怪人赤マント
定番の都市伝説で書いてみました
事件はB高校で起きた。
高校2年生の佐々木真由は勉強熱心な少女だった。
今日も朝早くから制服を着こなし、学校へ行き、誰よりも早く教室の席についてノートを取り出していた。
まだ授業も始まっていないというのに、そんな彼女に皆感心しつつも、少し関わりにくさも感じていた。
それもあって、彼女をいじめる者もいた。
席についた彼女の綺麗なショートの髪を、引っ張る者がいた。
それは、いかにも不良のような金の挑発の女…同じクラスの紗由理。いつもクラスで、いわゆる「イキリ」で悪い意味で注目を集めていた。
彼女が一応優等生である真由をいじめる様は滑稽なものだ。
「ちょっとあんた、何優等生ぶってんの?キモいよ」
「私はただ予習してるだけです。何が悪いの?」
真由も強気で、自分の思った事をそのまま口にする性格だ。これが紗由理の気に障り、こんな事を言わせたのだ。
「ちょっとあんた、トイレに来てよ。怖い話してやるからさ…」
これが全ての始まりだ。
言われるがままに、真由は紗由理についていき、近くの女子トイレについていった。
見慣れた女子トイレもこの状況で見るとなかなか嫌な場所に見える。
ドアを抜け、狭いトイレに入り込んだ。
「真由、よく聞くのよ?ここに今日の放課後の5時に来なさい」
紗由理は顔を近づける。
「怪人赤マントが出るから」
怪人赤マント?それは都市伝説でよく聞くあれだ。
学校のトイレに現れ、赤いマントが良いか、青いマントが良いかと聞いてくる。
赤いマントと答えれば全身を切り刻まれて血みどろにされ、真っ赤な死体に、青いマントと答えれば全身の血を抜かれて真っ青な死体に。
どちらにせよ、恐ろしい話だ。だが、当然ながら高校生にもなってそんな話を本気で信じてる訳じゃない。
真由は優等生なのも尚更だった。
下らない、と首を振る真由。
だが、紗由理は昔から言う通りにしないと何かと止まらない性格。ここはあえてあわせる事にした。
「へえーそれは怖いわね。赤マントが出るんだったら行かせてもらおうじゃないの?」
「ふふ、約束破るんじゃないよ」
紗由理は不適な笑みと共に教室へ戻っていった。
その日の放課後、約束を破れば更に面倒な事になると昔から知っていた真由は面倒臭そうにトイレへ向かう。
ドアが目の前に、まるで立ち塞がるように佇む。
この向こう側で、あいつは何を企んでるのか。とりあえず約束したのだからトイレにいるはずだろう。
ゆっくりドアを開く。
学校なのに、ドアが軋むような音を鳴らす。
「…」
頭によぎるのは、赤マントの話。
一瞬、ほんの一瞬だが、不安が心に生じた。
赤マントの都市伝説など、まともに信じた事もないし、話を聞いても特に都市伝説程度にしか捉えていなかった。
だが、こうして一人でトイレの前に立ってみると、静寂もあってまるで本当の事のように考えてしまう。
「…」
まあ、都市伝説の域をでないので、本当にそんな怪人が存在するかどうかの確証もなかったのが幸いだ。
…と、自分は何を考えているのかと真由は一気に馬鹿馬鹿しくなった。
先程と比べるとかなり勢いよくドアを開く。やや苛立ちも混じっていた。
また、狭いトイレに入り込む。
放課後の太陽の光が窓から差し込み、電気のついてないトイレを不気味に照らす。
暗くもなく、明るくもない…。真由は電気をつけ、トイレに灯りを灯す。
電気がついてない…という事は紗由理は来ていないという事だろうか。
いない、という前提で声を彼女に声をかけてみた。
「紗由理ーいるんでしょー?」
狭い部屋に響く大きな声。
自分の声が跳ね返り、真由は急にこのトイレが窮屈に感じた。
早く出ようと、個室に近づく。
この個室に潜んでるに違いない、と取っ手をつかむ。
「赤いマントが欲しいか?」
え?と顔をあげる真由。
部屋にこだましたその声…それは確かに、男の声だった。
低いが、若いとも年老いてるとも言いがたい…何とも言えない質の声が。
「な、なに…?」
ここは女子トイレ。男子が入る訳がない。
「青いマントが欲しいか?」
追い討ちをかけるように聞こえてくる声。後ずさる真由。
声は、個室から聞こえてきていた。
まさか…信じたくはなかった。だが、この声は確かに怪人赤マントと見て良いだろう。
もはやどちらが欲しいとも言えず、後ずさり、現実に起きた有り得ない存在を受け入れられない真由。
「…っ!!きゃあああああ!!!」
真由は、そのままトイレのドアを先程以上に勢いよく開いて逃げ出した!
