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影元さんは怪異に憧れる  作者: スタイリッシュ土下座
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新たなオカ研メンバー

 大沼阿江という転校生。彼女に俺は違和感を覚えていた。薄暗く緑がかった肌、艶のない髪、油汚れが目立つ制服。見るからに怪しい奴だった。


「今日も来る?オカ研」


「お前、いたのかよ」


 ひょっこりとマナは俺の後ろから顔を覗かせた。俺の視線の先を見て察したのか口元を抑えた。


「気になっちゃう感じ?」


「違う。クラスメイトではあるが赤の他人だろ」


 俺は席を後にし、廊下へと向かった。漢字の書き取りの宿題を出しに行く必要があったからだ。

 職員室までの階段を降りた先、1人の女の子が立っていた。


「阿江さんだったか」


 無言のままその場で頷く。気まずい空気のままだが、何も話さない訳にはいかなかった。


「さっきまで教室にいただろ。一体何処から」


 彼女は窓の外を指さした。まさかとは思ったが、俺は初めて彼女の声を聞いた。


「まど、はって、でた」


「窓這って.......!?冗談も程々にしとけよ」


 俺はその発言を信じずに職員室へ向かった。走ればここまで来れるはずだ。そうに違いない。


「ほんとう」


 国語担当へ書き取りノートを渡すとこっ酷く叱られた。それもそのはずである。

 あの担任のせいで俺の評価はクラス内でも低い。中には俺の事を理解しているとほざく教師もいるが、信用していない。今回の説教も楽に受け流すつもりだ。


「宿題を遅れて提出などと考えられない!」


「すみません。以後気をつけます」


「心が込もってない!大体お前は──」


 言い終わる前に国語教師の怒られている俺の間にアエが割って入った。


「てるお、ゆるしてあげて」


「俺は怒られて当然の事をした。それにお前は無関係だろ。何処かへ行け」


 言い諭したが、彼女は言う事を聞かなかった。


「てるお、だいじなクラスメイト。きっと、いいひと」


 彼女は滑舌が悪く、難しい言葉を使えないようだった。薄緑の肌も少し赤みを帯び始める。


「アエ、そいつは叱らないと駄目なんだ。そこをどきたまえ」


「いや」


 依然として仁王立ちをしている。何を思ってその様な行動に移ったのかは分からなかったが、事情がないとこんな事はしないだろう。


「照男。後でまた説教してやるから職員室まで来い。教員にも時間は限られているのでな」


「はぁ」


 俺はアエを連れて廊下を歩いた。教室まで戻る時間、浮かんだ疑問を問いかけてみる事にした。


「どうして俺を庇った?」


「アエ、しってる。よる、わたしのつくえ、ふいてた」


「あぁ、あれか」


 確かに俺は放課後、彼女の机の落書きを消していた。その薄い緑黄色の肌のせいか、彼女はいじめやからかいの標的の対象にされやすい。

 俺がその落書きを消そうと思ったのは他でもない。直接関わりがある訳ではないが、クラスメイトとして当然の事をしたまでだった。


「てるお、わたし、たすけた、うれしかった」


「助けたつもりなんて無い。ただ、俺もお前をいじめた奴らが気に入らなかった。それだけだ」


 彼女は沈黙していた。黒光りした髪をまとめて下を向いている。


「どの集まりにもいけ好かない奴はいる」


「うん」


「だから周りの誰かを頼るんだ。頼りになる奴ぐらいいるだろう?」


 蚊の鳴くような細い声でぼそっと呟いた。


「いない」


「頼ってみろよ。俺だって──」


「いない!!」


 彼女は駆けて教室まで上がっていった。折角心配してやったのに妙な奴だ。


「ま、俺には関係無いか」


 俺は気持ちを切り替え教室に戻った。


 退屈な授業を終え、いつもの様にオカルト研究会へ足を運んだ。先日、確かに俺は『猫田さんにマナを頼む』と言った。

 しかしそれはは俺が彼女を引き止める事への抑止力にはならない。人間とは矛盾した生き物だ。どうしても心配を隠せないのだった。


「マナ!またここに来てるのか」


「それは照男君も同じじゃない。ほら、今日から正式に部員として活動するから」

「やめろォ!せめてお前だけは純真なままでいてくれ!怪異になど誰がさせるものか!」


「いい加減にしなさいよ!私の夢は私自身で決めるんだから」


 言い争いに耐えかねたのか、シャーペンを片手で半分にへし折って会長は言った。


「そこまで」


「「はい.......」」


「よろしい」


 猫田さんはニコッと笑った。俺だけでなくマナもこの人には逆らえない様だ。


