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1.召喚術式

 1.召喚術式


 白い。

 真っ白く広がる果てのない空間に、僕は立っていた。


 立っている、というのも少し違うかもしれない。

 足元に地面はないし、頭上にも空はない。

 まるで水の中にいるような浮遊感がある。

 境界線のない空間にいるのは僕ひとりだけだ。


 思っていたのとは違う風景に、少し不安になる。

 講義の内容を思い出しながら、僕は周囲をもう一度見渡した。


「我々はそれを"扉"と表現するが、それは必ずしも"扉"の形ではない」


 あの時、ガスパール教授の髭面は謎かけのような言葉で生徒たちを困惑させていた。

 言葉通りなら扉の形ではないにしても、何かの形はしているだろう。


 だけど、この世界はずっと白い空間が広がるばかりで砂粒一つ見つからない。

 講義でも、先輩たちの話にもこんな状況はなかった。


 どうしろというのか。


 少し腹が立ってくる。

 頭の中で思いつく限りの罵詈雑言を唱えた後、もう一つの可能性に気が付いた。

 もしかして、僕には召喚士の才能がないのだろうか。


 魔力テストで優秀だと言われ、意気揚々と村を出てきたのに2年かけて勉強した結果が、召喚士の才能がありませんでしたというのではお粗末すぎる。

 一緒に村を出たマルティナはもう精霊とも契約しているというのに。

 そんな思いから焦って周囲を見渡したが、やはり何も見えない。


 遠くに何かあるかも、と目を細めてみたけど、目印になるものがないのでこの空間がどれぐらい広いのかもわからない。

 本気で故郷に帰ったときの言い訳を考え始めたとき、不意に目の前に小さな黒い点が浮かんだ。

 最初はゴミでも目に入ったのかと思ったけれど。


 違う。


 黒い点は少しづつ大きくなっていく。

 鍋の中に茶葉を落とした時のように、ゆっくりと色が空間に染みだしてくる。


 それは黒い渦を作りながら蠢いているようにも見えた。

 僕の驚きをよそに、次第に渦は濃く、大きくなっていき、僕の背丈と同じくらいの大きさになると、成長を止めた。

 恐る恐る渦に手を伸ばすと、触れる直前に渦は急速に収縮して、あっという間に消えてしまう。

 そして、渦が消えた後には一枚の扉が出現していた。

 どういう仕組みなのかわからないが、これこそ待ち望んでいた"扉"に違いない。


 良かった。

 才能がないわけじゃなかった。


 目の前の"扉"に手を伸ばそうとした時、僕は周囲の異変に気が付いた。


 小さな点、黒い渦。

 それが目の前だけでなく、空間のいたるところで発生している。

 それらの点や渦はさっきの点と同じ経過をたどって、扉へと変化していった。

 気づくと白い空間には、膨大な数の扉が出現していた。


 いや、ちょっと多過ぎるよ。


 見渡す限りの扉の群れに僕は困惑する。

 無数の扉が僕の周囲を埋め尽くしていた。


 よく見ると、一つ一つの扉はそれぞれ意匠が異なっている。

 ドアノブがついたもの、ついていないもの。

 丸いドアノブだったり、レバー上になっているものもある。

 素材も石、鉄、木・・・僕の知識では何の素材か判別できないものもあった。


 なんだろう、この状況は。

 とんでもないことになった。


 "扉"のない白い空間というのも聞いてなかったし、数えきれないほどの"扉"というのも聞いたことがない。


 困惑しながらも、僕はとりあえず、最初の扉を開けてみることにした。

 金属製の扉には太い閂がかけられている。

 足が地についていない感覚が邪魔をして、閂を抜くのにかなり手間取った。

 だけど、この扉を開けないと始まらない。


 僕が求めている者は、それは精霊界とのつながり。

 つなげた世界から精霊を召喚し、使役するのが召喚士だ。

 精霊は火、水、土、風。四大元素といわれる領域の精霊がよく知られていて、他にも様々な精霊がいる。

 力の強い精霊を召喚するには召喚士にも相応の技量が必要になる。

 召喚士になるための第一歩は下級精霊と呼ばれる存在を使役する事だ。


 なんとか閂を抜き終えて、僕は扉に肩を押し当てて力を込めた。


 重い。


 けど、ここであきらめるわけにはいかない。

 さらに力を込めると軋んだ音を立てながら、扉はゆっくりと開いていく。


 開いた扉の向こう側には真っ黒い空間が広がっていた。

 両開きの扉を全開にしたところで、やっと一息つく。

 扉の向こう側には相変わらず闇が広がっている。

 白い空間に浮かぶ無数の扉の群れの中、一つだけ黒い空間を抱く開いた扉は異質だった。


 もたもたしていられない。


 次は異世界とのつながりを作る術式を詠唱し始める。

 この術式は暗唱できるように練習している。


 詠唱を続けていると、扉の向こう側、黒い空間に小さな点のような穴が開く。

 穴が大きくなるにつれ、僕の体から抜けていく魔力が大きくなっていく。

 抜け出ていく魔力の量に恐怖に近い感情を感じたとき、穴の大きさが子供の頭ぐらいになったので、僕は詠唱を止めた。


 かなり消耗してしまったけど、まだ続きがある。

 開けた穴の向こうが精霊界へつながっている。

 そこから精霊を召喚する為には別の術式が必要になる。

 魔力がもつかな、と思いながら、僕は召喚の術式を詠唱し始めた。

 つながった世界から精霊を召喚して、その精霊と契約する事が今の目標だ。


 どうもおかしい。


 穴の向こう側から魔力が感じられない。

 精霊界は魔力に溢れた世界のはずなのに。

 それでも詠唱を続けていると、不意に穴の向こうから誰かの声が聴こえた。


 声?


 精霊は言葉を持たないはずだ。


 だが、次の瞬間、大きな声が空間に響き渡った。

 思わず僕は耳をふさぐ。

 詠唱も途切れてしまった。


 それは、絶叫のような悲鳴のような。

 聞いたことのない嫌な音だった。


 それが男の声だというのを理解したところで、不意に意識が途切れた。





「・・・どうだった?」


 赤毛の長い髪先が鼻先にかかってくすぐったい。

 大きな茶色の瞳に心配の色を滲ませて、マルティナが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 最近、女らしさを感じさせるようになった部分が目に入り、僕は慌てて目を逸らす。