「…ふふ、あの逃げよう」
クスクス笑いながら個室から出てきたのは、紗由理。
手には小型の録音機を持っていた。
「まさかアニメの声に引っ掛かるなんて…あいつも意外と面白いじゃん」
悪質な笑顔で個室から出ていく。このまま真由がどうなるか、笑いながら考えていた。
きっとこの話をクラスの人に話し、笑い者になるだろう。
何とも陰湿な行為だが、紗由理は遊び程度にしか考えていなかった。
用は済んだ。紗由理はトイレから出ようと歩きだした。
「赤いマントが欲しいか?」
低い声が、トイレに響く。
ギョッ、として後ろを振り替えるが、そこには閉めたばかりのトイレのドア…。
誰もいない。
しかし、今のは何だ。はっきりと聞こえた。
赤いマントが欲しいか…と。
「だ、誰よ?正直驚いたわよ?悪戯なんてやめて、早く出てきなさい!」
「青いマントが欲しいか?」
壁に背を張り付けるように後ずさる紗由理。
早くトイレから出れば良いのに、足がすくんで動けなくなってしまう。
彼女が恐怖に落ちるのは、あっという間だった。
顔は青ざめ、息は荒くなり、狂ったように心臓が鳴っている。
この声の主は…。
録音機を握る手に、力がこもる。
無人のトイレには、確かに何かがいる。
このまま出ていったらどうなるんだ…と考えたが、助かるとは思えなかった。
声の主はそれ以上何も言わないが、答えなければならない気がした。
だが、そんな冷静に考えられる余裕はどこにある。このままどちらかの方法で殺されるしかないとしか考えられないのだ。
血だらけにされるか、血を抜かれるか…。
紗由理は確信したのだ。
面白半分であんな悪戯をしたから、こんな事になったのだと…。
「…やだ、やだあああ!!」
ついに脳は限界を迎えた。
あまりの恐怖、耳に響く有り得ない声が、紗由理を狂わせてしまう。
目から滝のように涙が溢れだし、膝をついて大声で泣き叫ぶ。
何とも、滑稽なものだった。
だが、理不尽な事でもあった。
こんな速度で、信じられない出来事を目の当たりにするなんて。
怪人赤いマントは、もはや回答の余地を与えなかった。
個室のドアが勢いよく開き、大量のナイフが飛んできたのだ!!
紗由理の全身を、一気に突き刺すナイフたち。
全身に凄まじい痛みが走ると同時に大量の衝撃を受け、ドアに打ち付けられる。
真っ赤に染まるドア、そして紗由理の背中…まるで赤いマントを羽織ってるかのように。
その顔は、血が抜けてみるみる青くなっていった。
もはや苦しむ間もなく、彼女は意識を失った。
「…」
彼女の目に、赤いマントを羽織り、沢山の牙を生やした背の高い怪人…怪人赤いマントが、笑っている光景が映る。
そして、これが紗由理の見た最後の光景となった…。