「折角照男君もオカ研に足を運んでくれたのですから、私達の活動を手伝ってくれませんか?」


「いえ、俺は.......」


「手伝ってくれませんか?」


「よろしくお願いします」


 露骨に思考が支配され、勝手に口が動いていた。猫田という人物、何処かでその存在を知っている様な気がする。


「決まりね~。よろしく頼んだわ」


 こうして俺達が向かわされたのは調理部だった。オカルト研究会というのは主な活動が定まってない場合、こうして他の部を手伝う決まりになっているという。

 そうでもしなければこの学校においてオカ研の存在意義が保てない(という設定)らしい。

 実際の所は学校内での裏の繋がりがあり、オカ研が部活内でもトップクラスの権力を握っているという話である。この事は俺と猫田さんしか知らない。


「つまり、今回は調理部で出たゴミを処分するって事ですか?」


「簡単に言えばそういう事ね。丁度今日は部にいても特に研究する事もないから、手伝いましょう」


「(なんで俺までこいつらの手伝いを)」


 歩きながら説明を受けていると、家庭科室に到着した。廊下には大量のゴミが袋に入っている。大きいものも合わせて6個ほどといった所だろうか。


「これを一人2つずつ持って中庭のゴミ捨て場に行きましょう。今日の部活はこれで終わりです」


「これで終わりって.......まだ研究もしてないのに」


「俺としてお前が愛好会あそこに染まるのが遅くなるだけ有難いけどな」


 彼女はムッと頬を膨らませた。猫田は少し遅れて向かうと言って、家庭科室を後にする。廊下のゴミ袋を持ち、中庭の方へと2人で向かった。

 俺達の通う高校は田舎に建っているので中庭からも近くの山が見えるほどに自然豊かだ。ふとマナの方を見ると何処かを凝視しているようにも見える。


「あそこ、誰かいない?」


「気のせいだろ」


「いや、ちっこいのがいる」


 マナが急にそちらの方に向かう。ゴミ袋を手に持ったままで呼び止めるが、聞かなかった。


「あいつ!」


 マナの後を追い、中庭の隅まで足を運んだ。コンクリートの壁で囲まれた角にいたのは──。


「アエちゃん!?どうしてここに」


 彼女は目を覆い、唸り声を上げている。明らかに正常な状態ではない。


「こないで」


 と小さく呟いた。俺は動揺して近くの教師を呼ぼうとしたが。


「だめ、はやくはなれて」


「何故?」


 マナの質問に応えようとはしない。やがて息を荒らげながら彼女は呟いた


「トマト。トマトの、のみもの」


「トマトジュースか、欲しいなら俺が買ってくる。マナはそいつ見ててくれ」


「分かったわ」


 急いで俺は購買に向かい、自販機でトマトジュースと水を買った。

 落ち着いた態度の彼女があそこまで取り乱しているのに困惑を隠せないが、今はそんな場合ではない。


「飲めるか?」


「そこ、おいて」


 言われた通り、俺は買ったものを近くに置いた。すると彼女は熱く溶けだした酸の液体を購入物にかけ、容器ごと吸収した。


「ひっ.......!」


「おいしい」


 マナは身震いしている。前から嫌な予感がしていたが、今にも逃げ出しそうな心を押さえ付けて質問する。


「アエ、お前は本当に人間なのかよ」


 俺はガクガクと震える身体を静めて彼女に問う。ゆっくりと首を横に振った。答えはNoだ。


「嘘だろぉぉ!!??」


「そうだったんだアエちゃん。人外だなんてむしろ尊敬する!」


「何平然と話しかけてんだ!逃げるぞ!」


「えっ、ちょっと.......!」


 恐怖心が先走り、マナを連れて俺はその場から逃げ出した。

 こんな学校入学するんじゃなかった。転校生が人間ではないと知った俺は真っ青な顔で猫田に話しかけた。


「どうしたの、照男君」


「猫田さん!この学校に化け物が」


「化け物呼ばわりは失礼でしょ!あの子だって私達のクラスメイトなんだし」


「この期に及んでよくそんな事言えたものだ!目の前で飲み物の容器ごと溶かす酸を飛ばしたんだぞ!?あのまま俺達も食われるかもしれなかった!」


「二人とも落ち着いて。何があったのか詳しく」


 俺はゴミ出しの間の事をざっくりと伝えた。


「なるほど。間一髪だったわね」


「それでどうなんですか」


「確かにあの子は人間ではないわね。正しく言えば『人間だった』と言うべきかしら」


「という事はあの子自身人外って事!?ますます友達になりたくなってきた!」


「馬鹿!今はそれどころじゃねぇだろ」


 マナの考えを一蹴すると間髪入れずに猫田さんは述べた。


