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プロローグ

「シ、シャワー浴びてからで良い?」

汐梨シオリは、なんとか声を絞り出した。

「駒井さん、声震えてるよ」

颯太ソウタが揶揄うような笑みを浮かべながら、追い討ちをかける。

「このホテルのバスルームが、ガラス張りでなくて良かったね」

「…入ってくる!」

颯太の余裕のある意地の悪い笑みに、ムカムカと腹を立てながら、彼女はバスルームに入った。


初めて入ったラブホの部屋は、汐梨の想像とは違っていた。


(もっとケバケバしていると思った)


実際には、壁紙もカーテンも落ち着いた色だった。

大きなベッドと広いバスルーム。

小さなローテーブルに二人掛けのソファ。

大画面の液晶テレビには、カラオケのマイクやゲームのコントローラーが繋がれている。

今から事に及ぶと、強く意識させる雰囲気はない。

それでも汐梨の心臓は早鐘を打ち続けている。


(何であんなバカな賭けをしちゃったんだろう?)


感情的になって挑んだ勝負で颯太に負けた。

その結果、自分はここで処女を散らす。

約束を反故にして逃げ出せば良かった。

それ以前に、あんな賭けしなければ良かった。

汐梨は後悔を振り切るように、頭からシャワーを浴びた。


◇◇◇◇◇◇


1年生の2学期開始と同時に小向コムカイ 颯太ソウタは、転校して来た。


「小向です。一番後ろの席に置いてあるオブジェだと思って下さい」


彼は自己紹介により、クラス全員から顰蹙ひんしゅくを買い、あっと言う間に孤立した。

学級委員である駒井コマイ 汐梨シオリは、担任から案内役に指名されたが、颯太はそれも固辞した。


「結構です」


その一言に汐梨の自尊心は、大きく傷つけられた。

入学以来、成績は学年トップ。

部活には入っていないものの、スポーツは万能。

容姿は学校でも1,2を争うとの評価を貰っている。

当然、男女問わず人気が高く、トップカーストの中心人物だ。

実際に何度も交際の申し込みを受けていた。


(コイツ何なのよ?)


無造作に垂らした長髪と太い黒縁の眼鏡で目を隠し、鼻と口はマスクで覆われている。

まるで素顔を隠すような格好で、必要以外声を発しない。

休み時間はイヤホンをつけ、本を読んでいる。

昼食は所要時間1分足らずで、カロリー補給のゼリーとサプリメントを摂取するのみ。

完全に周囲の人間を拒絶している。


(孤高を気取った厨二なの?)


授業も聞いているのか寝ているのか分からない。

教科書はロッカーに置きっぱなしのようで、ほぼ手ぶらで登校してくる。

しかし、成績は学年一桁。

汐梨には及ばないものの、2〜9位の間を彷徨っている。


面倒くさいし、放って置こう。

それが、クラスの総意だった。


しかし、看過できない問題も起きて来る。

体育祭は体調不良(自己申告)で欠席。

颯太の参加予定の種目には、急遽代役が立てられた。

文化祭の準備は、家庭の事情(自己申告)で一切参加せず、放課後は速攻で帰宅。

当然、1人当たりの負担は増える。

クラスメイトが颯太に不満をぶつけると、

「元々、俺の転入で、このクラス1人多いんだろ」

と言って、取り合わない。

当然、文化祭当日も欠席。


2年生に進級し、汐梨と颯太は再び同じクラスになった。

2年生の最初のビッグイベントはGW明けに予定されている修学旅行だった。

LHロングホームルームは班分けや、自由行動での予定表の作成に当てられた。

颯太はこの時も机に突っ伏し、寝ていた。

当たり前のように修学旅行にも参加せず、図書室に登校し、出席日数の埋め合わせをしていた。


本人の望む通り、完全にオブジェと化したが、大きな問題が発生した。

生徒会選挙である。

汐梨は、周囲の強い要望で生徒会長に立候補した。

選挙は、1学期中間試験の1週間前まで選挙活動の前半戦が行われる。

試験終了後、後半の選挙活動を経て投票となる。

汐梨の対立候補陣営は「颯太の孤立=颯太に対する苛め」と歪曲し、そこを攻めた。


「駒井さんのクラスには、陰湿な苛めがある。標的になっている生徒は、クラス内で完全に孤立していて、修学旅行にも行けなかった。このような問題を放置している生徒に生徒会長を任せて良いのか?!」


単にクラス内にボッチがいるだけなら大した問題ではないが、修学旅行にも行けない程の苛めと捉えられると話は別だ。

完全に颯太の存在が仇となった。

今まで放置していたクラスメイトが、颯太に詰め寄った。


「あんた、いい加減にしなさいよね!」

「いつも好き勝手やって、周りがどれだけ迷惑してると思ってんだ!」

「そんなに嫌なら、学校来なきゃ良いだろ!」

クラスメイトの無関心は敵意に変わった。

今にも掴み掛かりそうな男子生徒も何人かいる。

険悪な雰囲気に慌てた汐梨が割って入った。


「みんな落ち着いて。小向君にも事情があるんでしょう。ちょっと2人で話したいから」

そう言って、汐梨は颯太を屋上に連れて行った。

屋上で対峙した2人の表情は対照的だった。

汐梨は苛立ちを隠せず、颯太は何か愉しむように薄っすら笑っている。

尤も顔を隠している颯太の表情は汐梨からは伺えないが。

先に口を開いたのは、汐梨だった。


「あんた、足引っ張るの止めてくれない?!」

クラスメイトを止めた時とは全くトーンが違う。

「アハ、それが素か?」

愉しそうな颯太の声に、汐梨が神経を逆撫でされる。

「あんたが何しようが勝手だけど、迷惑掛けないで欲しいのよ!」

「迷惑?本当に?」

「どう言う意味よ?」

「迷惑掛けてるのは、他の連中だろ。会長候補にされた時、思い切り嫌そうな顔してたじゃねぇか」

「………」

「このまま選挙で負けても俺のせいに出来るし、やりたくない生徒会長もやらなくて済む。迷惑掛けてるとは思わないけどね」

「……それでも立候補した以上は負ける訳にはいかないの」

汐梨が思い詰めたような表情に変わった。

「俺に何をしろと?」

「…私の応援演説をして。そこで苛めの話を否定して」

「……」

「……」

「そんな事したって無駄だよ。無理に言わされてると思われるだけだぞ」

「それでも、何もしないよりマシよ」

「…断る。時間の無駄だ。話は終わりで良いな?」

颯太は話を打ち切り、立ち去ろうとした。


「ちょっと待ちなさいよ!」

汐梨は颯太に食い下がった。

「まだ何かあるのか?」

「……取引よ。お互いに相手の要求を一つずつ聞くってどう?」

「断る。何も要求する事が無い」

即答だった。

汐梨は完全に手詰まりとなった。

「……か、賭けをしましょう。私が勝ったら、選挙の協力をして」

「断るって言ったろ。俺には要求したい物がない。勝っても負けてもデメリットしかない」

「私が負けたら、何でも言うこと聞くから」

考え無しの言葉が汐梨の口から零れた。

「…後悔するぞ」

颯太の言葉に汐梨の顔が引き攣った。


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