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6.夢の中で

 6.夢の中で


 2度目の儀式を終えてから4日。


 僕は収穫祭の準備に追われる毎日を過ごしていた。

 行きかう生徒たちもどこかせわしない空気に包まれている。ここのところ授業はなくて、生徒たち全員が祭りの準備に参加していた。

 去年もそうだった。

 この時期、学び舎は普段と違う熱に包まれている。


「ほらほら、火を使っているときは気を抜かない」


 メディシア先生に大きなあくびを注意された。

 前には大きな鍋が煮立っていて、僕は先ほどから緑色をした得体の知れない液体をぐるぐるとかき混ぜていた。

 最近は夢見が悪いのか就寝時間は遅くないのに寝不足の感じがあって困っている。


「すいません」


 本来なら森へ採取に行って稼ぐ時期だったが、ボアホーンの事があったのでしばらくは自重することにしている。

 現金収入がなくなってしまうので良い働き口がないかと探していると、それじゃ私の手伝いをしてよ、とメディシア先生が言うので僕は先生の工房で働いていた。

 幾ばくかの貯金があるのですぐに困るわけではないが、冬を越すのには手元に現金があったほうが良い。


 メディシア先生の工房ではいろいろなものが製作されている。

 学び舎の生徒たちからだけでなく王都の商人からも注文を取っているようで、この時期はとても忙しいそうだ。


 今、僕がかき混ぜているのは服を染める為の緑色の染料だった。

 収穫祭では緑色の物を身に着ける習慣があるので、緑色の染料はいくらあっても足りないらしい。

 染色に使う植物を磨り潰して煮込むのだが、焦げ付かないようにかき混ぜ続ける必要がある。


 単純な作業だが鐘2つほどの時間続くので、かなりの根気が必要だった。

 寝不足感が抜けない僕には辛い作業だった。

 何も考えずかき混ぜていると、なんだか意識が遠くなってくる。


 僕が鍋をかき回している間、メディシア先生が何をしているかというと、机に向かって小さな金属片を組み合わせる作業を続けていた。

 何かを作っているのはわかるけれど、何なのだろうか。

 新しい魔術道具かな。

 細かい作業で肩が凝るのか、たまに伸びをして両腕を回していた。

 あれも発注を受けている商品なのだろう。


「よし、そろそろいいだろう。アスウェル君、火を落としてからコレで鍋の中身をすくってこっちに移してくれるかな」


 差し出されたのは金属製の柄杓。

 これで鍋の中身を壷へ移す。

 鍋の中には植物の繊維が混じっているので、目の細かい布を通して壷へ移す、という作業手順だ。

 鍋の大きさと柄杓の大きさを考えるとかなり時間がかかりそうだ。ただかき混ぜているのとどちらがマシだろう。

 僕は素直に柄杓を手にすると鍋の中に突っ込んだ。

 心を空にしてひたすら柄杓で緑色の液体をすくっていると、精神修行でもしている気になる。


「・・・そういえば、アスウェル君。君が言っていた儀式の時間についてだけど」


 メディシア先生が声をかけてきたのは、僕が誤って染料を床へこぼしてしまった回数が3回を数えた時だった。

 心が空っぽになりすぎて手元が覚束ないのを見かねたからか、メディシア先生の作業がひと段落ついたからか。

 そのまま放置するわけにもいかなかったので、こぼしてしまう度に雑巾でふき取ったが、木の床に染み付いた染料は綺麗には取れなかった。

 その緑色の汚れを気にした様子がないのはメディシア先生の性格だろう。


「薬を使って体感時間を長くする方法が文献に乗っていたよ。もう少し調査が必要だけれど」

「どんな薬を使うんですか?」

「覚醒作用のある薬・・・眠気覚ましに類するようなもので、儀式中に半覚醒に近い状態にすると現実世界との時間に近くなるそうだ。ただ、そもそも交信の儀をする際には深く眠りにつくようにするのが普通だし、半覚醒の状態で交信が上手くいくのかはわからない。理論的には可能だろうが意味がないかもしれないね」

