第七章 第五話 朽ちない希望
時は少しだけ遡る。
イマノティス国にて―――。
「これで、お前は俺の人形だ。バーネット……。」
銀髪の男は、僕の額に指先を立て、しばらくした後、そう言った。
自分自身、何をされたのか理解できなかったが、少しだけ世界が広く見えた。
そして何よりも、先程まで敵意の対象だった人物が、今では神々しく見えた。
「僕はあなたの……。」
見えないものが見えた気がした。
「そうだ。お前は俺から離れることができない。力を求める限り、そして命を求める限り、お前は俺から離れることはできない。」
不敵な笑みが素晴らしく映る。
「あなたは一体、何が目的なんです。僕はそれを聞かされていない。」
笑みが深くなる。
「目的か。……俺はただ、自由に生きたいだけだ。何にも縛られず、得たいように総てを得る。俺が求めるものはそれだ。一時の快楽と永遠の栄光。俺にはその二つは全くの同等。終われば虚しいだけのただの結果に過ぎない。しかし、それは何にも代え難い代物だ……。俺はそれを求めている。」
笑みが闇のように見えた。
「お前はただ、俺についてくるだけでいい。俺の指示に従っていればそれでいいんだ。何も難しいことはない。そして、お前も味わうのだ。人間の境地では決して得ることのできない愉悦というものを!」
―――その笑みが、気持ちよく思えた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
幸運か。皮肉か。
兄貴が去ったあと、すぐに雨が降り出した。
そうしてしばらく経った後、町を包んでいた炎は消え去った。
「誰か!誰かいませんか!?」
必死に生存者を捜索する。
パレットだけでなく、アストやアルトも声を張り上げてくれている。
しかしその甲斐虚しく、返事はひとつもなかった。
「……全滅、か。」
実家を詳しく調べたが、そこから出てきたのは瓦礫の下敷きになった父と母の亡骸と、硝子にひびが入った在りし日の家族の写真立てだった。
涙はもう、流れてはこなかった。
俺の心を、悲しみが満たした。
しかし俺は悲しみを認識できなかった。
心が、壊れる直前だった。
きっと、正常に感情を受け容れれば、俺は俺ではいられなくなるだろう。
「どうして、こんなことになってしまったのだろう……。」
少し火傷した口を開けば、出てくる言葉はそればかりだった。
顔を仰ぐと、太陽があまりに眩しかった。
気が付くと雨はすっかり上がり、雲は捌け、空の景色だけが慣れ親しんだものだった。
見晴らしの良くなった町並み。
風が吹く。
そのまま周りを見渡した。
「あれは……。」
地平辺の遥か彼方に空中に浮く塔が見えた。
あのような現象、見たことがない。
「あれは、蜃気楼ですよ。僕らの国では頻繁に見られるんです。」
不思議そうにしていると、アストが語り掛けてきた。
蜃気楼?親しみの無い言葉だ。
「あの塔、見たことがないな。知っているかい?」
アストに問う。
「方角からして、イマノティス国だと思いますね。多分。合っているよね?アルト。」
アルトは無言のまま頷いた。
イマノティス国……。
『お前のまだ見ぬ場所で待つ……。』
“まだ見ぬ場所”。
まさか―――。
「アスト、アルト。旅、もう少しだけ長くなってもいいか?」
双子は何も言わない。
「あそこに、兄貴と妹がいると思うんだ。お願いだ。俺にもう少しだけ力を貸してくれ。この通りだ……。」
二人に頭を下げる。
すると、俺の両肩を二つの手がそれぞれ置かれた。
「当然です。水臭いこと言わないで下さいよ。」
アストがほほ笑む。
「まぁ、僕が嫌だと言っても、どうせアストはレッドさん教の信者ですから?金魚の糞のように泥臭く着いていくんですよ。なので、僕も行かざるを得ないのです。」
アルトはいつもの皮肉を言う。
ああ、二人に出会えて本当によかった。
「ありがとう。……本当にありがとう。」
珍しく、アストが俺の背中を叩いた。
そして、二人の奥にいるパレットを見つけた。
「パレット……。パレットも、一緒に来てくれないか?」
危険だから、という理由でこの地に残しても、ここはもう焼野原だ。
それならば、一緒に来てもらった方が随分いい。
パレットは、少し俯いた後、微笑んで頷いた。
「サラちゃんを助けないと、ね?」
やがて迎える次の朝。
俺たちは故郷を旅立った。




