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3.試験と難題

 3.試験と難題


 大量の魔術道具が入っている木箱を抱えて、私は教室に入った。

 今日は生徒たちが心待ちにしていた試験の日だ。

 きっと楽しみで仕方がなかったのだろう、期待で夜も眠れなかったのか、誰も彼もかれも腫れぼったい目をしている。

 実は今回の試験に向けてだいぶ気合をいれたので、寝不足具合では私も負けてない。


「それじゃ今回の新作を配るから班長は道具を取りにくるように」


 私は教壇の上にドンと箱を置いてから、手招きする。

 木箱に詰めてあるのは今回の試験で使う魔術道具。

 薄い金属製の板と文字を書き込むための筆を対にした新作魔術道具だ。


 板の表面には薄い膜状の魔力を展開し、筆の方は魔力を削るための術式を込めてある。

 筆で魔力を削ることで文字や記号を板に書き込むことができるのだ。

 板の表面は黒く塗ってあり、その上に展開した魔力には白を付与しておいた。

 魔力に色を付けるのは初めての試みだったが、そちらは案外と簡単だった。

 一番の難関は膜状の魔力を固定化する部分で、たぶん世界中で私にしかできない技術だと思う。

 さらに書き損じた時には筆の反対側でこすることで元の状態に戻すことができる優れものだ。


「・・・っていう風に使うので、今回はこれで解答してもらいます」


 皆、物珍しそうに板と筆を弄っている。

 早速、何か書き込んでいる生徒もいた。

 使い方がわからないという顔の生徒がいないことに私は満足する。

 徹夜した甲斐があったというものだ。


 いけない、これで満足してる場合じゃない。


 本日最大の目的を思い出し、試験問題を映し出すための魔術道具を取り出す。

 私の部屋で使っている交信の間の予約掲示板と原理は同じだ。

 あらかじめ登録しておいた文字を文字盤に投影する装置。

 わりと普及している装置で最初に作成されたのは100年ぐらい昔になる。

 付与術士と錬金術師を修めた天才、オウギュスト・フランシスの手によるものだ。

 登録する情報が多くなると使用する魔力が大きくなるのが難点で、オウギュストをしてもその欠点は改善できなかった。


 いつか私が改善してやろうと思っている。


 問題の投影についてはいつもの事なので生徒たちに混乱はない。

 黒板に映し出せるように準備を角度を調整する。

 あとは起動の為の魔力を使えば、内部の魔晶石から魔力を引き出してくれる。

 昨夜魔力を充填しておいたので、鐘が1つ鳴る程度の時間は余裕で大丈夫だ。

 私は新作魔術道具に興奮気味の生徒たちを眺めながら、鐘が鳴るのを待つことにした。





 何度か書いては消してを繰り返して、俺は目の前の魔術道具がとんでもない代物だと感じていた。

 羊皮紙や羽ペンを使わずに文書を作成することができる上に、書き損じた時に修正ができる。

 板の大きさを何種類か作れるのなら、文のやり取りや公文書、契約書と様々な用途に使えそうだ。

 解答用の板の大きさは、そういう使い方をするには少し大きい。


「ゼルス様。感心するのはかまいませんが、試験が始まったらちゃんとしてくださいね」

「ああ、わかってる。わかってる」


 ゼナが窘めるように、俺の悪い癖だ。興味があることには時間も場所も忘れて集中してしまう。

 ゼナも新しい魔術道具がちゃんと使えるか確認する為に、名前を書いるようだ。

 筆で表面をなぞるだけで、魔力の幕が剥がれ落ちた。

 板の表面が現れて、インクで線を引いたように見える。

 筆のお尻で表面をなでると、水滴が広がるように魔力の幕が削れた部分に浸透した。

 すぐに黒い部分が隠れ、書かれていた形跡がなくなる。


 メディシア先生は学び舎で教師をさせておくよりも王宮の工房に入ったほうがいいのではないだろうか。

 付与術士と錬金術士を修めているのに召喚士の教師というのも考えてみればおかしな話だ。

 一通り筆の使い方を確認し、俺は教壇に立つメディシア先生の方を見る。

 今日は緑の髪を後ろで後ろで束ねていた。

 いつも教員室に籠っていて日に当たっていないのか、肌は透き通るように白い。

 整った顔立ちの中、目の下の影がやけに目立った。

 寝不足なのだろうか、よく見ると目も少し充血しているように見える。


 メディシア先生は木箱の中から投影機を取り出して、ごそごそと調整していた。

 道具作成に命を懸けているような人だ。