「近いよ」


 僕はぶっきらぼうに言ってマルティナを押しのけた。

 なによ、と言いながらマルティナは素直に離れる。

 ここは学び舎にある交信の間と呼ばれる部屋だ。


 床には複雑な魔法陣が描かれており、中央には簡素な寝台がある。

 交信の儀では術者は意識を失うので、寝台の上に横になって行う。

 意識を失うので必ず補助者を付けることが規則になっていた。


「駄目だった」


 僕は寝台から降りながら、無数に浮かぶ扉と穴の事をを思い出していた。

 突然、あの世界で意識が途切れたのは交信の儀の制限時間を超えてしまったからだ。

 召喚にまでこぎつけたのに惜しい事をした。


「扉、開かなかったの?」


 マルティナの声には心配そうな響きがある。

 彼女は初めての儀式ですでに精霊界と交信を終えていた。

 その儀式で水領域の下級精霊と契約しているので、召喚士としての第一歩を踏み出しているわけだ。


 一方で僕は先ほどの交信の儀が初めてだった。

 成績順に交信の間を使う順番が回ってくるので、彼女に遅れること7日。

 しかも交信は失敗してしまった。

 差は開く一方だ。


「扉は開いたけど時間切れだったよ・・・僕、どれぐらい寝ていたのかな?」


 窓から差し込む日差しが随分と傾いている。儀式を始めたときはもっと日が高かったはずだ。


「そうね・・・鐘2つ分ぐらいかしら」

「鐘2つもか」


 僕はは少し驚いてしまった。

 鐘2というと朝食を終えてから、昼食を食べる時刻までの時間だ。


 あの白い空間にそんな長い時間いたとは到底思えなかった。

 以前、マルティナの交信の儀に立ち会ったときは食事を済ませる間程度の時間で戻ってきているのを思い出す。


「人によって時間が違うって、メディシア先生が言ってたわ」


 学び舎で何年も生徒たちを見てきたベテランの先生が言うのであればそうなのだろう。

 メディシア先生を面と向かってベテランと言うと機嫌が悪くなるので、歳の事には触れてはいけない。

 見た目だけなら20歳の美人先生だが、卒業生を20回以上送り出していう噂がある。

 今では学び舎七不思議に数えられていた。


「マルティナが開けた扉って、どんなだった?」

「私の扉は白い石でできた綺麗な扉だったわ。その前に立つと勝手に扉が開いて、精霊が出て来たから契約したの。すぐ目が覚めたわね」

「白い石の扉か」

「扉の見え方は個人個人で違うそうよ。私はそうだったけど、アスウェルは違うんじゃない?人によっては扉の形をしていないそうだし」


 そろそろ日が落ち始めていた。

 今は夏が終わり秋に差し掛かる季節。

 日が落ち始めてから夜の帳が下りるまでが日を追うごとに早くなっているのを感じる。


 随分と長くマルティナを突き合わせてしまった。教員室でメディシア先生に今日の結果を報告したら食事にしよう。

 お詫びに食事を奢るぐらいはしたほうがいいかもしれない。


「精霊界の扉は別の扉なのかもしれないな」

「別の扉?私の時は一つしかなかったけど」


 珍しく、中央廊下に生徒の姿はなかった。

 この時間なので食堂に行っているか自室で自習しているのだろう。

 10日後には試験があるので、普段手を抜いている生徒ほどこの時期は一生懸命になる。

 成績が悪いと退学ということもあるのが学び舎の厳しいところだった。


 教員室のある区画まで、長い渡り廊下を歩く。

 マルティナは少し嬉しそうに僕の後ろを付いて来ていた。


「失礼します」


 ノックを3回。どうぞという声が聞こえる前に僕は扉を開いてしまった。

 天井からぶら下がっている光水晶で照らされた部屋は雑然としている。


 巻物や羊皮紙が所狭しと転がっているし、机の上には用途のわからない魔術道具が積み重ねられている。

 いつものメディシア先生の部屋の光景だった。

 残念美人、と言われているのを本人は知らないだろう。

 知っていても治るものでもないだろうが・・・。


「アスウェル君。今日は交信の儀だね、どうだったかな?」


 緑色の髪が揺れた。本当に見た目は完璧な人だ。


「残念ですが、交信はできませんでした。扉は開いたのですが召喚中に時間切れでした」

「なるほど。次もあるからね。そんなに気を落とすことはないさ」


 メディシア先生が冠型の魔術道具を取り出しながら言う。

 積み上げられた魔術道具を崩さずに目的の道具を取り出す技術は立派なものだ。


「念のため、この魔術道具で精霊界とのつながりができているか確認するよ。つながりができていれば、次は召喚と契約をするだけだから時間も不足しないだろう」


 メディシア先生はは細長い指で冠を支え、僕の頭上に乗せる。

 マルティナの時もそうだったが、精霊界との交信が終わっている者が身に着けると冠は光を帯びる。

 放った光の色で精霊界のどの領域とのつながりが深いかまで判明する優れものだ。


 メディシア先生がが作成した”試しの冠”という魔術道具。

 高度な魔術道具を作成するには錬金術と付与術という2つの技術が必要になる。

 両方を修める事は簡単なことではなく、高度な教育と才能が必要だが、本人は必要だから覚えただけだと言っていた。


 載せられた冠を見たマルティナの表情に僕は嫌な予感を覚える。

 頭上にあるので自分では見ることができないが、マルティナの表情からするに望んでいる事が起きなかったのだろう。


 僕は召喚の詠唱をしている時の違和感を思い出す。

 もしかしたらそうじゃないのかとも思っていた。

 あの扉は精霊界の扉じゃなかったんだ。


「残念だけど、どうやら精霊界との交信は失敗しているようだよ。術式詠唱ができていなかったのかな」

「いえ。術式は成功していたと思いますが、たぶん開けた扉が違っていたんだと思います。召喚術式の時、魔力が全く感じられませんでした。扉、たくさんあったんですよ」

「たくさんかい?扉は心の中に浮かぶ風景だから、他人の経験があてになるとも限らないが。扉ではなく壷の蓋を開けたら交信できたという者もいるぐらいだ。たくさんあるように見えて、実は開けるべき扉は一つだったりするものだよ」


