汐梨の不安
「落ち着いたか?」
颯太は、暴走し出した汐梨を落ち着かせる為、コーヒーのお代わりを用意するフリをして、暫く彼女を一人にした。
(コイツ、意外とポンコツだな。言うと怒られそうだから、黙ってよう)
「で、部屋を貸してくれってどう言う意味だ?」
「そのままの意味よ。住む所が欲しいのよ」
汐梨の言葉に颯太の混乱が加速する。
「今、住んでる所は?」
「言葉が足りなかったわね。安心して住める場所が欲しいの」
やはり、汐梨が何を言っているのかよく分からない。
お互いの事情に、首を突っ込むのは避けたいところだが、このままでは埒があかない。
颯太も腹を括り、汐梨の事情に踏み込む事にした。
「詳しく説明して貰って良い?」
最初は口を閉ざしていた汐梨だが、颯太が辛抱強く待つとポツリポツリと語り出した。
汐梨の話を要約すると、こうだった。
汐梨の母親は、中小企業のオーナー社長の愛人だった。
その母親が産んだ私生児が汐梨だ。
母親は汐梨が中学生の時、亡くなっている。
父親は汐梨を認知しなかったが、養育費を支払う取り決めがされていた。
母親の死後、汐梨は伯父夫婦に引き取られたが、伯母との関係が上手くいかなかった。
伯母は、自分の娘よりもルックスが良く、成績優秀な汐梨を快く思わなかった。
汐梨も必要以上の生活費を要求する伯母に、不信感を募らせた。
高校進学と同時に、伯父の家を出て一人暮らしを始めたが、颯太が転校して来た頃に、父親の会社の経営が苦しくなっている事が分かった。
養育費の支払いも滞りがちになり、汐梨の生活費は圧迫された。
2年生進級時に、家賃の安いワンルームに引っ越したが、一人暮らしの女の子が住むにはセキュリティに不安があるとの事だ。
そして、1番の不安は
「誰かに尾行られてる?」
「…うん。被害妄想かもしれないけど、そんな気がするの」
「いつ頃から?」
「修学旅行が終わったくらいかな」
颯太は暫く考え込んだ後、汐梨に問いかけた。
今まで隠し続けた自分の事情を晒す事になるが、汐梨の事情を聞き出した以上、自分だけが隠し通すのは、フェアじゃないと思った。
「汐梨の話、ウチの親父にしても良い?」
「…颯太のお父さんて、警察関係の人?」
「それで、こんなマンション買えると思う?」
「…無理ね」
「だよねぇ。ウチの親父は、ただの女癖の悪い金持ちだよ」
「それ、職業じゃないでしょ!」
「そうだね。でも、汐梨の住居の問題は解決出来るかもよ」
「…分かった。任せるわ」
汐梨の許可を取った颯太は、父親に電話をかけた。
「親父、頼みがあるんだけど…」
………
………
………
一通り、事情を説明した颯太が、汐梨に言った。
「親父が、汐梨とも話したいから、スピーカーにしろって」
汐梨が頷くと、颯太がスマホをスピーカーモードにした。
「もしもし、始めまして、駒井汐梨と申します」
『汐梨ちゃん、堅苦しいのはなくて良いから、俺の事は義父さんで良いよ』
「おい!何、勝手な事言ってんだ?」
『照れるな、照れるな。お前が俺に頼み事なんて、汐梨ちゃんに相当入れ込んでんだろ?』
(随分、ハイテンションなお父さんね)
(…ゴメン)
『んでだ、要件は分かったから、明日2人でウチにおいで』
「…ゴミ屋敷になってねぇだろうな?」
『安心しろ、今はお前の母親候補がいるぞ』
「何人目だよ?その話は良いや。部屋は貸してくれるのか?」
『悪いようにはしないから、ウチに来てから話そう』
(颯太、部屋を借りるって?)
