第七章 第八話 唐突な分岐
忙しかった夜はあまりにも早く過ぎ去り、いつの間にか朝日を迎えていた。
遅れて目を覚ましたパレットやアストにもアンの事を報告し、アルトが管理するということで二人は納得しアンの同行を許可した。
アンの背格好はアルトと少ししか変わらない。
並んで歩いているところを見るとまさか一回りも年齢が離れているとは誰も思わないだろう。
アルトはアンのことをひどく気に入ったらしく、絶え間なく話しかけている。
アンもそれを迷惑とは感じていない様子で会話を楽しんでいるように見える。
「まったく、楽しそうに……。これから何をしようとしてるのか解っているのかな」
怪訝そうにアストは後ろを歩く二人を横目に声を漏らす。
まあまあと宥めるが、確かにその通りだ。しばらく歩けばやがてこの森を抜け、忌まわしき兄と囚われの妹の待つ場所、つまり敵の本拠地へ乗り込むわけだ。
アンがもう少し年齢を重ねていればより詳細な情報を聞き出せたかもしれないがそこを悔やんでも仕方がない。
何てことを考えていたところで景色が変わり始めていた。
獣道だったこの森もとうとう終わりかけてきた。
入り込んでくる光の量が増える。
茂みから慎重に光の方を覗くと規模の大きさは故郷と同等程度の町並みが広がっていた。
しかし、とある異様な建造物が俺たちの視線を奪った。
「なんだ。あれは……」
雲を突き刺すほどの高さを誇る一本の塔が眼前にあった。
驚きを隠せないままでいるとアンが語り掛けてきた。
「あれは“神の塔”。神様がいるの」
―――“神の塔”? 神が、いる?
アンは続けた。
「死を待つ人はあそこへ運ばれていくの。神様が痛くないようにしてくれるんだって」
随分と宗教的だ。わずか数日歩けば辿りつく異国ではここまで文化が異なるのか。
「神様って何者なの?」
アルトがアンに問う。
「わからない。見たことないもん。でもお母さんがおばあちゃんが死んじゃった時に神様を見たんだって。なんか私達とおんなじ感じだったって」
「つまり人、なのか。権力者的な扱いなのかな」
「ううん。神様は神様だよ。人じゃないよ」
無邪気な少女の考えを壊すわけにはいかないのでアルトは会話を切り上げたようだった。
そろそろ本題を切り出すべきだと考えた。
「アン、家の場所わかるかい?」
俺は少し良くない考え方をしていた。
兄貴とサラの事で頭がいっぱいで正直余裕がなかった。
つまり俺にとってアンは邪魔だったのだ。
「わかんない……」
すかさずアルトが間に入る。
「もう少し歩けばわかるかもね」
「おい、いい加減にしろよ。アルト」
以外にも静かに怒りを露わにしたのはアストだった。
拳を震わせながら、一息つき体表に現れた怒りを体に納め、冷たく声を発した。
「何のためにお前はここに来たというんだ?レッドさんと一緒に行くと決めただろう。違うか?」
「でも、この子を置いて行けと?」
「危険すぎる。わかっているだろう?」
アストは少し怯える様子のアンに一瞬申し訳なさそうな表情をとったがすぐさま視線をアルトに戻す。
アルトは歯向かうように兄へ反抗する。
「僕は放っておけない。アストやレッドさんたちが止めたとしても僕はこの子をちゃんと家へ送るよ」
アルトの決心は固いように見えた。
「もう、勝手にしろよ……」
アストは決して呆れているようではなかった。
恐らく初めて見る弟の決心に、そして強くなった弟の姿に、自分でもどうすればいいのかわからなかったのだろう。
「行きましょう。レッドさん」
「あ、ああ」
アストに先導される形で俺たちは歩き始めた。
振り返るとアルトはまだこちらを見ていた。
思わず俺はあの神の塔を指さしていた。
それを見たアルトはそのまま顔を伏せていた。