 わかったような、わからないような事を言いながら、メディシア先生は冠を取り上げると無造作に机に放り投げた。

 高価な魔法道具だと思うのだが、扱いは雑だ。

 メディシア先生の性格だろう。


「アスウェル君が次に交信の間を使えるのは15日後の午後が空いているよ」


 壁に貼り付けてある板に日付と名前が表示されている。

 これもメディシア先生お手製魔術道具だ。

 10日後の日付には、だれの名前も表示されていないがその日は試験当の日だった。

 その日に交信の儀を行おうという者はさすがにいない。


「わかりました。その日にもう一度試してみます」


 交信の儀を終えていない生徒が試験の成績順に交信の間を予約しているので、順番待ちが発生する。

 マルティナのように成績優秀な者は早い段階で試しができ、一度の挑戦で交信を終了してしまうので、時間が経つほどに順番待ちが減っていく。

 最後まで残るのは何度も儀式を繰り返さないとならない落ちこぼれという事になる。

 僕もなんとか次の機会で交信を終えたかった。

 実際、本格的な訓練は交信を終え、精霊と契約してから始まるので、ここで足踏みをしているわけにはいかない。


「マルティナ、食事にしようか。今日は長いこと付き合わせちゃったから、奢るよ」


 メディシア先生の部屋を出た後、僕とマルティナは食堂へ向かった。

 もうすっかり日が落ちてしまっている。

 廊下は光水晶で照らされていて、昼間のようにとはいかないけれど歩くのには不自由しない。

 交信には失敗したが、次の機会が明確になった事で僕の心は少しだけ軽くなっていた。


 僕の口調からそれを感じたのだろうか、マルティナはじゃぁご馳走になるね、と言って食堂の献立を眺め始める。

 学び舎の敷地内に作られた食堂は、入口で献立を選び注文用の木札を買って、食堂内のカウンターへ木札を差し出すと料理が受け取れる。入口には生徒姿の女子が受付に立っていた。


