転校
昼休みになると、颯太は20秒で昼食を済ませて、屋上に避難した。
いつもの様に音楽を聴きながら、本を読んで時間を潰す。
(梅雨入りも近いな。別の場所探さないと)
今後、何処で時間を潰すか考えていると、扉が開く音がきこえた。
「やっぱり、ここに居た」
汐梨が、近付いて来た。
「女の子達が探してわよ」
「………」
「隣、座っても良い?」
「ああ」
颯太はバッグからハンドタオル出すと、自分の隣のスペースにそれを敷いた。
汐梨はビックリした顔で、颯太を見る。
「へえ〜」
「何だよ?」
「何でもないわよ」
何故か機嫌の良さそうな汐梨が話を続ける。
「女の子に興味ないの?思春期、拗らせちゃった?」
「…普通に興味あるし、拗らせてもいない。ただ、男でも女でも同じ学校の連中と連む気はない」
「どうして?今日は随分と話してたじゃない」
「今日だけだ。こんな事が続くようなら、また転校する」
「何でそんな意固地になるの?」
「自分で言ってただろ、俺にも事情があるって。出来れば、放って置いてくれると助かる」
「…事情って言うのを話してくれたら、考える」
「………」
「どうしても言えない事なの?」
「…ここじゃ言いたくないな。誰に聞かれるか分からないし」
少し考える素振りを見せた後、汐梨が大胆な言葉を発した。
「…あんたの家に行っても良い?」
「随分と無防備だな」
「フフフ、ホテルに行っても何もしない人の何処を警戒するのよ?」
苦笑いしながら、颯太が答える。
「…分かった。放課後、南台駅で待ち合わせで良いか?」
「連絡先教えてくれる?」
汐梨がスマホを取り出した。
「誰にも教えるなよ」
「お互いにね」
颯太は、電話番号やSNSのIDなどの交換を終えると、汐梨に教室に戻るように促した。
「別々に戻った方が良いわね」
「ああ、その方が無難だ」
その日の放課後、2人は颯太の家の最寄り駅、南台駅で待ち合わせた。
学校の最寄り駅から2駅と、通学の条件はかなり良い。
ただ、同じ駅を利用する生徒も多い為、何人かに目撃された可能性はある。
颯太の自宅は、駅直通のタワーマンションの20階だった。
「かなり高額なんじゃないの?」
「買ったのは親父だ」
「そんなの当たり前でしょ。あんたが買ったなんて思ってないわよ」
そんなバカ話をしながら、部屋のロックを開けた。
「散らかってて悪いけど、あがってくれ」
「お邪魔します」
汐梨はリビングに通されソファに座ると、室内を見回して、何かに気づいたように眉を顰めた。
「ソファも高そうね。昨日のホテルとは大違いだわ」
「…おい!所構わず、言うな!」
「あんたの家だから言ったのよ」
「親がいたらどうする?」
「…いないんでしょ。留守って意味じゃなくて」
「……」
「この部屋を見れば、分かるわよ。私も同じだから」
今度は颯太が眉を顰めた。
「…正解だ。人に知られたくないから、誰とも連まない」
「随分、極端な事するのね」
「取り敢えず、飲み物持ってくる。話は後だ」
颯太は2人分のコーヒーを用意すると、汐梨と向かい合って座った。
「ありがとう、頂くわ」
「菓子くらい用意しておくんだったな。気が利かなくてスマン」
「あら、あんた気が利く部類よ」
「自分じゃ分からない」
「フフフ、私の事、ちゃんと女の子扱いしてくれるじゃない。短い距離だったけど、荷物も持ってくれたし、歩く時も私の歩幅に合わせてくれたわよね。昼休みに私の座る所にタオル敷いてくれたのもポイント高いわ。女の子って、そういう所、よく見てるのよ」
「そんなモンなのか?」
「そんなモノよ」
「よく分からんが本題に入ろうか?」
「セッカチなのは、マイナスポイントで〜す」
楽しそうに汐梨が笑った。
「駒井さんは、誰かに一人暮らしってバレてる?」
