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信頼。それは嘘つきの賭け金

俺は天才。

そう自分に嘯いて今日も校門をくぐる。

ここは私立法印堂学園高等学校。

偏差値75を越え、多くの著名人を輩出するこの学校に俺の居場所なぞ本来存在しない。

「おい、獺蕗(うそぶき)大丈夫か?保健室行くか?」

俺の視界が途端に暗くなる。

「|あぁ、いや、大丈夫。いつもの事だよ《こっち気にすんなっ!》」

「そうか。じゃあな。遅刻すんなよっ!」

そう言って背後で光を遮っていた壁は元気に駆けていく。

彼は田畠聡。陸上競技の推薦でこの学校に入った正真正銘の天才。

彼だけでない。俺の右後ろを歩く女生徒もそこを駆けていく眼鏡をかけた男子も、戸惑っている女子もそれに言い寄る男子生徒も皆天才だ。


”嘘の力を借りずとも自尊心を養える人物”


そんな彼らが放つ光は眩しく、触れてしまえばこちらが焼け死んでしまうのではないかと不安になる。

・・・こんなことなら入学しなきゃ良かった。

偏差値は万年54をキープしていた俺にそれが家に届いたのは中3の夏。

それを見た両親は両手を挙げて喜んだ。

両親が喜び、俺にも断る理由が無かったことから受験し晴れて合格した訳だが未だ推薦理由は明らかになっていない。

ただ何かの間違えでは無いことは確か。

俺は中学時代何かしていたのだろうか。


話は変わって。

良く人との関係に於いて第一印象が重要だと言うがそれは嘘をつくにしても同じだ。

だから俺は下地の手入れを欠かさない。

人の目につく場所で演じるのは虚弱な青年。

本当に虚弱体質な人には悪いがそれだけその立ち位置は色々と都合が良い。

そんな体質だと相手に信じさせただけで同情を買うことが出来るし、人間とは案外自分より弱く、ある程度の利用出来る長所を持った人間のことを信用しやすい傾向があると俺は踏んでいるからだ。

時は昼休み、一人学生食堂で己が嘘理論に耽っていると男性の震えた言い訳と女性特有の姦しい怒声が俺の鼓膜を突き刺した。

視線を向けると予想道理痴話喧嘩が繰り広げられている。

とは言っても向けるのは視線だけ。

右眼球のみを動かし左目を閉じる。

小学生の頃カンニングをする為に習得したモノだがこれが中々役に立つ。

言うなればこれも一種の嘘と言えるだろうか。

先生や、監督官の”そんな事する馬鹿はそんなにいないだろう”という考えにつけ込み、手を動かしながら眼球のみ動かすこの妙技は未だ見破られたことが無い。

閑話休題。

手と口の距離感だけでうどんを啜りながら目を向け、聞き耳を立てていると思い浮かぶ感想が一つ。

(男の方、嘘が下手くそだな)

それでも女が激昂しているのが幸いか。

聞いていると虫唾が走る。


嘘をつくタイミングで吃るな。


話の帳尻が合わないのなら嘘を重ねろ。


目を泳がせるな。態度は大きく見せろっ!


次第に足が震え始める。

傍から見れば足を鳴らしながら平然な顔でうどんを啜っているのだからさぞ異質に映るだろう。

俺は急いでうどんを食べ終え食器を返却口へ戻す。

嘘は俺にとって博打と同じ。

今まで積み上げてきた信用と人生を賭け、勝てば極楽、負ければ終わりの大一番。

だからこそ負けられない。

都合の良い第一印象を植え付け適度に嘘を重ねることでその印象をより強い物へと変える。

負け勝負は挑まない。

だからこそあの場面が怖い。

どうしても自分の負けた姿を想像してしまう。

負けたその後を想像してしまう。

唯一の長所を砕かれてしまう様を想像してしまう。

自分の中の強い自分のイメージが崩れてしまう。

俺は足早に食堂を去った。


次の日の朝。

教壇に立った教師が自身の夢や教師になったルーツを語っていた。

曰く小学校時代から目指していたという。

俺はその頃友達を騙す快感を知り方法を模索していたというのに、先生は余程高尚な人間らしい。

今日も楽しい嘘つきライフが始まる・・・と思ったその時。

『一年C組、獺蕗訔(うそぶきかたる)さん。獺蕗訔さん、至急学園長室までお越しください』

俺に集まる視線。

やばい。緊張する。

思わぬミスをしてしまうのではないかという不安が俺に寒気を纏わせた。

先生は頷いている。

俺は眩しい視線から逃げ出す様に教室を後にした。


学園長室の扉を開ける。

その金属の板を押せば押すほど何故か勝てない相手がそこにいるのではないかと思えてしまうが俺は深く呼吸し表情を入れ替えた。

学園長とはほとんど初対面。

何事にも第一印象は大切、都合の良い顔を押し付けなければ。

「失礼します。一年C組、獺蕗訔です」

演じるのはいつも通り儚めの青年。

だが俺は目の前の光景に思わず引き攣ってしまう。

学園長室の中はまるで面接会場の様で学園長の傍には機械的な仮面をつけた女性(?)が控えている。

「席につき給え」

「はい・・・」

学園長の厳つい眼光が俺を射抜く。

「くれぐれも嘘はついてくれるなよ」

威圧しているつもりの学園長には悪いがこちらのやりたい様にやらせてもらおうか。

「|嘘なんてつく訳無いじゃないですか《んな事聞けるかよ》」

「嘘」

え?

そして女性は語り始める。

「あなた、リップクリームを塗って誤魔化しているけれど唇が乾燥しているわよ。これから夏に向かうというこの季節、不自然ではないかしら」

何かと思えばその程度か。

「いえ、自分は唇が乾燥しやすいんですよ。母が家に除湿機を焚くものですからそれで余計に」

これでどうだ。

「嘘です」

「どうして言いきれるんですか?」

「それは・・・」

「もう良いっ!」

俺と女性の言い合いが勃発しようとした時学園長から制止がかかる。

「崎守君が嘘だと言うのなら嘘なのだ」

戸惑う女性。

「学園長それは・・・」

「どうせ彼もその力の当事者になるのだから話しても問題あるまい?」

ゴリッ

後頭部に硬い何かが押し付けられる。

「警視庁特殊対応課へようこそ。獺蕗君。いや、虚構の天才君?」

どうやら扉に入る時の予感は的中してしまったようだ。

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