「目が覚めてしまったら儀式は続けられないですもんね」


 儀式を続けられなくては意味がない。

 眠気覚ましを塗った状態では儀式に入れる気がしなかった。

 当面は儀式の回数を増やして扉を開け続けるしかないようだ。


「よし、その緑の染料が終わったら、今日は終わりにしよう。君も収穫祭の準備があるだろう?君たちは何をするんだい?」

「ミリアが串焼きを売るのでその手伝いです。去年、評判が良かったんですよ。先生はどうするんですか?」

「私は祭りを楽しませてもらうさ。祭りが始まるまでは忙しいけれど始まってからは手が空くからね。串焼き屋にも寄らせてもらおうかな」


 壷の底にはまだ液体が溜まっているが、植物の繊維がかなり多くなってきた。

 それ、もういいよとメディシア先生が言うので僕は手を止める。

 ひたすら襲って来る眠気との戦いだった。

 作業自体は誰にでもできる簡単な事だ。


「それでは、また明日。失礼します」


 明日もコレかな・・・とげんなりしつつ帰り支度をして僕はメディシア先生の部屋から出る。

 そろそろ4の鐘が鳴る頃だった。

 今日は特に予定がない。

 寝不足解消の為に昼寝でもしようかな、と僕は教員室前の廊下を足早に歩いて行った。





 夕刻の冷たい空気を鋭く切り裂く音が響く。

 練習用に刃を潰しているとはいえ、当たれば骨が折れるぐらいはするだろう。


 ゼルス様は先ほどから型を繰り返しながら、庭の片隅で無心に剣を振っていた。

 剣術の稽古をしたことがない者ならまともに振ることもできないような勢いだった。


 ゼルス様は時々、こうして1人で剣の稽古に没頭することがある。

 鐘1つ分もひたすら剣を振り続ける姿を見て、この方が騎士の道を志さなかったのは惜しい事だ、と私は思う。


 ゼルス様が騎士になりたがらなかったのは、騎士団で隊長を務めていた兄、ユリウス様の影響が強い。

 年の離れたユリウス様は幼いころからゼルス様の憧れで、良く稽古を付けてもらっている姿を見かけた。

 でも、いつの頃からかゼルス様はユリウス様さえ圧倒するようになってしまっていた。

 天才というのはいるものだ、とユリウス様が笑っていらっしゃいましたが、心中穏やかではなかったのでしょう。

 いずれは騎士団長に、と言われていたユリウス様の剣術は決して弱いものではありませんでした。

 むしろ当時の騎士団の中でも上位に名を連ねていたと思います。

 その自分を幼いゼルス様が圧倒するのだから、騎士団に入ればあっという間に名声を得てしまう。

 複雑な思いを抱いたユリウス様は、任務が忙しいと言ってゼルス様の稽古の相手をしてくれなり、疎遠になっていったのです。

 最初は寂しい思いもあったのでしょう、手の付けられない荒れようでしたが、年齢を重ねるごとにゼルス様は落ち着きを取り戻しました。


 ユリウス様が騎士団長争いをするようになったころ、ゼルス様は明確に騎士団入りを拒むようになりました。

 騎士団長の地位を兄と争うのも嫌だ、派閥争いの道具として使われるのも嫌だと私には話して下さいました。

 だから、王国ではあまり地位が高くなく、貴族のする仕事だとは思われていない召喚士になろうと学び舎への入学を勝手に決めてしまったのです。

 ゼルス様のお父上のお怒りはそれは大変な物でした。


「・・・森での時、剣を持っていなかったのは失敗だったな」


 私が差し出した布で流れる汗をぬぐいながら、ゼルス様が呟きました。

 ボアホーンに襲われた時、私にとどめの一撃を任せなければいけなかったことが、心の隅に引っかかっていると、そう言っています。

 あの時、手元に剣か槍があれば私に危険なことをさせずに済んだはずだ、と。

 私自身、剣の腕には覚えがありますのであの程度の事を危険だとは思わないのですが、お優しい方でいらっしゃいます。


「ゼルス様は"大地の精霊"の使役で手一杯だったではないですか。あの時、ゼルス様の精霊がいたからこそ、私たちは無事でいられたのです」


 精霊を使役している間に術者が能動的な行動を取るには、かなりの熟練度が必要です。

 まして剣術のような動きを召喚しながらするのは不可能です。


「"大地の精霊"は頑丈だが攻撃力が低い。あれほどとは思っていなかったな。あの時、"大地の精霊"だけで倒せていれば、ゼナに危険な役割をさせずにすんだはずだ」


 確かにボアホーンを担ぎ上げるぐらいの力はあるが、その力を有効に使えていないようでした。

 殴りつけはしていましたが、効果的な打撃を与えられているようには見えませんでした。。

 打撃では野生の獣に有効ではないというのもあるでしょう。

