ご開帳
翌朝、いつもように颯太はイヤホンをつけ、本を開いていた。
後ろから近づく気配には、全く気付いていない。
「そぉ〜た♡」
猫撫で声を出しながら、汐梨が後から抱きついてきた。
教室中に騒めきが起きる。
女子からは黄色い歓声がおこり、男子からは殺気の篭った視線が向けらる。
汐梨は、颯太の耳からイヤホンを抜き取ると耳元で囁いた。
(昨日は、やってくれたわね)
(お前、何考えてんだ?)
(私、やられっぱなしって嫌なの。私の人気、思い知ると良いわ)
「昨日、何で置いて帰っちゃったの?」
今度は周りに聞こえるように声を出す。
「寂しかったんだから。今度は置いてっちゃ嫌よ」
ちゅっ
汐梨は颯太の首筋にキスをして、去って行った。
取り残された颯太の元にはクラスメートが殺到する。
汐梨も女子生徒に囲まれた。
汐梨は上手く、集まった女子生徒を捌いているようだが、颯太を取り囲む男子生徒は殺気だっていた。
「小向、駒井さんと何処に行ったんだよ」
「てめぇ、何抜け駆けしてんだ!」
「置いて帰ったってどう言う事だ?」
(はあ、面倒くせぇ)
無視を決め込んだ颯太に、周りの男子からの尋問が苛烈になる。
「何とか言えよ!」
「いつも影でコソコソしやがって、舐めてんのかよ!」
「シカトしてんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞ!」
男子の声が怒号に変わったタイミングで、颯太が口を開いた。
「駒井さん本人に聞け」
「「「「「!」」」」」
男子生徒達が黙り込み、騒ぎは収まったように見えた。
しかし、収まりの付かない者が殆どだ。
男子生徒の1人が、颯太の胸ぐらを掴み声を荒げた。
「お前に聞いてるんだよ!」
返事は颯太の口からでなく、右手に持ったスマホから発せられた。
カシャッ
自撮りである。
颯太と胸ぐらを掴む生徒が、綺麗に収まっていた。
「これ、暴行罪の証拠写真だから。今から被害届出しに行くけど、他にも捕まりたい奴いるか?」
「「「「「……」」」」」
颯太に詰め寄った男子生徒達の顔が、一気に強張った。
教室内の出来事で、警察を介入させる発想などなかったのだろう。
「それと、ボイスレコーダーに全部録音してあるから、脅迫罪に触れたと思う奴は、示談で済ませてやるから、親に言って示談金の準備しておけ、『ぶっ殺す』って言ったヤツは完全にアウトな」
青ざめる男子生徒達を残して、教室を出ようとした颯太に汐梨が駆け寄った。
「ちょっと待って、そこまでする事ないでしょ」
「駒井さんは関係ないだろ。こっちの問題だ」
「関係あるわよ。私が原因なんでしょ?こんな事になるなんて思わなかったの」
慌てふためいく汐梨の姿が、颯太のツボにハマった。
「…ぷぷっ」
「へっ?」
「アハハハ、ハハハ…腹痛ぇ」
「…また揶揄ったの!?」
「ククク、あんまり笑わせるな。ペースが乱れる…アハハハ」
腹を抱えて身体を丸める颯太の背中をバシバシと汐梨が叩いた。
「痛いって。それホントに暴行だから」
「あんたが、悪いんでしょ。もう、直ぐに揶揄うんだから」
「お前が自爆テロみたいなマネするからだ」
戯れあってるようにしか見えない2人に周りが唖然とする。
「駒井さんてあんなキャラだったっけ?」
「小向が笑ったの初めてじゃね?」
「あの2人、実は仲良かったの?」
「「あっ!」」
周りの視線に気付いた颯太と汐梨がコソコソし出した。
(ちょっと、何とかしなさいよ)
(お前の悪ふざけが原因だろ、自分で何とかしろ)
(大元の原因はあんたでしょ)
(…しょうがねぇな)
颯太が席に戻ると、取り囲んでたいた男子生徒達も既に毒気を抜かれていた。
「ほら、撮った写真消すから心配するな」
「あ、ああ…」
目の前で写真を消去しながら、颯太が続ける。
「昨日出先で、駒井さんが、しつこいナンパに遭ってんのを見つけたんだよ。放っておく訳にも行かないだろ?助けたって言うか、割って入ったんだ。駒井さんも、皆に知られたくないだろうから、黙ってようと思っただけだ。悪かったな」
「…こっちも悪かったよ。置いて帰ったってのは?」
「用事があって送って行けなかったから、タクシーに押し込んで、金だけ渡して別れた。それで、へそを曲げて、朝っぱらから悪戯仕掛けて来たんだろ?」
