第七章 第十三話 Time waits for nobody
「レッド!」
パレットの声が鼓膜を揺する。
呼吸の仕方を思い出したかのように、全身に生気がみなぎる。
頭の中に酸素が巡り出したようだ。
「悪い……」
ゆっくりと上体を起こす。
俺の両隣にそれぞれパレットとアストが膝をついて俺の肩を支えてくれている。
「大丈夫ですか?レッドさん。いきなり痛みに悶えだして、倒れちゃって」
「……」
「そうしているうちに意識を失ったの……。でも何か魘されているようで、大丈夫?嫌な汗もかいているようだし……」
そういってパレットは小さな布で俺の額の汗を拭う。
「もう大丈夫。嫌な夢を視ていた気がしたけれど……思い出せない」
ゆっくりと立ち上がる。
顔を上げると意識を失う前よりも雲が増えている。
少し嫌な、生臭いにおいのする路地裏。
差しこむ光は、わずか。
「時間がもったいない。行こう」
何も言わずに二人は頷く。
注意深く再び歩き出す。
記憶できない夢を、後に引き摺りながら。
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町に入ってからどれくらい歩いただろう。
アンの表情にも少しずつ疲れのそれが見え始めた。
「少し休もうか?アン」
「ううん。いい」
少し強情なんだな。……でも少しは休まないと。
「僕が休みたいんだよ。いいでしょ?」
「アルトが?」
うん、と頷くとアンはまんざらでもないように、また少しだけ大人ぶる。
「もうしょうがないなぁアルトは。いいよ。休もう!」
「なんと~。おませさんめ!」
大人ぶってようやく年齢相応に見えてしまう。魔法のようだ。
それでも僕らは笑い合った。
そうして通りよりも人通りのない場所を見つけた。
小さな公園のような場所。そこにあるベンチに腰掛ける。
公園と言ってもなんとも殺風景だ。
遊具すらもないベンチと少しの花だけ。
一息ついて視界を大胆に奪うオブジェクトにようやく焦点を合わせる。
「ずいぶんと高い……」
塔だ。その塔は高い雲さえも突き刺している。
「神の塔、か」
「ちょっと、思い出してきた、かも」
すぐさまアンの方へ顔を向ける。
「家、塔の近く。いつも部屋の窓から見えてたの。大きな門にたくさんの人が入ったり出たりして。毎日それを見ていた気がする……」
「お、おお」
「ん?どうしたの?アルト」
「よく思い出したね!えらい!早速行こう!」
「うん。そ、そうだね」
喜ばしいことなのに、少しだけ寂しかった。
アンにとっては願ってもないことなのだから、喜ばなければ。
笑わなければ。
「アルト」
「ん?」
「その笑顔、キライ」
「え゛」
固まった。
そしてあまりに真っすぐで切れ味満載の言葉に心は真っ二つだった。
「きら、きらい?きらいって言った?」
「うん。キライ!アルトじゃない!」
「……」
言葉も出ない僕にアンはその両手で僕の頬を上方へ引っ張る。
「笑うならこう、でしょ?」
「……」
別の意味でまた、言葉が出なかった。




