第一章 最終話 可能性の剣
俺たちの再生能には限界がある。
その不利益は大きく3つだ。
一つとしてそもそも能力を封じられれば再生することはかなわない。
俺の右腕の傷もそれが原因だ。
そして二つ目。
それは異物が体内に侵入したままでは、その部分をもとに治すことはできない。
正確には、その異物込みで再生するのだ。
例えるなら刃物が肉体に刺さった状態のまま再生を完了してしまうと、その刃物は再生組織と癒着してしまうのだ。
そのために異物は除去することが鉄則である。
最後に三つめ。
再生能力の限界。
そう、致命傷の再生はほぼ不可能なのだ。
もちろん再生しようとはする。
するのだが、その前に絶命してしまうことがある。
重要な大動脈を損傷し大量出血。
重要な神経を損傷し呼吸不全。
心臓への許容量を超える電撃。
これらはすべて即死案件。
つまり、助からない……。
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ナップが倒された。目の前で俺の復讐をしようと、戦う前に倒された。
「急所を裂いた。人体にとって最も狙いやすく、また切り裂けば確実に死に陥る血管を裂いた」
「ナップ!」
急いで駆け寄る。傷口は塞がろうとしているが溢れ出る血液はその足を止めようとはしない。
「その少年はもう助からんだろうな。イマノティスの奴らはお前らの再生能を封じたが、なに簡単なことだ。回復する前にその生命力を絶てばいい。だが、実にあっけないものだ。友の為?ふん、くだらん。そのような一瞬のうちの感情に流され、その命を散らせるとはな。実にくだらない」
男の言葉は数分前に腹部に受けた攻撃よりももっともっと、痛いものだった。
「……やめろ」
「少年。戦場に生きるとはそういうことだ。傷つき傷つけ、失い奪う。私たち軍人というのはそういう生き物なのだ。常に痛みを抱えながら、悲しみを背負いながら本当に大切なものを守るために、他の誰かの大切なものを切り伏せる。それが戦争だ」
「……」
もう動くことのないナップの開ききった眼をそっと塞いだ。
「悲しいか。悲しいだろう。大人たちの始めた戦争に子供らが巻き込まれ、命を散らす。なんのために生まれたのか。その人生に意味はあったのか。死ぬ間際に芽生える感情は後悔だけではないのか。……不幸な子供たちだ」
男の同情にも似た、哀れみの言葉。戦場で死んでいった人たちのその人生に意味はない?
「意味がないなんて、言うな……」
「なに?」
「ナップの人生にも意味はあったんだ。俺と出逢ってくれた。同じ時間を過ごしてくれた。これからも俺が生きていく限り、ナップを知っている人たちが生きている限り、その思い出は消えない!ずっと心の中に遺るんだ。俺があいつの生きていた意味になる!だから俺はここで死ぬことはできない!」
「ならば示してみろ。その命の炎を、灯し続けてみろ」
奴はその手にナイフを携える。また、あの曲芸のような攻撃がくる!
「―――」
考えろ。避けることの難しい攻撃。全方位から来うる攻撃をどう対処する?
「なにか思案しているようだが、無駄じゃないことを祈るよ」
いくら頑張って避けても、確実にその攻撃は俺を捉えてくる。
「では少年。これが最後だ」
……そうか。つまりはそういうことなんだ。始めからあたると分かっているなら避けなければいい。この体が傷つかなければ!
視界に確認できただけでも奴は3本、攻撃を仕掛けてきた。
「避けないのか?」
「お前の攻撃を避けることはもうあきらめた。これまでのやり方では絶対にお前を倒すことはできない」
「そうか。ならばそのまま楽に殺してやる。動くなよ!」
奴の合図で宙に舞ったナイフが俺を目がけてくる。
「変形能の使い道はこれだけじゃないはずだ。ただ体を大きくして攻撃力を上げるだけの能力じゃない。その可能性はきっと無限大だ。本人の意思次第でその形は自由に変えられる!変形!『変性:硬化』!」
(―――この体はもっと硬くなる。奴の放つ攻撃を総て防ぎきることができる全身の装甲化―――。)
動かすことのできなくなった全身はその代価として絶対的な防御力を得た。
「硬化だと…?ここにきて新たな可能性を見せつけるか」
「ああ、お前が否定した若さの力だ。もうお前の攻撃が俺に通ることはない!」
「そうか。ならば私も次の段階を解放しよう」
その言葉の後、男は空に手をかざした。
「何を…?」
「私たちバケマイティスの力が開発力だけだと思っていたのか?見縊られたものだ」
空に雷鳴が走る。そうして曇天を切り裂き集合した雷がやつの掲げた手に落ちる。
「―――!!!」
男の顔が一瞬歪む。
「ああ、もうお前を生かして帰らせることはできないな」
ありえない。いや、ありえないはずはない。奴らがその姿を現したとき、どのように現れた?雷に包まれて視認できるギリギリの速度で降りてきただろう。
「この雷を纏う能力は敵国どもには知られてはいないんだ。“バケマイティスの奴らは新しいモノに頼っているだけ”。そんな風にまるで弱く思われていた方が色々と都合がいいんでな」
「……お前以外の兵士もこの能力を使ってきたんだろう。誰かの目にもさらされてきたはずだ。なのに俺たちには何も報告がなかった……」
「ああ、つまりはそういうことだ。この能力は必殺のフォルム。見られたからには死んでもらう。ここからが本当の勝負だ。可能性を上書きしてみろ!」
奴が右手を突き出す。そして高速の一閃が来る!