 分厚い皮と表面を覆う毛皮の為に、打撃で有効打を与えるにはそれなりの技術が必要です。


「私は別に・・・それに、そもそも精霊は作業用ですし」


 私が知っている限り、精霊は人の手伝いをする目的で使役されることが多いです。

 使役されている間、術者は精霊の近くにいて魔力供給していなければいけないので、荷下ろし等の単純作業が最も役に立ちます。

 細かい作業などは術者ができる事であれば、本人がやったほうがずっと早くて正確です。

 実際、学び舎を卒業した後の生徒の働き口は港か鉱山が多いそうです。

 力仕事が多く、精霊を有効に使えるから。


「戦いに使うとなるとやはり中級以上の精霊、できれば上級精霊ということか」


 中級精霊ともなると森の獣程度なら簡単に倒せるでしょう。

 炎の槍や風の刃を飛ばすこともできるようになります。

 ただ、下級精霊のような作業には向かなくなるので、現実には中級精霊と契約しようという召喚士は多くはないはずです。


「中級精霊の召喚はまだ難しいのでしょう?」

「契約を試しているが、全く反応がないな。俺の力不足だ」

「むしろ、"大地の精霊"の動きをもっと素早く、正確に動かせるようにしたらいかがですか。力が足りないのなら、武器を持たせるとか」


 思い付きのように私が発した言葉に、ゼルス様は苦笑されました。

 精霊が戦いに向かない理由の1つにに術者と精霊の距離が離れてしまうと使役できなくなるというのがあります。

 術者は精霊の近くにいる必要があるので、精霊の近くに術者がいればそちらが狙われてしまいます。


「精霊が騎士並みの動きができれば、面白いが、どうかな」


 私は鈍重な"大地の精霊"の動きを思い出す。

 とても剣士として戦えるようになるとは思えませんでした。


「訓練次第で動きが良くなると仰っていたではありませんか。荷の積み下ろしの動作に習熟するのであれば、武器の扱いも不可能ではないのでは?」

「どうせ使役の訓練はする必要があるし、やってみるか」


 荷の上げ下ろしを練習させるのも剣を振らせるのも精霊にとっては大した変わりがないのではないでしょうか。

 むしろゼルス様には剣術の体捌きのほうが理解し易いはずです。


「・・・"大地の精霊"よ契約に基づき我は汝を召喚する!」


 詠唱と共に土が盛り上がり"大地の精霊"の形になります。

 土の巨人に持っていた剣を渡して、ゼルス様が持てと命じました。


「なかなかに先は長そうですね」


 無骨な手で何とか剣を握っている様子を見て、私は思わず笑ってしまいました。

 ただ、言葉と裏腹にもしかしたら、という可能性も感じます。

 剣を習い始める時には誰もが同じような握り方をするのです。

 力いっぱい剣を握り締める様子に、私には落胆というよりもむしろ微笑ましい感情が勝っていました。


「よし、剣を振ってみろ」


 ゼルス様が命じると、ブンという重い音をさせながら、精霊が思いきり地面へ剣を叩きつけます。

 地面が抉れて土くれが宙舞いました。


「さすがに力はなかなかだ」


 抉れた地面を見ながらゼルス様がその破壊力に驚いています。

 当たり所が良ければ鎧を着た戦士を昏倒させるかも知れない、そう思わせる威力でした。

 こんな大振りの一撃に当たってくれる戦士がいれば、ですが。

 武器を正確に相手に当てる為に技術があり、相手の攻撃を避けるために防御があります。

 駆け出しの戦士でも今の一撃は避けるのが容易でしょう。


「腕をあまり大きく動かさずに振ってみろ。剣の握りはそんなに力を入れなくてもいい」


 まるで剣術の稽古をする師弟のような口調でゼルス様がが精霊に命じます。

 これで少しは気が晴れてくれるといいのだけれど、と私は思いました。





 アスウェルが眠っているとき、外部からの刺激はないのでただ暗闇が広がるばかりだ。

 静寂が支配する世界で、俺はただ一人孤独に思考を重ねている。

 誰とも意思疎通ができないという事がこれほど苦痛だとは思わなかった。


 考えてみれば俺は夏休みの間誰とも会話をしていなかった。

 それでもTVやインターネットという媒体を通して他人を感じる事は出来たし、他者と関わろうと思えばその手段は無数にあった。

 今はどうだろう。

 俺にできるのは考える事だけで他者と関わる手段がない。

 外界との関わりはアスウェルの感覚を通してもたらされる刺激しかなく、いくら呼びかけても応答はない。

 そこに賢治という存在はいないのと同じだった。


『アスウェルが眠っているとき、俺も眠れたらな・・・』


