ママ?
帰りのホームルームを終えると、颯太と汐梨は手を繋いで、教室を出た。
下着売り場以来、恋人繋ぎが2人のデフォルトになっている。
最初に向かったのは、汐梨の自宅である。
学校から颯太の自宅方向とは、逆に12駅。
駅から更に徒歩15分。
立地条件は、颯太のマンションと雲泥の差だった。
汐梨の自宅は、軽量鉄骨の2階建のアパートだった。
ワンルームが8部屋あった。
玄関は表の通りから丸見えである。
「驚いた?ボロいでしょ?」
「……」
「遠慮しなくて良いのよ。自分でも、そう思ってるから」
「あがって」
「ああ、お邪魔します」
汐梨に促されて、颯太は部屋に入った。
狭い玄関の傍に洗濯機、小さなシンクと単発の電気コンロ。
シンクと向かい合わせに一つだけドアがある。
ドアの向こうは、風呂とトイレが一緒なのだろう。
居住スペースの半分近くをシングルベッドが占めている。
総床面積は、颯太の寝室にも及ばない。
颯太は部屋に入ると、床に腰を下ろした。
「そんな所に座らないで、ベッドに座りなさいよ」
「女の子の部屋で、いきなりベッドに座れるか!」
颯太の言葉を聞いた汐梨が笑顔になる。
「颯太って、そいうとこ、本当に気を遣ってくれるわよね」
「普通そうだろう?」
(自覚なしか?)
「気にし過ぎよ。偽装でも恋人同士でしょ?そんな所に座られたら私が落ち着かないわ」
「…分かった。遠慮なく、座らせてもらう」
颯太がベッドに座ると、汐梨が横に腰を下ろした。
「今日さ、1年生の女の子が何人も颯太の所に押しかけ来てでしょ?」
「ああ、汐梨がいなかったら、お手上げだったよ」
「あの子達って、颯太の容姿しか見てないわよね。ちょっとムカってきたわ」
「最後の方、汐梨、怒ってたな」
「颯太が自分で怒んないからよ。って言っても貴方には無理ね。颯太の部屋のこと喋った元カノにも怒らなかったでしょ?」
「まあ、最初に教えたのは俺だからな」
「…はぁぁ、契約期間中は、私が守ってあげるけど、自分でも気を付けなさい。そんなんじゃ、女の子は甘え放題になるわよ」
「…よく分からない」
「もう、世話が焼けるわね」
「ごめん」
「直ぐに、どうこうなるモンじゃないわね。契約期間はたっぷり残ってるし、ゆっくり考えましょう」
「……」
「荷物用意するから、休んでて」
キャリーバッグに着替えや勉強道具を詰め込む汐梨に、颯太が話しかけた。
「汐梨、この部屋、解約しないか?」
「どうしたの?急に」
「汐梨の言う通り、セキュリティが脆弱過ぎる。ストーカーの問題が片付いても、ここは良くない」
「心配してくれるの?」
「自分でも何でか分からないけど、そうみたいだ」
「颯太のお父さんが、部屋貸してくれなかったら、私、住む所無くなっちゃうわよ」
「俺が何とかする」
「どうやって?」
「後で話すけど、俺もそれなりに金は持ってる」
「…悪い事してるの?」
「何でそうなる?真っ当に稼いだ金だ」
「……」
「……」
「その話、私以外にしちゃダメだよ」
「分かってる。ロクな事にならないだろうからな」
「…取り敢えず、お父さんの所に行こう。悪いようにはしないって言ってくれたし」
「そうだな、考えるのはその後で良いか」
荷造りを終えると、2人は颯太の自宅に向かった。
「悪いわね、荷物全部持ってもらっちゃて」
「気にするな。重たい物は何もない」
(重たい物があったら、尚更私に持たせないくせに)
「あ、あれ?」
颯太の部屋に着くと、汐梨は不思議な感覚に襲われた。
「どうした?」
「ううん、なんでもない」
(何で今、家に帰って来たような気分になったんだろう?)