ラブホの件を隠し、所々に本当の出来事を混ぜて、話を作った。
汐梨も颯太の作り話に乗っかった。
「…そうだよ。怖かったから、送ってってお願いしたのに、タクシー捕まえたら、何処か行っちゃうだもん。仕返しにちょっと困らせてやろうと思ったら、大騒ぎになっちゃって…ごめんなさい」
話を聞いていた女子生徒が、颯太に目を向けた。
「小向君て、そういう時、助けてくれる人なんだ?」
「へえ、意外だわ。置いて帰ったって言っても、タクシーに乗るまで面倒みてくれたんでしょ?」
「タクシー代まで出してくれるなんて、実は良い人だったんだね」
女子生徒の間で、颯太の好感度が急に上がった。
颯太の望まぬ方向ではあったが、何とか収まりがついた。
一騒ぎあったが、いつも通り颯太はオブジェとなり、時間の経過だけを待った。
ところが、2限目の授業が終わった所で、再び颯太の周りにクラスメイトが殺到した。
今度は何故か女子ばかりだ。
「ねぇねぇ小向君、髪上げてみて」
「眼鏡も外して」
「マスクもマスクも」
興味津々に女子生徒が詰め寄ってくる。
「俺の顔なんか見ても、しょうがないよ」
何とか逃れようとするも、女子生徒は一向に引く様子がない。
誰かが、スマホを颯太に突き付けた。
「この写真、本当に小向君なの?」
クラス女子のグルチャに「だ〜れだ?」と題して、昨日撮ったであろう写真がアップされていた。
(アイツ、いつの間に写真撮ったんだ!)
物凄い勢いでレスがついていた。
「誰?」
「ウチの学校の子じゃないよね?」
「チャラいけど、かなりイケてる」
「誰かの彼氏?」
「ヒント頂戴」
「ヒントは、ウチの学校の生徒です」
「学年は?」
「それ言ったら、分かっちゃうよ」
「部活は?」
「それも内緒」
「他の角度の写真もある?」
「横から撮ったヤツお願い」
横顔の写真もアップされていた。
束ねた髪が背中にかかっている。
「!」
「この髪の長さって?」
「嘘でしょ」
「誰かマスク外したの見たことある?」
「ない」
「私もない」
「髪上げたのも見た事ないよ」
「S.K君?」
「!」
「!」
「正解は〜、ジャジャン」
学校での颯太の写真がアップされた。
「え〜っ!」
「何で隠してたの?」
「次の休み時間にかっくに〜ん」
「去年の9月から、ずっと隠してたんだ」
ここで、コメントは切れていた。
「これ、小向君なんでしょ?」
「……人違いです」
目を逸らしながら、颯太が呟いた。
「今の間は何?」
「何で、目を逸らすの?」
汐梨の方を見ると、ニヤニヤ笑っている。
颯太が抗議の視線を送ると、汐梨は舌を出した。
やっと一矢報いた、と言いたげな表情をしている。
「誰か押さえて!」
その声を合図に、背後にいた数人の女子生徒が颯太を押さえつける。
その内の1人が颯太の前髪を上げた。
「マジ?」
髪を触った女子生徒が固まる。
「どうしたの?」
「髪の毛めっちゃサラサラ!」
「嘘ぉ」
「私も触らせて」
「うわぁ、ホントだ」
「シャンプー何使ってるの?」
性格上、女子に手荒な事の出来ない颯太は、何の抵抗も出来ずに揉みくちゃにされていた。
最初は遠巻きに、ニヤニヤ見ていた汐梨だが、何故か面白くなくなってきた。
思わず、女子生徒の輪に混ざり、颯太に触っている女子に苦言を呈した。
「ちょっと、やり過ぎよ」
「…あ、ごめんなさい」
「顔だけ見せてね」
正面に座った女子が眼鏡に手を掛ける。
マスクも同様に、誰かがゴムに手を掛ける。
「ご開帳ぉ〜」
転校以来、初めて颯太の素顔が晒された。
「!」
「ちょ〜イケメンじゃん」
「隠す意味が分かんないですけどぉ〜」
「写真より、実物のが良いね」
「今日から、マスクと眼鏡禁止ぃ〜」
「いや、眼鏡は勘弁してあげなよ」
「でもこれ、伊達メガネだよ」
いつの間にか、颯太の眼鏡を女子の1人が掛けていた。
「あ、ホントだ」
「私にも貸して」
次々に女子生徒の手に、眼鏡が渡って行く。
「眼鏡も禁止ね」
背後で颯太を押さえ付けてた女子が、シュシュで髪を束ねた。
眼鏡とマスクは誰かが持って行ってしまった。
「おい!上履き隠す小学生みたいな事するな」
颯太の抗議は聞き入れられず、素顔を晒して1日を過ごす事になった。
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