置き去り
勝負は中間試験の合計点数で競う事になった。
「本当に良いの?」
圧倒的に自分が有利と思われる賭けに汐梨が戸惑った。
「仕方ないだろ。運任せの勝負じゃ、負けた方が納得出来ないだろ。体力勝負じゃ、男の方が有利過ぎる」
「これだと私が有利過ぎると思うわよ」
汐梨は既に勝った気でいた。
食い下がった自分に颯太が折れたとさえ思った。
「構わない。但し、決着がつくまで、煩い連中を抑えてくれ」
「分かったわ。交渉成立ね」
結果は汐梨の惨敗だった。
合計点だけでなく、全教科で颯太に続く2位。
入学以来、初めての首位陥落だった。
再び、2人は屋上で対峙した。
「あんた、今まで手を抜いてたの?」
「どうだったかな。約束は覚えてる?」
「…覚えてるわよ!何をする気なのよ?」
「聞かなくても分かるだろ。俺だって性欲旺盛なDKだぞ」
「………」
「制服じゃ入れない所に行くから、着替えてから集合な」
待ち合わせの時間と場所を告げると、真っ青な顔の汐梨を置いて、颯太は教室に戻って行った。
この後、汐梨は体調不良を理由に早退した。
颯太にしてみれば、汐梨が約束を破ろうが構わなかった。
(これだけ脅かしとけば、二度と絡んでこねぇだろ)
これが本音だった。
学校が終わると、颯太は着替えて待ち合わせ場所に向かった。
汐梨が来るとは思っていなかったが、万が一来た場合には放置するのも忍びなかったからだ。
待ち合わせ場所に到着すると、意外な事に汐梨は来ていた。
颯太が声を掛けようとすると、如何にもと言うチャラそうな男が、先に声を掛けた。
颯太はどうするか考え、暫く様子を見る事にした。
「人と待ち合わせているので…」
「そんなの放って置いて俺と遊ぼうよ」
「そう言う訳にはいきませんから」
「良いじゃん、行こうよ」
「行きません」
「じゃあ、連絡先だけでも教えて」
「お断りします」
(結構しつこいな)
汐梨はナンパを振り切って立ち去ろうとした。
(そろそろ止めるか)
「汐梨」
名前を呼ぶと、汐梨よりも先に男の方が反応した。
「お前何?邪魔すんなよ」
「随分テンプレな奴だな。普通、待ち合わせ相手が来たら引き下がるだろ」
戸惑う汐梨の手を引いて颯太が歩き出すと、男が食い下がって付いてきた。
「ふざけんなよ。待てよ!」
颯太はニッコリと男に振り向いた。
「右見てみな」
「右がどうし…」
交番の目の前だった。
「すいません。この人が彼女にしつこく付き纏ってるんで、助けて下さい」
青ざめて逃げようとするナンパ男の手を颯太が掴んだ。
「…な、何にもしてねぇだろ」
微笑んだままの颯太が、狼狽える男に告げる。
「迷惑防止条例知ってるよね。軽犯罪法にも触れるかも知れないよ」
「…ち、ちょっと待ってくれ」
「後は、交番で言い訳してくれ」
警官にペコリと頭下げた後、颯太は汐梨の手を引いて歩き出した。
交番から少し離れた所で立ち止まると、汐梨が颯太に頭を下げた。
「助かりました。有難うございます」
そんな汐梨を不思議そうに眺めた後、颯太はハッとして確認する。
「…やっぱり分かんないか。俺、小向だけど」
「……」
「……」
「…嘘ぉぉぉおお!」
いつもの黒縁メガネとは違う、ラウンドタイプのメタルフレームに緑のカラーレンズ。
メガネだけでもイメージが違う。
普段は無造作に垂らしているロン毛も、後ろで束ねている。
クラッシュデニムにルーズなカットソー。
首からはドッグタグのレプリカをぶら下げ、左の耳にはピアスをしている。
ハッキリ言って、さっきのナンパ男と同レベルでチャラい。
制服姿しか知らない汐梨には、全くの別人に見えた。
「まともに顔見せた事なかったっけ」
「…顔もそうだけど、格好の方が意外だわ」
「これなら誰かに見られても、俺だって分からないだろ?」
「呆れたわ…」
「それより、駒井さんの方が驚きだよ。嫌がらせで、変な格好してくると思った」
汐梨のコーディネートは、オフショルダーのピンクのワンピースにベージュのカーディガン。
制服姿より、胸が大きく見える。
髪型はショートボブなので、学校と変わりない。
軽めだが、普段よりもしっかりメイクをしている。
「それも考えたけど、余計惨めな気持ちなりそうだから止めたわ」
「…そうか。約束は約束だし、行こうか」
「…何処に行くの?」
「ホテルに決まってるだろ」
「……」
颯太は迷いなくホテルに向かった。
エントランスを通り、大きなパネルの前で部屋を選択する。
フロントで会計をし、部屋番号の入ったプラスチックの札を受け取ると、汐梨の手を引いてエレベーターに向かった。
「…随分慣れてるのね」
「…普通でしょ」
「私は初めて来たわよ」
「まあ、人それぞれだよ」
エレベーターを降りると、205と書かれたルームナンバーが点滅していた。
「あそこの部屋だよ」
「……」
汐梨は震える足を必死に前に出し、颯太と共に部屋に入った。
◇◇◇◇◇◇
髪を乾かした後、何を着るか悩んだ挙句、汐梨はバスローブを羽織った。
怖いのか、悔しいのか、悲しいのか分からないが、涙が出そうになった。
颯太の揶揄うような笑顔を思い出すと、意地でも泣きたくない。
初めては、好きな人と結ばれると信じて疑った事などなかった。
そう考えると、やはり涙が出そうになる。
(謝ったら、許してくれるかな?謝ろう。何とか別の事で許して貰おう)
バスルームを出ると、汐梨は颯太の名を呼んだ。
「…小向君」
返事はない。
「小向君」
やはり返事はない。
寝てしまったのだろうか。
このまま逃げてしまおうか。
ベッドにもソファにも颯太の姿はない。
テーブルの上を見ると、灰皿を錘にして一万円札とメモが置いてあった。
『先に帰る。これに懲りたら、俺に関わるのやめくれ。
しつこいナンパも多いから、この金でタクシー呼んで帰れよ。
P.S. ワンピ姿、可愛かったよ。眼福眼福 』
「〜〜〜っ!」
緊張感から解放された汐梨は、ヘナヘナと座り込んだ。
同時に、怒りが込み上げて来る。
メモを掴む手がプルプルと震え出した。
「悔しい〜っ!完全に揶揄われた!」
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