「森舟精神科クリニックの秘密」 小夜物語 第100話 最終話 完結編
1.
その精神科・心療内科クリニックは、地方都市の、、人口6万というまあ小さな町(市)のはずれにあった。個人経営のいわゆる小さな「医院」でしたね。
差しさわりもあることなので、「森舟メンタルクリニック」とでも、仮称させてください。
そのクリニックができたのがそうですね
今からザっと20年前くらいでしょうか、
町はずれの少しだけ街並みが途切れたところにそのクリニックはできた。
それまでこの町にはいわゆる精神科専門医院はなくって、物珍しがられたものだった。
勿論こんな人口6万の町でもメンタルの病の人がいなかった?わけないはずで
そういう人は近隣の大きな市のS精神科に行っていたのだ。
2.
その大きなS精神科病院はこの町から電車で1時間くらいの市にあってこの県の精神科の中心病院だった。収容病棟もあり、重度の患者はそこへ送られていました。
この私は実はその市に、ずっと以前に住んでいたことがあって、日曜日など街中のスーパーに行くと明らかにその入院患者と思われる数人が看護師と思われる屈強な?男性に手を引かれて買い物体験?に来ている風景も見ました。それぞれに財布と買い物かごを持って、、ガムとかジュースとか買っていました。軽度の症状の患者の病院外体験?訓練だったのでしょう。
わたしが見ていると。突然一人の若い男性患者が何を思ったのか、コンクリートの壁に頭(額)をどんどんと打ち付け始めたのです。看護士が駆け寄り『どうしたの?あれじゃあイヤだったのね、そう、、すぐに取り換えようね」といってかごから品物を出して別のものと交換していました。
そんな風景が昨日のことのようによみがえってきたりします
3.
さて森舟クリニックができて、それまでの軽度の人はこの電車で1時間のS精神科総合病院まで行かなくても済むようになったのです。まあ一般内科でも、心療内科的なこともそれまではやっていたわけですが、こうして看板に「心療科」と名乗る医院ができたことは良かったという思いでしたね。
実は私、、ボランティアで、以前から、この人工6万の市の精神疾患デイサービスの「陽だまりの家」(仮称)に行ってお手伝いしていたのですね。
ですからこうして近くに森舟クリニックができたことはホント良かったと思いましたよ。
この「陽だまりの家」ですが、
軽度の人や、S病院の退所者でこの町の居住者を受け入れていました。
ただ軽度といっても就職は無理な人でしたね。
この作業所「陽だまりの家」では日課は、ほぼ某工場委託の、金属部品ののバリ取りとか
紙製品の糊付けとか、などでした、
わたしはここへボランティアで、随時思いつくとは、気が向くと、連絡しては行ってましたよ。
お昼はですね、私が行ってる頃はみんなお弁当持参でした、そしてお味噌汁はその作業所の給湯室?の隅のガスコンロで大鍋で作っていましたね。
ああ、、懐かしいなあ。
それぞれ持参の弁当と作った味噌汁がお昼でしたね。
わたしがそこをやめてから、、もう、、だいぶ、たつので、今はどうなのかは全く分かりません
でも、その施設が今もあることは確認してますが、、。
4.
さて、そこの「陽だまりの家」の利用者さんも、みな軽度か、良くなってS病院を退院した人ですから。その森舟クリニックができると皆さんそこへ通院してお薬をもらうことになったようですね。で、私も彼等から雑談でいろいろとそのドクターのことも聞きました。
で、、以下はその聞き書きということになります。
あ。その前に森舟クリニックの概要をお話しておきますね。
場所は県道に面したところで、敷地はそうですね、500坪?くらいはありますかね?
田舎ですから土地代は安いですよ。まあ結構広々としていましたね。
田舎ですから住民の足は自家用車でそのため駐車場はどこも広いんですよ。
その敷地にコの字型?の平屋の病院がありました。
それがこの医院の概要です。
先生は森舟先生で、なんでもすごく温和で静かで、、小柄なぼそぼそしゃべる人だそうです。
え?
わたしは行ったことないですよ。その先生を見たこともないですよ。
これらのお話は彼等からの聞き書きですよ。
先生は、
話をよく聞いてくれるというので評判も良かったそうです。
この県の国立大学の医学部出ているそうです。
奥さんがいて
奥さんは、、別の大学?で看護師資格を取って医院をてつだっていたようですね。
何処で、どう知り合ったか?