 まして教室には生徒しかいない。

 おしゃれに気を遣うような暇がないのか、その気がないのか。

 メディシア先生が残念美人と呼ばれていることを思い出す。


「それじゃ試験を始めます。3の鐘が鳴ったら終了だから、それまで頑張るように」


 2の鐘が鳴ったのを聞いてメディシア先生が試験開始を告げると、緩かった教室の空気が張り詰めたものに切り替わった。


 4の鐘が鳴ったところで「今日の試験はすべて終了です」とガスパール教授が言った。

 ガスパール教授は引き連れていた助手に生徒たちから回収した木板を持たせて、教室から出て行く。

 生徒たちは大きなため息をつくものや、机に突っ伏すもの、晴れ晴れとした顔をしているもの、と様々な表情を見せていた。

 試験を終えた解放感。

 達成感と不安がない交ぜになった気持ち。

 毎晩試験勉強に精を出したおかげか、今回の試験は落第点は免れたと思う。


 正直あまり難易度は高くなかったようだ。

 メディシア先生が問題作成をするから、と普段よりも気合を入れて試験勉強していたけれど、たぶん、力を入れていたのは魔術道具を間に合わせる方だったんじゃないだろうか。

 むしろ、午後のガスパール教授の試験で、問題文を読み解くほうが難易度が高かった。

 妙に古臭い言い回しだったので、意味がわからない事があった。


「アスウェル、どうだった?」


 さっそくマルティナが僕の元に来て話し始める。


「たぶんできたと思うよ」


 メディシア先生の試験はともかく、ガスパール教授の方はできたと言うほど自信がない。


「良かった。今日はもう予定はない?」

「この前採ったザルの木で薬を作ったから、それをベント爺さんに持っていくぐらいかな」


 ベント爺さんは王都で道具屋を営んている老人で、僕が作成した薬品を買い取ってくれる。

 学び舎に来たばかりのころに出会って、それ以降良くしてもらっている。

 頼まれたザルの木の皮で作った丸薬は乾燥が終わって引き渡せる状態になっていた。


「それじゃ、今日は晩御飯食べにお店に来ない?この前の採取のお礼に今日は私がご馳走するわ」

「いいよ。それじゃ、6の鐘の頃に行くよ」


 マルティナが働いているのは王都にある食堂だ。

 安くて美味い。

 客層は肉体労働のおじさんたちが多く、お世辞にも品が良いとは言えないけど。

 マルティナは3日に1度ぐらいの割合で給仕の仕事をしている。

 試験期間中は休んでいたので店に出るのは久しぶりのようだ。

 森へ採取へ行った後は学び舎の中で試験勉強ばかりだったので、僕も店には行っていない。

 普段だとたまに食事に行ったりするんだけれど。


「誘っといてなんだけど、お風呂には入ってきてね?お店でその匂いはちょっと困るから」


 僕が愛用している眠気覚ましの匂いはかなり不評で、マルティナやゼナさんに限らず女子で使っている子はいない。

 男でも使っているのはゼルスと僕以外には坊主頭のブラン・カートンと身だしなみに全く気を使わない寝ぐせ頭のボーマンぐらいだった。


「わかってるよ」


 今朝起きた時に拭いてきたんだけど、と言い訳をすると、マルティナは拭いたぐらいじゃ取れないわよ、と鼻をつまむふりをする。


「よくそんなの使ってられるわね・・・ほんとそれだけは受け入れられないわ」

「そう毛嫌いするな。慣れればどうということはないぞ」


 数少ない眠気覚まし愛好家を援護しようとゼルスが声を張り上げた。

 隣にいるゼナさんがあからさまに嫌そうな顔をする。


「ゼルス君も・・・あなたのはアスウェルのより匂いがキツイんだから。ゼナさんが困ってるでしょ」


 ゼルスの眠気覚ましは一般的なレシピに刺激臭のするキーダという植物の花弁を混ぜた特製品だ。

 ツンとした匂いがきつくなるのに加え、塗った個所が夏の日差しで肌を焼きすぎたようなヒリヒリ感が出る。

 ゼルスが自分でレシピを研究するうちに発見したものでゼルスのオリジナルだ。

 残念ながらゼルス製眠気覚ましを欲しがる人が居ないので、ゼルスしか使っていないが。


「素晴らしい効き目なんだがなぁ」

「いいから、早くお風呂に行って落としてらっしゃい」


 匂いに閉口していたゼナもうんうん、と頷いている。


「ゼルス様。今日は昼間からお風呂が沸いている日です。すぐにでも行ってください」

「・・・ゼナはもういい加減慣れてくれてもいいと思うんだが」


 眠気覚まし使うようになってから、もうずいぶんになる。

 ゼルスは首筋を手でこすった後、確認するように手のひらを嗅いでいた。そんなに嫌な臭いはしない。