(親父は、このマンションの部屋、いくつも買ってんだよ)
(へっ?!ムリムリムリムリ、こんな部屋丸ごとなんて、借りるお金ないよ)
(その話は、後にしよう)
『おい!何コソコソやってんだ?パパ仲間はずれか?』
「ごめん、こっちの話だ」
『真面目な話するぞ』
小向父のトーンが急に変わった。
「ああ」
颯太の表情も、堅くなる。
『ストーカーの話な、もし気のせいじゃなかったら、行動パターン変わるかもしれんぞ』
「どう言う事だ?」
『執着してる女の子が、男と仲良さそうに歩いてるを見たら、どうなると思う?』
汐梨の表情が一気に強張った。
「あっ!どうしよう、私、颯太の事、巻き込んじゃったかも!ごめんなさい、ごめんなさい、、」
汐梨の動揺は電話の向こうまで伝わった。
『汐梨ちゃん、落ち着いて。颯太は大丈夫だから、ソイツめちゃくちゃ強ぇから』
「息子の心配はしないのか?」
『バカ、危ないのは、汐梨ちゃんだ。お前なんか狙われねぇよ』
「どう言う事ですか?」
『ストーキングなんかするヤツは自分より強い相手には手を出さないよ。颯太に敵意は持っても、狙っては来ない。汐梨ちゃんへのストーキングがエスカレートする方が怖い』
「「………」」
『颯太、絶対に汐梨ちゃんを1人で外に出すなよ。何かあったら、お前の責任だぞ』
「ああ、分かってる」
「…颯太」
『汐梨ちゃん、聞いてる?』
「はい」
『今日、泊まる用意ある?』
「ないです」
『まだ、店開いてる時間だから、颯太を連れて着替え買っておいで。お金は颯太に任せて良いから』
「…はい」
『今住んでるワンルームには帰っちゃダメだよ。暫く、颯太の所に泊まって。荷物を取りに帰るなら、必ず颯太を連れて行く事』
「はい!」
(汐梨、本気か?)
(元々、そのつもりで部屋貸してってお願いしたのよ。保護者の許可を貰えるなんて、願ったり叶ったりだわ)
『颯太、後は任せるぞ。明日、待ってるからな』
「ああ、ありがとう」
「有難うございます」
颯太は電話を切ると、直ぐに財布をポケットに入れて、立ち上がった。
「面倒だから、制服のままで良いか?」
「私は、着替え持ってないから、制服で行くしかないわ」
「駅ビルで大抵の物は揃う。ついでに食料品も買って来よう」
2人は駅ビルに向かった。
「駅直通って、本当に便利ね」
「ああ、買い物も食事も全く不自由しない」
「外食ばかりじゃ、ダメよ」
「善処する。ところで、何処に向かってるの?」
「ランジェリーショップに決まってるでしょ。下着が最優先よ」
急に颯太の足が止まった。
「…俺、待ってて良い?」
真っ赤になった颯太を見て、汐梨がほくそ笑んだ。
「ダメよ。私の事、一人にするなってお父さんに言われたでしょ」
汐梨は足を止めた颯太の手を引き、下着が吊るされた売り場を連れ回す。
「お前、態とやってるだろ!」
「あら、恥ずかしいの?」
「……」
「颯太は、どんなのが好き?」
「…どれでも良いから、早く決めてくれよ。なんか注目されてる」
「大丈夫よ。一緒に下着買いに来るカップルなんて珍しくないわ」
汐梨の言う事も間違ってないが、制服姿のカップルが下着売り場にいるのは、悪目立ちする。
確かに、2人は注目を集めていた。
(可愛い〜、男の子の方、真っ赤だよ)
(最近のJKは凄いね。堂々と彼氏連れて、下着買いに来るなんて)
(あのレベルの男の子なら、見せびらかしたくもなるでしょ)
(女の子の方も、めっちゃ可愛いじゃん)
2人のルックスの所為で、注目度は更に上がる。
「汐梨〜、勘弁して」
「何言ってるの?今から、サイズ測って貰って、試着するのよ」
「……」
「良い子に待っててね」
((((ププッ!))))
2人のやりとりを見ていた、他の客から笑いが零れた。
女性客にチラ見されながら、颯太はランジェリーショップで30分の苦行に耐えた。
店員の同情するような目が、余計に颯太のHPを削った。
「ゴメ〜ン、そんなに怒らないでよ」
「……」
下着売り場を出た後も、颯太は口を閉ざしていた。
「颯太だって、私の事、揶揄ったじゃない」
「…やっぱり、態とか?昨日の仕返しか?」
「これで、お相子よ」
「…もう良い。次は、何買うんだ?」
颯太としても、早く忘れたいので、話を変えたかった。
「食べる物買って帰りましょう」
汐梨は早々に撤収を提案した。
「下着だけで良いのか?何着て寝るんだ?」
「颯太のシャツでも借りて寝るわ。明日、荷物取りに帰るし、勿体無いから、余分な物は買わなくて良いわよ」
「…下着は沢山買ってなかったか?」
「最近、胸が育ったみたいだから、総入れ替えしようと思ってたのよ」
「おい!でかい声でそんな「♪〜〜〜」
颯太の言葉を遮って、汐梨のスマホがなった。
「電話か?」
「ううん、グルチャっぽい」
汐梨は歩きながら、スマホを確認した。
「歩きスマホするな!」
「あっ!」
「どうした?」
「…やっちゃた」
昼間、颯太の素顔を晒したグルチャに、下着売り場で手を繋ぐ颯太と汐梨の写真がアップされていた。
「「………」」
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