「変性:硬化!」
再度、体を変性させる。
「……無駄だ。物理的でない攻撃には通用せん!」
その通りだった。雷が体に触れた途端、焼けるような痛みが体を蝕む。
「ああああああああああ!!」
「人体には致命的な電圧を浴びせた。その刺激にお前の心臓は耐えられるか?いや、耐えられるはずがない。そのまま死ね」
遠くなる意識。絶対的な力の前にひれ伏すしかないのか?
ナップのためにも、そして俺自身の為にも、絶対に負けられないのに。体が動いてくれない。
こんなときなのに……なぜかとても、眠い……。
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夢を見た。過去でも、そして未来でもない。あるはずのない景色のなかにいる夢を見た。
後ろにはのどかな景色。前にはまるで地獄のような景色がそれぞれ広がっていた。
そして、俺は、その狭間にいる。動こうと思ったけど、どちらに歩みを進めればいいのか、わからない。俺はどっちへ向かえばいい?
「お兄ちゃん!」
後ろからサラの声が聞こえた。はっきりと。振り向いた。だけど姿は見えない。
「お兄ちゃん!!」
また聞こえた。
「サラ……」
声のする方へ歩き出そうと思った。だけどその先には何もないと思ってしまった。
そう、この先は無しかない。
足を踏み出せば奈落の底へ落とされる。そんな気さえしていた。だけど行けば救われるかもしれない。
「なにから救われるというんだ?レッド」
衝撃が思考を包みこむ。なぜなら、その声は…。
「兄貴……?」
再度、振り向くと地獄に立っていたのはヘイブ兄ちゃんだった。
「レッド。もう一度聞くぞ。一体何から救われるというんだ?」
「それは……」
「その救いは救済じゃない。もはや罰だ。そこから後ろへ行けば、お前は今すぐ開放されるだろう。死という形でな。だが……」
兄貴はそっと俺に手を差し伸べた。
「それは今までのお前の人生をなかったことにする選択だ。その事実は何よりも重たい罰となるだろう。こっちへ来い!レッド!」
真実の兄貴かもわからない幻に俺はこの手を差し出した。
「もう一度戦って来い。まだ見ぬお前の可能性を、可能性の剣を見せてくれ」
「可能性の、剣……?」
「ああ、レッド。お前はなんにでもなれる。それは物質的なものに限った話じゃない。今よりももっと強い自分。今よりももっと高みに在る自分の姿を創造するんだ」
「より強く、より高く……」
「そうだ。そしてお前のその手はすべてを切り裂く剣となる。最強となれ!レッド!」
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「ふん。この力の前には誰も等しく死すのみだ」
激しい雨音、雷鳴が聴こえる…。俺はまだ生きている!
「勝手に殺すなよ…。まだ戦いは終わってないぞ」
フラフラになりながらも立ち上がる。
「あれを食らってまだ生きていたか。いや、さっきまでお前は確かに“死んでいた”」
「ああ、帰ってきたよ……。決着をつけるぞ!」
「呆れたぞ。無力のくせに勝利を愚直に求めている。何ができるというのか。滑稽。非常に滑稽!いい加減、目障りだ!消えろ!」
男は先ほど同様、体から雷を一閃放つ!
(……俺は何にでもなれる可能性の器。想像を創造しろ。最強を創造しろ。この雷すらも切り裂く最強の剣に俺はなる!)
―――――瞬間。光と光が衝突する。
「……雷を切り捨てただと?」
「……変形:不屈の剣!!」
右腕は大剣となり、光を放っている。
「この剣は不屈の剣。切れないものなどない最強の剣だ」
「戯言を最強だと?笑わせるな!最強など自分自身が決めるものではない!」
「これは、俺の知りうる限りの物質を切り裂くイメージの具現化そのものだ。俺はお前の雷を断ち切るイメージができた!だから切れる!お前の敗北は今!この雷は切り捨てた時点で揺るぎないものとなった!」
「イメージの具現化だと……?ぬかせ!そのような一朝一夕の剣に切られるほどやわな軍人ではない!」
「これで決める!」
「「うおおおおおおおぉ!」」
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再度、二つの閃光が衝突した。
暗闇を取り戻した森に立っていたのは、レッドだった。
男は地面に伏せたままピクリとも動かない。
レッドはその姿を確認した後、少し離れたところにある、友の亡骸になんとか歩み寄った。
「ナップ……。終わったよ」
優しく語りかける。
「ずっと雨に当たって、寒かっただろ?帰ろう。パレット達が待ってる」
そうして少年は冷たくなった友の肩を抱き、来た道をゆっくりと辿って行った。
「ああ、私は負けたのか。若い力に」
レッドに切り伏せられた男は静かに事の顛末を悟った。
「完敗だ。老いた兵士はリタイアするべきなのだな……」
男は胸元から最後の力を振り絞りロケットを取り出し、中の写真を祈るように見つめた。
その写真には男の息子2人が映っていた。
「アスト……。アルト……。すまんな、父さんはここまでだ……」
そして、もうその男が動くことはなかった。
第一章 完