがない。
彼女が、そんな結論を出したと同時だっただろうか。
「何をする!王太子である私に無礼を働くか!!」
「ちょっと何よ!未来の王妃に何するのよ!!」
「俺を誰だと思っているんだ!」
「放せ!!父上に言いつけるぞ!!」
リリアーナというよりも、パーティー参加者の予想通りというべきか、控えていた警備兵が王太子とエリス、そして側近達を囲み、その身を拘束する。不敬だ無礼だ親に言いつけるだと喚く彼らだが、その実、彼らの言葉には何の効力もない。この国は絶対君主制ではなく立憲君主制。いくら王侯貴族であっても、定められた法に従わなければ身分関係なく罰せられる。勿論、どんなに身分が低かろうと、その行いに法的問題がなければ、高位身分の者が勝手に裁くことはできない。というか、裁くのは司法権を持つ組織の仕事であって、王侯貴族ではない。
「お静かに!」
壇上の脇幕から一人の女性が現れた。彼女は卒業生の学年を受け持っていた主任教師であるキャサリンだ。平民出身の彼女だが、秀でたカリスマ性と頭の良さで王立学園の教師に採用され、数年のキャリアを経て今では学年主任を任される立場まで上り詰めた。伸びしろはまだまだあり、将来的には学園長も夢ではないだろうと囁かれている程の優秀な人材だ。相手の身分に関係ない物言いは、平民からは憧れを、傲慢な貴族からは疎ましく思われており、王太子達からは蛇蝎の如く嫌われている。彼女は警備兵によって取り押さえられた王太子の前まで足を進めると、ギロリと彼らを睨みつけた。
「チェリオットさんをはじめとした以下4名の方、貴方たちはこの目出度い式で何をされているのですか?」
「うるさい!この平民風情が!!私を「おだまりなさい!!!」
”誰だと思ってる!?”という王太子の言葉を遮っての叱責。その迫力に一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直して目の前の女教師を罵倒する王太子達。
「王太子である私が、リリアーナのエリス嬢へ対する非道の糾弾と婚約破棄を宣言して何が悪い!!」
「そ、そうよ!チェリオットは未来の国王なのよ!何をしても彼の自由でしょ!?」
思った以上に頭の出来がよろしくない5人の子供に、キャサリンは一つため息をつくと、では…と言葉を紡いだ。
「リリアーナさんがエリスさんに行ったこととは?」
「あの女は、殿下がエリスに寵を注ぐのに嫉妬し、事ある毎に暴言を吐き、暴力までふるったのです」
待ってましたとばかりに、王太子の側近である公爵家の令息が発言する。
「であれば、しかるべき機関に被害届を提出し、裁判の申し立てなどの手続きをされるべきではないでしょうか?この場は、貴方たちの為に設けられた断罪の場ではありません」
「なんだと!?王太子である私にたてつく気か!?」
キャサリンの言葉に激昂する王太子だが、この程度の事で怯む学年主任ではない。
「チェリオットさん、貴方は一体この学園で何を学ばれていたのですか?いえ、何も学ばれなかったから卒業できないのですが」
ここに来て落とされた特大爆弾。
王立学園の卒業基準は各期に行われるテストによって判断される。平民は平均点の8割以上、各貴族の令息令嬢は、親の爵位に応じて合格点が変わる。一代限りの準男爵までは平民と同じだが、男爵・子爵……と、爵位が上がる毎に基準点も上がっていき、王族となればほぼ満点近い点数が必要だ。もちろん、追試という名の救済措置も取られているが、それでも点数が満たない場合は卒業見送り等の憂き目に合う。そして、この卒業パーティーに招かれているのは卒業証書の授与を認められた者たちのみ。ちなみに、チェリオットやエリスを始め、側近の子息たちは基準点に満たなかった為に卒業見送りになっている。
「………は?」
たっぷり間を空けて、王太子達の間の抜けた言葉がハモった。その様子に、壇上の茶番を見せられていた卒業生たちから小さな笑い声が聞こえ始める。一人の少女に現を抜かし、授業さえまともに出席していなかった彼らは、平民の基準すら満たしていないとの噂だった。知らないのは当の本人たちだけとも。
