アピール後編
昼休みなると、汐梨は颯太の手を引き、昼食の人気スポットである中庭に向かった。
汐梨は、昼休みを学校中に颯太との関係をアピールする山場と決めていた。
「屋上じゃないのか?」
「あそこ誰もいないでしょ。アピール出来ないわ」
颯太の問い掛けに答えながら、汐梨がレジャーシートを手渡した。
颯太がそれを広げると、汐梨は向かい合わせでなく、隣り合って座るように促す。
汐梨は大きい方の弁当箱を膝の上に置き、小さい方の弁当箱を颯太に渡した。
「逆じゃないのか?」
颯太が首を傾げる。
「これで良いの。食べさせてあげる」
汐梨は開けると、箸で唐揚げを掴み、颯太の口元に差し出した。
「あ〜ん♡」
周囲の視線が突き刺さる。
躊躇いながらも、颯太が口を開けた。
「美味しい?」
「上手い」
「良かった〜。早起きした甲斐があったわ」
汐梨は、颯太の弁当が、自分の手料理である事を周囲にアピールした。
(駒井さん、健気ぇ〜)
(駒井さんの方から行ったのかな)
(噂じゃ、そう言われてるよね)
(小向君が隠れイケメンだって、1人だけ知ってたらしいじゃん)
(ちょっと、ズルいよねぇ)
(それ言ったら、あのルックスで生まれた時点でチートでしょ)
「お前、料理上手いよな」
「嬉しい〜、私も食べさせて。あ〜ん♡」
生暖かい視線の中、昼食を終えると、汐梨は自分の膝をポンポンと叩いた。
汐梨の仕草の意味を理解した女子生徒が、食い入るように2人を見る。
(駒井さん、だいた〜ん)
(学校で堂々とソレやる?)
(うわぁ、男子、殺気立ってるよ)
「腕枕のお礼よ。予鈴が鳴るまで、ここで休んで」
汐梨に誘われるまま、颯太が膝枕に頭を乗せ、身体を横たえた。
(キャア、小向君も躊躇わず行ったよぉ〜)
(小向君って良い度胸してるよねぇ)
(あれだけブレなかった小向君をデレさせたんだから、駒井さんも凄いよ)
「なぁ、やり過ぎじゃないのか?」
「そんな事ないわ。アピールするのが、目的なんだから」
「毎日、これを続けるの大変だぞ」
「最初だけで良いのよ」
「でも態度変えたら、冷めたとか、別れたとか、噂にならないか?」
「……」
「そうなると偽装の効果、半減しないか?」
「…そ、そうね。少し抑えましょうか」
(何か、途中から楽しくなって、やり過ぎたわ)
(やっぱりコイツ、ポンコツだよな)
やり過ぎた感もあったが、昼休みの目的を果たした2人は教室に戻った。
汐梨は授業開始直前まで、颯太の横の席に居座った。
5限目の授業が終わると同時に担任が教室に入って来た。
この日は6限目がLHなので、担任が教室に来る事自体は普通の事だが、来るのが早過ぎる。
颯太は直ぐに、何が起きるのか理解した。
(笠井のおばちゃんか?)
「小向、駒井、生活指導の笠井先生が呼んでる。生徒指導室に行け」
担任の言葉に教室が騒つく。
汐梨の顔も引き攣った。
颯太だけは涼しい顔をしている。
「汐梨、行こうか」
「え、ええ」
2人は連れ立って、生徒指導室に向かった。
「心配しなくて大丈夫だって」
汐梨を安心させるように颯太が笑顔を浮かべる。
「随分落ち着いてるわね」
「予想してたからね」
「……」
「調理実習室で打合せてから行こう」
「何で調理実習室なの?」
「この時間LHだからね。美術室や他の実習室も全部空いてるけど、鍵が壊れてるの調理実習室だけなんだ」
「…何で、そんなこと知ってるのよ?」
「俺が壊したから」
「……」
「パッと見じゃ分かんないから大丈夫。鍵が無くても開くように壊しただけだから」
「…それって壊したんじゃなくて、細工したって言うんじゃない?」
「そうとも言う」
「…颯太って時々、ロクでもない事するわよね」
颯太の言う通り、調理実習室の扉は鍵がなくても開いた。
2人は周囲に誰もいない事を確認して実習室に入った。
「予想してたってどう言う事?」
汐梨は直ぐに問い掛けた。
「汐梨が可愛いからかな」
「い、いきなり、何なのよ」
颯太の不意打ちに汐梨が真っ赤になった。
「いや、真面目な話だよ。笠井のおばちゃん、可愛い女の子が嫌いだから」
汐梨の頭の中は「?」だらけになった。
「分かるように説明してよ」
「あの人、独身だよ。噂じゃ、男と付き合った事もないらしい。だから、汐梨みたいに可愛いくてモテる女の子に僻みをぶつけるんだ」
「…今までそんな事なかったわよ」
「汐梨に彼氏がいなかったからだろ」
「彼氏がいる女の子なんて私だけじゃないじゃない?」
「俺に言っても仕方ないよ」
「それで、颯太の予想では何を言われるの?」
「昼休みイチャついてた事か、下着売り場のツーショット。あるいはその両方」
颯太が言い終えると、急に汐梨が身体を強張らせた。
「ラ、ラブホの件は大丈夫よね」
「それはない。そっちだったら、笠井のおばちゃんで止まらない。教頭が出てくる」
「はぁぁ、」
全く動揺を見せない颯太に、汐梨がため息をついた。
「颯太って、本当に腹が据わってるよね」
「こんな時の為に、成績上位をキープしてるからね、トップにならないように一桁を維持するのって難しいんだぞ」
「それ、私以外の人に言わない方がいいよ。完全に舐めプだから」
「まあ、俺と汐梨は学年の1位と2位だ。盛りがついて、成績がボロボロになった連中と違うから、イチャついたくらいで文句言うのは、笠井のおばちゃんだけだよ。なんせ、男女交際禁止なんて校則作ろうとしたくらいだからな」
「それ、初耳よ。何でボッチの癖に情報通なのよ」
「友達とニュースソースは別モンだよ」
「もう良いわ。この後、どうすれば良いの?」
「基本的には『はい、はい』って言って聞き流す。最後に『校内で小向君と過剰なスキンシップを取って、風紀を乱したケジメを取ります。生徒会長の立候補を取り下げ、これからは節度ある男女交際を心がけます』って言っておしまい」
「……」
「これで、生徒会長にならなくて済むし、無理にイチャつかなくても、冷めたとか噂も立たなくなる。渡に船だ。笠井おばちゃん様様だよ」
「…呆れたわ。何でそんな事、思いつくのよ?」
「○○と挟みは使いようだよ」
「教師に向かって○○なんて言っちゃダメよ」
笠井教諭の話は颯太の予想通りだった。
颯太のシナリオ通り、2人は殊勝な面持ちで話を聞き流した。
最後に汐梨が生徒会長の立候補を取り下げる旨を伝え、2人で『節度ある男女交際を心がけます』と言うと、笠井教諭は溜飲を下し、満足した表情を見せた。
颯太と汐梨は生徒指導室を出ると、ハイタッチを交わした後、アピールする相手もいない廊下で、恋人繋ぎで指を絡め、教室に戻った。
お気に召しましたら、ブックマーク、評価をお願いします。