 眠りを必要としない体。

 学生の頃、そんな風になったら良いと思ったことがある。

 今はただ意識を閉じて時間が経ってくれたらどれほどいいだろうと思う。

 五感にあたる感覚は共有しているのに眠くならないというのも不思議なものだったが他にも空腹を感じる事もない。

 明らかにアスウェルが空腹を感じている状況でも俺には飢餓感が湧かなかった。

 本当に、ゲームの中の主人公を見ているような感覚だ。


『問題はこの後もずっとこのままなのかってことだ。さすがにずっとこれが続くのはなぁ』


 アスウェルの命が終わるとき、俺の意識も絶たれるのだろうか。

 もしそうでなかったとしたら、とは想像したくなかった。


『望みは薄いかもしれないけど、魔力ってやつを俺も使えたらな』


 精神の領域に生み出される力。

 それは指一本動かさず、現実世界に干渉できる力だった。この世界では数多くの人がこの力を持っているようで、特に学び舎の生徒たちは優秀な魔力の持ち主だった。

 魔力を引き出すことができれば、精神しかない俺でも現実世界に干渉できるだろう。

 魔力は精神の領域に存在しているのだから、俺の中にあってもおかしくはない。

 そう思って、このところずっと魔力修行に明け暮れている。


 といっても正式なやり方などわからなかった。

 そもそも自分に魔力があるかどうかもわからない。

 なんとなく精神を集中して変な呪文を唱えてみたりしているだけだ。

 昔ファンタジー小説で読んだ呪文の詠唱を思い出してみたり、一心不乱に念じてみたり。

 いろいろと試してはみるが得るものは何もなかった。


 実際にアスウェルの友人たちが魔法を使っているのを見たことがある。

 精霊と呼ばれる土の人形や水でできた少女を操っていた。


『精霊の召喚・・・アスウェルがアレをやってくれたら魔力の使い方がもう少しわかるか。まだ時間がかかりそうだが』


 ここのところの状況で、アスウェルが挑んでいるのが精霊と契約するための前段階である交信と言われる儀式であることはわかっていた。

 交信をしてから契約をして、召喚となる。

 交信をするのに精霊界とのつながりが必要で、あの無数の扉のどれかが精霊界とつながっているのだろうと想像できた。

 俺が事故にあったとき、アスウェルは現代日本との扉を開け、交信したのだろう。

 結果、俺はこちらの世界に呼び出されている。

 契約にあたることはしていない事のが気にかかるが、アスウェルからすると勝手に精神に住み着いているという事になるのだろうか。

 現状、アスウェルがこちらを認識していない以上、契約も召喚もできない。

 彼に自分の存在を認識してもらう事が課題ではあるが、今のところ名案は思い付いていなかった。


『魔力の使い方、みたいなハウツー本があれば参考になると思うけど、そんなの読まないだろうしなぁ』


 当面は自力でいろいろと試しながら、機会を待つしかない、と思いながら俺はまた精神集中する作業を開始した。





「アスウェル君、今日も眠そうだねぇ」


 メディシア先生の視線の先で、僕は欠伸を噛み殺していた。眠たいのはバレているようだ。


「昨日は早く終わりにしたのに、夜更かしかい?健康には適度な睡眠が必要だよ」

「いえ、昨日は昼寝までしたんですけど、最近やたらと眠くて。すいません、作業はちゃんとしますから」


 退屈な作業であることは間違いない。

 今日もまた僕は緑色の液体をかき混ぜていた。

 一体どれぐらいの量が必要なのだろう。

「睡眠時間が足りているのに眠いという事は、睡眠の質が悪いんだね。睡眠薬出そうか?」

 悪戯をする子供のような表情で、メディシアは白い錠剤を手のひらに出して見せた。

 メディシア先生がこういう顔をするときはろくでもない事を考えていると僕は知っている。


「・・・何が入ってるんです?」

「材料は秘密。大丈夫、命にかかわるものは使ってないよ」

「それ、誰かに飲ませた事あるんでしょうね」


 命にかかわらなければ良いというものでもない。

 メディシア先生の実験台になると10回中2.3度の頻度でひどい目にあう。


「まだ、売り出し前の睡眠薬さ。従来品の倍以上の効果があるよ」


 つまり誰も飲んだことないんですね、と問い質す。


「だ、大丈夫だよ。私は飲んだから」


 目線を斜め上、天井に向けながらメディシア先生が言う。

 どこを見ているんだ。


「本当に大丈夫なんでしょうね・・・これ」


 無理やり押し付けられた錠剤をつまんでみる。

 匂いや見た目では特に異常はない。


「ぜひ、使って効果のほどを教えてくれたまえ」