「点数が卒業基準に満たなかった為、追試の案内を配ったはずですが、その追試すら受けにいらっしゃらないのですから、当然卒業できるわけありません」
これについては、担任教師や、リリアーナも側近たちの婚約者も何度も進言していたのだが、エリスに盲目となっていた彼らは邪険にするだけで、忠告を聞き入れなかったのだ。自業自得である。
「それと、倫理や法律の授業で習っているはずですが、貴族同士の婚約とは家同士の業務提携契約です。婚約者がいるにも関わらず、他の異性に現を抜かす、または婚約者のいる異性に擦り寄り、婚約関係を破綻に追いやる行為は、契約違反と見做され浮気をした者と浮気相手に慰謝料が請求され、刑事罰も発生します。ちなみに平民の場合は慰謝料のみの場合が多いでしょう」
「浮気とはなんだ!俺はエリスとの間に真実の愛を――」
「真実の愛では民の暮らしも国の面子も守られません。まぁ、それが分かっていればこのような騒ぎを起こさなかったでしょうが…。部外者を即刻この場から退場させてください」
警備兵によって、未だに喚いている5人は会場の外へと連行される。俗にいう赤点を取った挙句の果てに追試を受けてないだけであれば、最終学年をやり直すだけで済んだろうが、彼らのしでかしたことはこの場での騒ぎに加えて、学園内の人目の多いところでエリスを囲んでの不純異性交遊、身分をかざした傲慢な態度など、学園や婚約者から再三にわたる注意を受けていたにもかかわらず、改善されなかったという余罪もある。王立とはいえ、そのような生徒を置いておけば在校生にとって不利になる故、追って下される処分は退学だろう。
学園を卒業できない者が王太子でいられるはずもない、近いうちにチェリオットが廃太子にされ、他の王子が立太子するという発表があるはずだ。
部外者が去ったことにより、楽団の音楽が流れ始める。騒然としていた会場が落ち着きを取り戻し、卒業生同士の歓談の声が聞こえ始めた。
「リリアーナさん、あのような騒動を未然に防げなくて申し訳ございません」
先程まで王太子達の対応をしていたキャサリンは、リリアーナの前まで来ると深く頭を下げた。問題が起こらないよう学園の教師たちが目を光らせているのだが、前例がなかったために対応が遅れたらしい。リリアーナとしては、槍玉に挙げられたものの、キャサリンが教師として退けてくれた為、感謝の気持ちでいっぱいなのだが。彼女自身も、王太子であるチェリオットに手を焼いていたので、若干胸がすく思いではあった。
「いいえ、先生のおかげで事なきを得ました。卒業してしまいますが、何かの折にはよろしくお願いいたします」
公爵令嬢に相応しいカーテシーを嬉しいような寂しいような気持ちで見つめるキャサリン。
「チェリオットさんとの婚約は白紙に戻るでしょうから、今後の進路について何かあれば相談にいらしてね」
「はい!」
この後、第一王子のチェリオットから第二王子であるセシリオに王太子は変更され、王太子妃は現婚約者である令嬢となった。婚約者へ使われる用途の金をエリス宛の貢ぎ物へと充当していたという横領も発覚し、個人資産没収の上、返済のために辺境の労働施設へと連れていかれた。当然、チェリオットとリリアーナの婚約は白紙撤回され、あの騒動で問題を起こした一人である現宰相の嫡子が退学・領地へ永蟄居処分を受けたために、次期宰相候補として勉学に励んでいる。次期宰相として嫡男を据えるつもり満々だった現宰相だが、リリアーナの優秀っぷりに惚れ、是非、新しい跡取りの次男と婚約してほしいと打診しているとか。慰謝料を搾り取った側近たちの婚約者達は、新しい婚約者を得て結婚に向けて愛を育んでいるとか。エリスは騒動を起こすきっかけを作り、各家の婚約関係にヒビを入れたため、双方の家から損害賠償と浮気された令嬢達から慰謝料を請求され、現在は女性専用の強制労働施設で過酷な労働をさせられている。ただ、何故このような仕打ちを受けなければならないのかは理解していないから救いようがない。まぁ、生涯その施設から出ることはないだろうが。
最後に、学園主任であった彼女はあれからも躍進を続け、最後には学園長まで上り詰め、生徒からも保護者からも慕われた。定年後は、仕事でできなかった親孝行をしているらしい。