「疲れたのか?」
「平気よ。着替えて行かなきゃ」
汐梨はキャリーバッグから幾つか着替えを出した。
「少し休んでからでも良いぞ」
「お父さん、待たせたら悪いわ。何着てけば良いかな?」
「パンツ持ってる?」
「ジーンズならあるけど、何で?」
「バイクで行こう。歩いても10分くらいだけど、今日はもう結構歩いたろ」
「バイクなんて持ってたんだ?」
「ああ、高校入って直ぐ、免許取った。ほら、このヘルメット使え」
汐梨は、颯太に渡されたヘルメットをジッと見た。
「…これ、元カノも使ったの?」
「使ってないよ、免許取って最初の1年間は二人乗りタンデム出来ないから、汐梨が初めてだよ」
「私が初めてなんだ…」
「あ、バイク怖い?タクシーにする?」
「ううん、平気!安全運転でお願いね」
「ああ、ゆっくり行こう」
地下駐車場に降りると、颯太は愛車を自慢げに汐梨に見せた。
「何か、凄そうなバイクね」
「古いイタリアのバイクだよ。親父の知り合いに譲って貰ったんだ」
「『Kawasaki』って書いてあるわよ」
「エンジンは日本製だよ」
「颯太、こう言うの好きなんだ?やっぱり男の子ね」
「男子がバイク好きとは限らないだろ?」
「そうだけど、バイク好きな女子よりは多いでしょ」
「そうだな。行くか?」
「うん」
2人でバイクに跨ると、汐梨は遠慮がちに颯太に掴まった。
「もっとしっかり掴まって」
「こう?」
汐梨は、颯太の腰に腕を回してギュッと抱きついた。
「颯太の身体、硬くて逞しくて、ドキドキするわ」
「…言うな!俺だって汐梨の身体、柔くてドキドキしてんだから!」
「…エッチ!」
「先に言ったの汐梨だろ」
「女の子は良いの!男の子が言ったらセクハラよ」
「凄ぇ理不尽。もう良いから行こう。怖かったら、合図して。直ぐに止めるから」
「大丈夫だと思うわ。行きましょう」
汐梨のバイク初体験は5分足らずで終わった。
「大丈夫だった?」
「うん。颯太がゆっくり走ってくれたから、怖くなかったわよ」
「じゃあ、親父のところ行こう」
颯太の実家を見た汐梨は圧倒された。
予想はしていたが、かなり大きな戸建て住宅だった。
敷地は分譲の建売住宅が5,6棟建ちそうな広さだ。
ガレージには、高級車が3台とまっている。
「お父さん、ここに1人で住んでるの?」
「電話じゃ、母親候補がいるって言ってたから、女の人がいると思う」
「再婚の相談とかないの?」
「いちいち聞いてたらキリがない。今は家も奇麗になってそうだけど、別れるとゴミ屋敷になる。また女作って、家が片付いて、暫くしたら別れて、またゴミ屋敷になる。その繰り返しだよ」
「……」
「どんな女の人が出てきても、驚くなよ。前回は、俺と5つ違いだった。5歳上の女の人、母親にしようってのか?」
「……」
「汐梨、何で黙ってるの?」
「…颯太、よくグレなかったわね」
「もう、慣れたよ。行くぞ」
颯太がインターホンのボタンを押すと、スピーカーを通して若い女性の声が聞こえた。
「はーい」
「颯太です。親父います?」
「あ、キミが颯太君?直ぐ開けるわ」
玄関から、颯太と余り歳の変わらない女の子が出てきた。
精々2つ,3つ上といったところだ。
「颯太君と汐梨ちゃんね?私は、真鍋 沙耶香。お父さんの婚約者よ。私の事はママでもお母さんでも良いわ」
「「!」」
「…あんのぉ、バカ親父!」
「………!」
颯太は頭を抱え、汐梨は放心状態となった。
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