 食堂の手伝いをして日銭を稼いでいるのは同じ学年のミリア・レストエール。

 三つ編みにしたおさげが揺れている。


「アスウェル~。今日は交信の儀だったんだよね。どうだった~?」


 ミリアは間延びしたような語尾が特徴的だった。

 彼女の声を聞いていると力が抜けてくる。

 ミリアと僕の成績は似通っているので、先を越されてないかを気にしたのだろう。


「残念だったけど、失敗したよ」


 ふ~ん、と残念そうな、安心したような声でミリアが返事をする。


「ミリアは明日なんだ~。いまから緊張しちゃう~」


 一人称が自分の名前というのはどうかと思うなといつも思う。

 がんばって、と適当な返事をして、僕はやっと注文が決まったマルティナの分と合わせて支払いをした。

 銀貨4枚と銅貨が3枚。街の食堂に行けばこの倍はかかる。


「ありがと~ございま~す」


 ミリアから木札を受け取って食堂へ入る。


 食堂内は人がまばらだった。

 広いホールに長机が8列。

 一つの長机には詰めて座れば50人程が座れるだろうか。

 使う場所が決まっているわけではないので、好きなところに座っていい。


 広い空間は天井からの光水晶だけでは薄暗いので、一定間隔で壁に光水晶を埋め込んであった。

 光水晶に魔力を供給するのも生徒の稼ぎの一つで、光売りと呼ばれている。

 学び舎の中だけではなく、街へ行けば光売りの需要はたくさんあるので、そちらで稼いでいる者もいた。

 料理を受け取って、いつも使っている場所に向かおうとすると、奥の方から僕を呼ぶ声がする。


「アスウェル、マルティナ。こっちで一緒にどうだ」


 目ざとく僕たちの姿を見つけたのは、ゼルス・クライン。

 短く刈り込んだ金髪と筋肉質の偉丈夫で召喚士見習いとは思えない。

 有名な貴族の家の出で、勘当されて追い出されたのだなどと陰口を叩かれている。

 外見からは想像できないけど、意外に魔術的素養が高く、成績は常に上位陣に名を連ねていた。

 すでに交信の儀を終えており、今は中級精霊の呼び出しに挑戦しようとしているという噂だ。


 ゼルスの隣で食事をしているのは、ゼルスの従者を務めるゼナ・アイリ。

 濡れたような黒髪が特徴の大人の女性だ。実際、2つほど僕たちよりも年齢が上で、謎の美剣士という雰囲気だった。

 彼女の腰には細身の剣がぶら下がっている。

 ゼルスの生家であるクライン家から護衛の意味も含めて派遣されていた。


「アスウェル、今日は交信の儀だったんだろ。どうだったんだ」


 先ほどから何度も同じことを聞かれている気がする。

 ダメだったと口にするたびに、軽くなっていた心に重石がかけられるような気分になる。

 残念だったな、と口にするゼルス。

 小さな嫉妬心が心の中に沸き上がるのを感じて、僕は話題を変えた。


「ゼルスは中級精霊の召喚に挑戦してるんだって?」

「まだ上手くはいってないがな。下級精霊と違って扱いが難しい」


 中級精霊の召喚は才能のある召喚士が学び舎を卒業してから手を付けるような難易度だった。

 学生のうちは下級精霊の使役を完全に出来るようになるのが目標だ。

 過去、中級精霊召喚に挑戦した生徒がいないわけではなかったが、それでも最終学年の事で、卒業まで2年を残している生徒がやるべきことではない。