そんなことわたしが知るわけないでしょ。
5,
そんな、、割と評判の心療内科だったわけですが、ある日そのニュースは突然飛び込んできました。
其処へ行ってる陽だまりの家の患者から、ある日私がボラに行ったら聞いたのですが
何でも森舟先生が自殺したらしいというのだ。私は「え?なんで?」とあっけにとられたことを今でも、ふと、思い出します、数日後、地方新聞に、「事件性はなく、自殺だった」と記事が出ました。何でもそれによると患者の対応で精神的に追い詰められて、うつ病になっていた、、というのですね。
まあ良心的に患者の愚痴?や悩みを、よく、聞いてくれたそうですから
それでご自身が疲れて?しまって、うつ病になったのでしょうか?
先生への苦情や嫌がらせ??
脅迫や脅し???
それはなかったと思いますよ、
いずれにしても、詳細は私になどが、わかるはずもありませんが、
陽だまりの家の通所者からも評判良かっただけに、みんな落胆していましたね。
何でもその医院併設の自宅の寝室で首をつっていたそうです。おくさんはがいしゅつ中だったようです。奥さんもその兆候は気づかなかったのでしょうか?きづいても、、休院はできないだろうし
押して診療を続けていたのでしょうか?
部外者の私にわかろうはずもありませんが、、。
かくして、、森舟クリニックは、、たった、、数年で廃業です。
6.
その後しばらくは休業でひっそりしていましたが、、1年後くらいでしょうか、
なんと診療を始めるという知らせが舞い込んできたのです。
びっくりしましたが、、、何でも奥さんがあちこち交渉して、
何処かのお医者さんを、。頼んで?来てもらって、、再開するということらしいのです。
陽だまりの家の患者さんも「良かった」といって喜んでいましたね。
なにしろ、1時間かけてS病院まで行かなくてすむのですから。
心療が始まってから、、、行った、、陽だまりの家の患者から聞くと、
今度の先生は、明るくて割とはきはきした40代?くらいの男の小太りの先生だそうです。
私は履歴や経歴は知りません。
でも通所者は前の先生の方が良かったなあ、、と言ってましたが。
それから、、半年?いや、1年くらいたったころでしょうか。
衝撃のしらせが、ある日「陽だまりの家」にボラで行くと私の耳に飛び込んできました。
その先生が、、林の中の林道で車の中で排ガス自殺してたというのです。
ええ??
わたしはもう声もありませんでした。
なんで??
其の後の地方新聞によると事件性はなくて、持病?を苦にしての自殺だったと断定されました。
なんの持病なのか?わかりません。
抑々このドクターの来歴も知りませんし、、会ったこともないし
わたしは陽だまりの家の通所者からの聞き書きだけですからね。
ええ?
二人も続けての、ドクターの自殺って、、いったいどうなってるんだ?
もしかして?
この医院って、、呪われてるのか?
そういえばこの医院の前を通りかかるとなんかイヤな雰囲気があったよな?
この場所が悪いのか?でも、、もとはただの畑だったしな。
などと、、色々な妄想が私の頭の中を駆け巡るのでした。
でも、、明快な結論なんか出るはずもないですよね。
7,
其の後、奥さんは別の県の実家に戻り二度とここへは戻っては来ませんでした。
もはや再開などあり得ないでしょう、二度もドクターが自殺ですものね。
あれから、、その「森舟メンタルクリニック」跡は、、ずっとだれも手を付けずに
そのまんまで、放置されて、、何年も何年も放置されて、廃墟と化したのです。
いまでもまだそのまんまで、、ありますよ。
とりこわわされることもなく、
でも、
駐車場入り口には鎖が張られていて、。、でも中の建物は立っていて、でもなんか不気味な廃墟で、、雑草がぼうぼうとそこら中に生えています。
もう、誰もそこへ入ることもないのです。
医院の入り口には、、大きな街路灯にプラスティック製の看板がまだそのままで、つるさがっていて
うすよごれてはいますけど、、
「森舟心療クリニック」とまだありますよ。
(注)
この物語は完全なフィクションです。
人名・地名などはすべて、「架空名」です。
あとがきに代えて
小夜物語シリーズもここに100話の完結を見て、一応、今回を持ちまして
「終了」ということにしたいとおもいます。
長い間、ご愛読いただきましてありがとうございました。
また、、どこかで会える日を楽しみしております。
なお小夜物語、全100話をお読みいただく場合には、「小説家になろう」サイトの
「小説を検索」の、欄に「小夜物語」と入力して検索されれば「全100話」がすぐ見つかると思いますので
お読みくだされば幸いです。