 生徒の健康を害するようなものは使わないと信じてますよ、と僕は念押しする。


「寝不足、他には解消の方法ありますかね」

「昼間運動をしたりするとよく眠れると言うよ。ゼルス君が面白い事をやっているようだから、付き合ってみたらどうだい」

「面白い事ですか。さすがに剣術の稽古に付き合うのは無理ですよ。全身筋肉痛になります」


 ゼルスの剣術稽古には二度と付き合わない、と決めている。

 以前付き合った時は翌日、全身筋肉痛で身動きできなかった。

 授業を欠席してしまったのはあの時だけだ。


「確かにゼルス君の稽古は本格的だったからねぇ」


 見たことあるんですか、と問う僕の言葉にメディシア先生が手のひらに乗る大きさの黒い箱を見せた。

 何なのかわからない僕が首を傾げる。


「これは小型ゴーレムだよ。内部の魔晶石の力で飛行することができるんだ」


 メディシア先生が魔力でゴーレムを起動すると、小さな音を立てながら羽のようなものが飛び出す。

 見た目は黒い甲虫のようにも見えた。


「で、こいつの凄いところはこいつが視た光景が、こっちの板に表示されるのさ」


 メディシア先生は試験の時に使ったような板を一枚取り出す。

 あの時の物よりももう少し大きい。

 その板を眺めていると、黒い甲虫の正面にいた僕の顔が板に映し出された。

 甲虫が飛び上がると、僕の顔は消え、壁や天井が映し出される。


「え!これ、すごいじゃないですか!!」


 思わず賞賛の声を発してしまう。

 そもそも僕は空飛ぶゴーレムは見たことがない。

 さらに視界を板に飛ばすなど想像を絶している。


「そうだろう、そうだろう。私はすごいんだよ」


 生徒の驚愕した顔はメディシア先生の好物だ。

 もっと褒めろ、と言わんばかりの満面の笑顔だった、


 実は錬金術界隈では飛翔型ゴーレムの研究が最先端であり、メディシア先生が持っているものよりももっと大型のものを飛ばそうという計画があるそうだ。

 錬金術師は内にこもる性格の人間が多いので、世間ではあまり話題にはなっていない。

 試験用に魔力を板に固定する作業をしている時、偶然の事故からた同じ文字を表示する板ができてしまった。

 面白い使い方ができないかと試行錯誤した結果、小型ゴーレムの目に魔力板を使ってみたのだ。

 そうすることでゴーレムの視界を板に表示することが可能になった。

 残念な事に偶発的な事故が原因だったので同じものを二度と作れない。

 作成条件をいろいろと試してみたいのだが、収穫祭の準備でそれどころではないのが現状だそうだ。


「これ、どうやって操作するんですか?」


 興奮気味に僕が問いかけると、メディシア先生が端的に答える。


「操作?できないよ?」

「魔術道具の遠隔操作なんて、これまで長い歴史の中で数々の天才たちが挑んで果たせなかった事だよ?アスウェル君は錬金術史の成績は落第点だったのかな?かの天才、オウギュスト・フランシスが挑んだ時にはだね・・・」


 操作できない、と聞いて落胆した僕に向かってメディシア先生は錬金術史の難題に挑んだ天才たちの苦悩と挫折の日々を語りだそうとする。


「錬金術の天才たちの話はまたでいいですから!そうだ・・・この染料、そろそろ良くないですか!?」


 さすがにこの場で授業を受けるつもりもないので、僕は慌てて言った。

 鍋の中身は昨日と同じぐらいには煮込んである。


「む・・・そうだね。昨日と同じようにお願いするよ」


 興の乗りそうな講義を止められて、不満顔になったメディシア先生が柄杓を差し出す。

 なんなら染料の事はいいから喋らせろ、という顔つきだった。

 昨日より作業に慣れたからだろうか。

 柄杓の操作に没頭していると、思ったよりも早く壷への移し替えが終了した。

 今日は床を汚すこともなく、上手くできた。


「先生、終わりましたよ」


 少し機嫌を損ねてしまったのか黙り込んだメディシア先生に声をかける。


「うん、これで良い。今日はこれで終わりでいいよ。染料は注文量作れたから、明日からは別の作業をしてもらおうかな」


 完成した染料の壷は20個近くある。

 壷の群れはただでさえ狭いメディシア先生の部屋をさらに狭くしていた。


「それじゃ、また明日よろしく頼むよ」


 部屋を出る時、僕はは貰った錠剤を手のひらに遊ばせながら考えていた。

 睡眠不足の原因、夢の中で誰かが呼んでいるような気がするんですとは言えなかったな、と。


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