「誰にも知られてないわ。それと面倒だから、汐梨で良いわ。私も颯太って呼ぶから」
「了解。それにしても、交友関係がそれだけ広くて、隠し通すって凄いな」
「まあ、それなりに壁は作ってるからね」
「俺には簡単に教えてくれたな」
「お互いに、同じ秘密握りあっちゃえば、刃物突き付けあってるようなモノよ。颯太こそ、随分簡単に教えてくれたわね」
「物騒だな、おい」
戯けた仕草でホールドアップし、颯太が続ける。
「俺はもう、転校を覚悟してるからな。新しい生活を見据えてるよ」
「ポジティブなのかネガティブなのか分からない人ね。少しは上手く立ち回りなさいよ」
「俺には汐梨のマネは出来ないよ。おかげで、前の学校は1学期持たずに転校だ」
「今度は1年近く持ってるじゃない」
「嫌味か?誰とも殆ど口聞いてないからな。それも既に危うくなってる」
颯太は心底、疲れた表情で語った。
「男の子同士で、一人暮らしがバレると、どうなるの?」
「まず、部屋を溜まり場にしようとするヤツらが必ずいる」
「ありそうね」
「酷ぇのになると、ラブホ替わりに部屋を貸せってバカもいる」
「うわぁ、ないわぁ〜」
ゲンナリした顔で、汐梨が履き捨てた。
「そう思うだろ?結構いるんだぞ。後は金だな」
「お金?」
「ああ、親から小遣い貰ってる連中より、動かせる金額がデカいからな。金貸せって言ってくるヤツも結構いる。バイトでもしろってんだ」
「色々、あるのね」
「その都度、断るのも面倒で、嫌気がさして転校した。だから、二度とバレないように誰とも交流を持たないように気を付けてたんだ」
「…私、やらかしちゃった?」
汐梨がシュンと項垂れた。
「汐梨のせいじゃないよ。そろそろ、限界が来てたんだろ。次の学校に行ったら、上手くやるよ」
颯太の言葉に汐梨が慌てる。
「ち、ちょっと、早まらないでよ。まだ、バレてないでしょ。そもそも、前は何処からバレたの?」
「…元カノ」
言いづらそうに颯太が答えた。
「へっ?彼女いるの?」
「元だ、元。いたら、汐梨をこの部屋に入れるわけねぇだろ。俺は、そんな勇者じゃない」
「あ、その辺はマトモなんだ?」
ホッとしたように汐梨が呟いた。
「どう言う意味だ。話が逸れたぞ。結局、元カノが友達に喋っちまって、その彼氏に伝わったんだ。『いつでも、好きな時に2人きりになれて、羨ましいよ』とか、そいつらが言うから、あっという間に広まった。気付いたら、俺の部屋に泊まって遊ぶだの、部屋貸せだの、金貸せだの、そんな事言うヤツらばっかりで、ウンザリした。全部断って、縁切った」
「ふぅ〜ん。元カノを毎日のように連れ込んでたんだ?」
汐梨の目が冷たいモノに変わった。
何故か颯太の背中にも冷たいモノが走る。
「汐梨さん?何か誤解してますよ。元カノは2回、夕飯を作りに来てくれただけです。そこのキッチンとリビング、トイレ以外には足を踏み入れてません。非常に身持ちの堅い女の子でした」
「何で、急に丁寧語になるのよ!」
「だって、汐梨さん、急に怖い顔するんだもん」
「怖い顔なんてしてないわよ!」
「……」
「……」
「その教訓を生かして、今の学校では友達も彼女も作らない事にしたんだ。学校の外には友達もいるし、無理をしてる訳じゃないんだ」
一通り颯太の話を聞いた汐梨が、考え込んだ後、口を開いた。
「颯太、提案て言うか、お願いって言うか、聞いて貰いたい事があるんだけど…」
「何だよ、改まって」
汐梨がモジモジしながら、何かを言おうとし、何度もそれを飲み込む。
「…あ、あのですね、わ、私達、いっそ、このまま付き合っちゃいませんか?」
「……」
「……」
「ハァ?」
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