「詳しくは言えないけど、酸を吐き出すのならあなた達の生命の保証は無かったわね」


「「嘘でしょ!?」」


「ただ、あの子がそんな事をする様には思えないわ。でも、なるべく距離を取っておいた方が──」


 俺達は戦慄した。猫田さんのすぐ後ろの窓、半開きのカーテンの間に人型の影が──。


「「うわああああああ!!!!!」」


 窓ガラスが割れ、その人型は地面に倒れ込んだ。近くにはまだ猫田さんがいる。絶対絶命。


「おどろかせた。ごめんなさい」


「嘘つけ!お前は俺達を喰おうと.......!」


「そんなつもり、ない」


 彼女の頬に何粒もの涙が流れた。赤く染った口元は歪み、緑黄がかった肌は段々と濃さを増していく。


「待って。彼女の話も聞いてあげましょう」


「でもこの状況は」


 俺の手を掴み、目を合わせて答えた。


「可哀想じゃない。一人ぼっちなのに」


 深刻そうに目を瞑り、俺は頷いた。今すぐにでも逃げ出したかったが、この不可解な出来事には目を背けられない。


「俺達を喰うつもりなのか?」


 アエは首を横に振った。


「おなか、すいたけど、たべたくない。たいせつな、おともだち」


「食べたくないってお前、食べた事あるのかよ」


 彼女は沈黙した。口元のベタついたトマトジュースを袖で拭き、しょんぼりと俯いた。


「お腹空いたのね。私で良ければ幾らでも食べていいよ!」


「本当お前馬鹿!自分が何されるかもしれないのか分かってるのか!?」


「いらない」


 アエはまた首を横に振った。飢えに苦しんでいるのか、不安定に身体を揺らしながら答えた。


「おともだち、たべたくない。こわい、なくしたくない」


 彼女の言わんとしている事が大体わかってきた様な気がした。人間が動物を食べて暮らす様に彼女も無性に人間が食べたくなるのだ。

 しかしそんな生徒をよくこの学校は通したものだ。俺は頭をボリボリと掻いた。


「2人からの話によると、トマトジュースを飲んだって聞いたけど本当?」


「うん。トマト、のむ。すこし、やわらぐ」


「なるほど」


 猫田さんは少し距離を取り、手帳を手に取った。元々観察眼が凄い事は知っていたが、凄まじい勢いで紙が埋まっていく。


「お肉食べたいの?」


「たべたい。にんげんはだめ。ワニかにわとり」


「そこは鶏にしてくれ.......」


 俺はついツッコんだ。だが、人間以外の肉類が摂取できると分かったなら、答えは見えてきた。


「お前が苦しいのはよく分かる。けど、俺達に危害を及ぼすのはやめてくれ」


「うん、でもおなか、すいて。わたし、ひとじゃない。おかねない、たべられない」


 彼女はまたポロポロと涙を零した。気の毒だが、俺にしてやれる事は無い。だがここぞとばかりに部長の目が光った。


「悪意が無いならいいわ。アエちゃん。私達の愛好会に来ない?」


「猫田さん!?何言って.......!」


「あいこうかい?」


 間髪入れずに彼女は続けた。


「あなたみたいな特殊な人達ばかりオカルト研究会に集まってるの。これじゃどちらがオカルトか分からないけどね」


「さりげなく私ディスられてませんか」


「奇遇だな。俺もだ」


 アエの目がこれ以上ないまでに輝いた。涙はまだ眼に溜まっているが、少しだけ希望を見出した顔だ。


「私があなたの食料を確保してあげる。辛くなったら部室に来て頂戴」


「でも、わたし、めいわく、かける」


「迷惑なんかじゃないわ。私も部員不足で困ってたし。あなたも苦しまなくて済むでしょ?」


 猫田は何故かお人好しだった。普通なら拒絶するはずのそれにやけに友好的な一面を見せている。


「ほんとに、いいの?」


「ええ。幸い部費にも困ってないわ。私が部長を務めてる限りね」


「何処から出るんだその金」


「それも含めてオカルトって事でしょ」


 俺達がガヤを飛ばしている間、アエは迷っていた。やがて心を決めたのか、小さく呟く。


「お願い、します」


「決定ね。改めてよろしく。アエちゃん」


 猫田さんは手を差し伸べた。それは自然に、かつ普通の人間と変わりなく接する姿だった。


「照男君!新しいメンバーだよ!しかも私の憧れじゃない!」


「無茶言うな。いつから俺はオカ研のメンバーに──」


 言い淀んだが、彼女の幸せな顔を眺め、背を向けて言った。


「丸く収まったならいいか」


 こうしてオカ研に新たなメンバーが加わる事になった。俺の求めていた安寧それとは全く違っていた。しかし、それは窓から眺めた夕日の様に何処か温かさを感じさせるものだった。

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