「ゼルス様にはまだ中級精霊の召喚は早いと思うのですけれど、お聞き入れいただけないのです」


 困ったような顔でゼナさんが言う。


「マルティナは中級精霊召喚には挑戦しないのか?」

「私は下級精霊の使役だけでも精一杯だし、中級精霊なんてまだ無理、無理」


 手のひらをぶんぶんと振りながらマルティナが答える。

 目の前に並んでいるのは根野菜のスープとと生野菜、豚肉を焼いたものをパンに挟んだもの、鶏肉団子に蒸かし芋、果物の盛り合わせだ。


 やたらと量が多い。

 マルティナは普段からよく食べる。

 決して奢りだからたくさん頼んだというわけではない、と思う。

 ちょっと太ったかな?

 僕にも口に出して良いことと悪いことぐらいは判別がついた。

 乙女の体形については口に出してはいけない部類になる。

 僕はマルティナの胸と腹に視線を送った後、慌てて視線を外した。

 幸いマルティナは食事に夢中で僕の視線には気づいていない。


「ま、中級精霊召喚もしばらくはお預けだな。まずは試験、その後は収穫祭の準備が忙しくなる」

「そうだね。今回の試験はメディシア先生担当だし、難しそうだ」


 僕の愚痴にマルティナが頷く。

 頬に肉団子が詰まって膨れ上がっているのを除けば、美少女で通る顔立ちだ。

 ゼルスたちの食事はそろそろ終わりそうった。

 僕の前にはまだ半分近く残っている。

 ゼナさんがきれいに焼き魚を平らげたところで、ゼルスたちは席を立たった。


「それじゃ、ごゆっくり」


 ゼルスたちが席を立つ頃には、食堂からは完全に人影が消えていた。

 今は僕とマルティナの2人しか残っていない。

 しばらく無言で食事をしながら、僕は今日の儀式の事を振り返っていた。


 今日は残念だったけど、次の機会に交信を終えられればいい。

 それにしても、あの声はなんだったんだろうか。

 思い起こしても気持ちのいい声ではなかった。

 あれがなんなのかわからないが、試しの冠が反応しなかった以上、精霊界と関係のあるものではなかったのだろう。


「ごちそうさま」


 不意にマルティナが声を張り上げる。見ると並べられた皿は綺麗に空になっていた。

 僕は先ほど最後の芋を口に入れたところだ。

 食堂の受付を終えたミリアがこちらを見ている。

 最後の片づけをして食堂を閉めたいのだろう。

 僕はごちそうさま、と言ってから立ち上がる。


「僕は部屋に戻って勉強するね」


 まだ就寝するには早すぎるので、自室で試験へ向けての勉強をするつもりだった。

 交信の儀が失敗した上に順位をこれ以上落とすわけにもいかない。


「わたしも勉強しなきゃ」


 成績優秀者のマルティナもメディシア先生の試験は気が抜けないらしい。

 ミリアに挨拶してから食堂を出た二人はそれぞれの自室へ戻るため、学び舎の中央を貫くように設置された大階段を上がる。


 女子は三階、男子は二階。

 異性の階には立ち入ってはいけない規則がある。


「じゃぁ・・・アスウェル。気を落とさないでね。次は交信成功するといいね!」


 別れ際、マルティナの言葉が心に刺さる。


「ああ、きっと次は成功させてみせるよ」


 それでも、僕は笑顔でマルティナに返事をしていた。


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