4.タバコとマスク
娘が退院して孫と一緒に帰って来た。生まれたばかりの赤ちゃんが居ると、周りの者にとっても生活のリズムが少し変わる。先ず、病気には気を遣うようになる。赤ちゃんに移しては大変だということで。そして、タバコも然り。
「これからタバコを吸うときは台所の換気扇の下だけだよ」
娘の両親はどちらもタバコを吸う。妊娠する前は娘も吸っていた。娘は妊娠と同時にタバコをやめた。
「仕方ない…」
素直に従う両親であった。このことで、父親はタバコの量が減ることになる。今まではテレビを見ながら居間でタバコを吸っていた。これが出来なくなると、お気に入りの番組の時などは途中でタバコのために席を立ったがために大事な場面を見逃すことを良しとしなかったためだ。一日一箱吸っていたのが二日で一箱になった。
「やめられるんじゃないの?」
「いきなりはキツイな」
「じゃあ、いつかはやめられる?」
「いつかはな」
「パパには長生きして欲しいから…」
そんな娘の言葉に感極まる父親。
「それで葵の面倒を見てもらわなければ困るんだから」
「そこか…」
理由はどうあれタバコを止められるのなら、それは悪いことではない。
季節が冬に向かう頃になると母親は大量のマスクを買って来た。
「葵ちゃんに風邪が移ったら大変だから」
そう言って、父親や他の家族が咳の一つでもしようものなら、すぐにマスクの着用を命じた。そんな折、中国で新型のコロナウイルスが発見されて感染者が出ているというニュースが流れた。この時はまだ対岸の火事だという意識でしかなかった。日本国内で中国人観光客がマスクを買いあさるのを笑って見ていた。そして、日本に寄港したクルーズ船の乗客から感染者が出たことで、一気に国内でも感染が広がり始めた。対岸の火事が目の前に迫ってきた。同時にマスクの買い占めが始まった。母親もそのことを受けてマスクを買いに走った。しかし、すぐに入手困難な状況に陥った。
「買っておいてよかったね。でも、いつまで続くかね…」
騒ぎになる前に購入していてマスクのおかげで松坂家ではこの時点では十分なストックがあった。これもひとえに赤ちゃんがいたという偶然の賜物だった。
そんなことにはお構いなしにすくすく育つ葵ちゃん。松坂家の癒し役である。