第七章 第六話 旅の途中
焦土と化した故郷を旅立って、どれくらい時間が経っただろう。
休みながら足を進めたが、疲れが若干残っている。
しかしその甲斐あって、目的地は眼前に迫ってきている。
アルトはいつものようにジョークを口にしているが、時間が経つ毎に口数は減り、アストの「ツッコミ」もだんだんとお粗末なものになっている。「そんな風になるならもう口を開かなければいいのに……」なんて、そんなことは到底言えそうにない。
彼らの作り上げてくれる「空気」は今の俺たちにはとても重要なものなのだ。
パレットを見る。俺たちの進むペースはあくまでも俺たちのペース。女子の上に、前線に立つことの無い衛生兵だ。身体能力は俺たちには劣るはず。しかし彼女は文句ひとつ、その口から漏らしていないが、彼女の視線は徐々に伏せがちなものになっていた。
「少し休もう」
足を止め、声を掛けた。
待ってました、と言わんばかりにアルトはその場に腰を下ろす。
故郷を旅立った後はしばらく砂漠地帯が続いたが、半日歩いたところでまるで世界が変わったかのように木々の生い茂る森へ移り変わった。それからずっと視界には背の高い木々が並んでいる。……まるであの頃を思い出す。思い出さざるをえない。
「もうこの辺りには例の国のやつらがいるかもしれない。交替しながら休もう。最初は俺が見張りをするよ。3人はゆっくりしていてくれ」
パレット、アスト、アルトに声を掛ける。
わかりました、とアストは頷くと「食べられそうなものと、火の点けられそうなものを探してきますね」とアルトを連れて歩き出した。アルトは嘆息をしながらも兄に着いていった。
「私も何かしなきゃ」
パレットが歩き出そうとした。
「無理、してないか?」
「……大丈夫だよ?」
無駄な質問をしてしまった。パレットの性格なら、無理をしていても平気な振りをするに決まっている。
「本当に、休んでよ」
「平気。飲み水を汲んでくるだけだから。さっき綺麗な川があったのが見えたの。……一緒にいこ?」
そういって目的の方向へ踵を返した。
確かにこんなところにパレットを独りきりにするのも危険だ。それなら一緒にいた方がいい。
「……わかったよ」
パレットに先導される形で俺たちは歩き出した。
本当に数分足らずでパレットの言っていた川が見えてきた。
「本当に近くにあったんだ。よく見ていたね」
「水の流れる音が聞こえたの。双子ちゃんが黙っていたおかげね」
珍しいパレットのジョークに苦笑いする。気を遣ってくれているのだろうか。
両親を失い、サラを攫われた。客観的に見れば、失意に溺れるところだろう。
しかし、俺には失意よりも強い感情が心を支配していた。
だけど、その感情は怒りに似ているが喜びにも似ているような気がした。
まさしく、名づけようもなかった。
混沌としていた心情は意図せず不自然な表情を形成していたのかもしれない。
それが3人にも伝播していたのか。
「ありがとうな。パレット」
自然と、この言葉が口から漏れていた。
「何よ。むず痒いじゃない」
彼女の上目遣いが微笑に満ちていた。
ふと視線を川の方に戻すと、浅い夕闇の青色の視界の中に黒い影が見えた。
「(止まって……)」
囁き声とジェスチャーでパレットに合図する。
彼女もそれを直ぐに理解し、俺の背中側へと回った。
暗闇を凝視する。
徐々に闇に慣れてきたのか、先程よりも鮮明に景色を攫める。
川のすぐ近くの浅瀬にある影……。
やはり、人だ。横たわっている。それはピクリとも動こうとはしない。
倒れている人影の背格好から推察するに女子供だろう。屈強な男のような感じはしない。
「(近づいて確認してみる。ここで待ってて)」
パレットに指示する。
浅瀬に敷き詰められた砂利で今にも音がなりそうだ。
慎重に、慎重に、歩を進める。
やはり女だ。
服装などからして、ヘマタイティスやミラビリス、ましてやバケマイティス人などではない。
イマノティス人。間違いない。しかし、なぜこのようなところで倒れているのか……。
生きているかもしれない。死んでいるかもしれない。
左手を女の手首へ。そして、右手はいつでも変形できるように……。
―――脈は、ある。生きている。
しかしどうしたものか。
目立った外傷はないものの、倒れているのには原因があるのだろう。空腹とか、脱水とか。
それなら川辺で行き倒れているのも納得できる。
パレットの方を見るが、先程よりも深くなったら闇で表情を汲み取ることはできない。
仕方がない。
女性の肩を抱えてパレットの元へ行くが、意識を取り戻す気配は一向にない。
「……どういうこと?」
パレットは不思議そうにこちらを見る。
どうにも説明のしようがない。
しかし、察しがいいのも彼女の特長だ。
そこから何も言わずに、女性のもう片方の肩を抱えた。
「とりあえず、アスト君、アルト君と合流しよう」
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「水を汲みに行ったんですよね?なんか、僕の知っている水と違うんですけど」
木をくべていたアルトが、戻ってきた僕らを見て言葉の直球を投げた。
「その顔、さっきも見たよ……」
横目で見たパレットの頬は少し引きつっていた。
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「軽く衰弱の気がある。やっぱり行き倒れていたんだね。火の温かみで体温が回復したら目を覚ますだろうけど、少し分けてあげてもいいよね」
そう言ってパレットは双子が採ってきた種々の食物を見つめる。
「毒見役ということでならいいんじゃないですか」
またアルトが冗談をいう。
「構わないですよ。話せるようになったら何か良い情報が聞けるかもしれないし」
「確かにそうだね。ありがとう」
微かな風に揺れる炎がとても心地よく感じた。
(あ、やばい。寝そう……)
数分も立たぬうちに深い闇が襲ってきた。
糸が切れたかのように、真っ逆さまに俺は闇へ落ちていく。
その闇は、心地よかったがどこか不気味でもあった。