 自室で過ごす以外は基本的にゼルスと一緒にいるゼナさんは毎日のようにこの匂いを嗅いでいるのに、いつまでたっても慣れないと言う。


「一生慣れないと思います。屋敷でも不評だったじゃないですか」

「父上は特にお気に召さなかったようだしな。あれは、まぁ・・・当てつけのようなものだ」

「そういう事をするから御不評を買うんですよ」

「ま、各方面に不評なようだし風呂に入って落としてくるか」


 それ以上は言うな、とゼルスはゼナさんを遮った。


「髪も洗い忘れないようにね。風邪引かないように肩まで使って温まってくるのよ」

「お前の嫁は口うるさいな。アスウェル、嫁が怒り出さないうちに風呂に行こう」

「よっ・・・よ、嫁じゃないわよ」


 真っ赤になったマルティナを置いて、僕はゼルスと連れ立って教室を出て行った。


 学び舎に併設されている公衆浴場はかなり大型のものだ。

 浴槽は足を延ばすどころか泳げそうな大きさで、浴室の床全面にタイルが張ってある。

 白と深い青色のモザイク模様でできたタイルは素人目に見ても高級そうに見えた。

 獅子の頭をした彫刻から熱い湯が吐き出されていて、浴室内の湯はあふれても継ぎ足されるようになっている。

 洗い場にはホースでつながれた筒があり、握るとお湯がでる仕組みだ。

 一つだけ残念なのは石鹸を使って頭を洗うと髪の毛が油分を失ってガビガビになることだ。


「学び舎の浴場は贅沢だよね」


 村には風呂なんてなかったので川で汚れを落とすか、せいぜいお湯を使って体を拭くかぐらいだった。

 とてもくつろぐという感じではない。

 僕は湯舟に浸かって温まりながら、ゼルスと互いの生まれについて話していた。

 ゼルスの貴族生活に興味があった。

 僕とは違う世界の話を聞いているような気がする。


「俺の家は騎士の家系でな。父は騎士団に所属していた。兄は今でも現役の騎士だ。父は俺が召喚士志望なのが気に入らないのさ。事あるごとに家に戻したがってる。試験前に戻った時も説教ばかりだった」


「そうなのか・・・。貴族っていうのも大変だね。僕は田舎の出だからそういうのわからないけど」


 肩まで湯に浸かって、体を温める。

 試験勉強で机に向かう時間が長かったので、凝り固まっていた体がほぐされていくようで気持ちが良い。

 ゼルスの発達した筋肉は騎士の訓練によるもの、という事だろう。

 よく見ると古傷のような痕がそこかしこにあった。

 分厚い胸板に六つに割れた腹筋、腕も腿も筋肉の鎧で覆われている。

 学び舎の学生の中でこんな体をしているのはゼルスくらいだ。


「親父殿は特に体面を気にするからな。魔法士ならまだしも召喚士など認めん、と言われたよ」

「王宮付きの魔法士なら、騎士団にも影響力ありそうだもんね」

「召喚士で王宮に入った者がいなかったわけじゃない、と言ったら、お前にそんな才能があるものかと言われたよ」

「アルベルト・ギュンター侯。80年前の戦いで上級精霊を召喚した天才召喚士・・・さすがにギュンター侯とは比較にならないよ」


 肩をすくめて僕が言う。ギュンター侯の名は試験勉強にも出てきた。

 3代前の国王がギュンターを王宮へ召し出した時、当時の騎士や魔法士からは大きな反発があった。

 しかしギュンターは誰も成功したことがない上級精霊の召喚に成功し、反対勢力を一掃する。

 それまで精霊には下級や中級という区別がなかったが、ギュンター以降、精霊の研究が進み、現在では上中下の3つが規定されている。

 さらに隣国との戦争に上級精霊を使役し、多大な功績をあげた事で爵位を得たギュンターはその後20年に渡って王を補佐し、王国の繁栄の一助となった。


「なんとか親父殿を説得して俺は卒業式を迎えたいと思ってるんだ。騎士団も悪くはないが、俺はここの生活が気に入っているからな」


 ゼルスはそろそろあがるぞ、と言って立ち上がる。

 眠気覚ましの匂いはすっかり落ちていた。





「3年生になる前に誰もが認める実績を上げろ、それがお前が学び舎に通う条件だ」


 10日前の夜、屋敷で言われた言葉。

 同室していたゼナが顔を伏せるのが見えた。

 結局、親父殿は俺を手放す気はないらしい。

 一方的な条件を提示するのは交渉する気がないときの父親のやり方だ。

 話は終わりだ、と父親が席を立った。

 その時の俺は怒気を隠せていない事を自覚していた。


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