第七章 第四話 残酷な邂逅
炎、炎、炎。
見渡す限りの炎。
焼野原のなかに横たわる数多もの人影。
すでに故郷の原型はなく、まさしく地獄であった。
「……。」
言葉など、忘れた。
頭の中が真っ白になった。
あの日、過ごしていた街並みはもうない。
学校も、お花屋さんも、家族の待つ家も……。
そうだ。家族は。
父さん、母さん、そしてサラ。
今すぐ行かなくちゃ……!
「みんな、ついてきてくれ……。」
パレットも黙ってついてきてくれた。
吸い込む空気が熱い。
口の中も、気道も、肺も、すべて焼けてしまいそうだったが、夢中で走った。
ひたすらに、かつての故郷を思い浮かべながら走った。
「……どうして、お前が……ッ!」
家が近くなると木々が燃える音に混ざりながら、人の声が聞こえた。
しかし、その声は助けを求めるSOSではなかった。
俺は後ろにいる仲間たちに止まるように合図をし、その様子を窺った。
炎の熱で、景色が歪んでみえる。
よく、目を凝らすと銀髪の男が、片手で兵隊の首元を攫み持ち上げている。
兵隊はもがくように両足を虚しく空中で動かしている。
この銀髪男が、……この町を?
考える必要などなかった。
飛び出そうと意気込んだ刹那、声が聞こえた。
「これから死ぬ奴に答える義理はないだろう。絶望の炎に怯えながら死ね。」
―――ッ!
耳を疑った。
幻だと信じたかった。
だって、その声は……。
「変形!不屈の剣!」
無我夢中で切りかかった。
しかし男は兵隊を俺に投げ捨て、俺は剣先を止めざるを得なかった。
「少し、ご到着が遅れたんじゃないのか?」
男は、まるですべてを理解していたかのように皮肉じみた言葉を吐く。
抱えた兵隊の体を地面に下し、真っすぐと、男の瞳を捉える。
「間違えるはずがない。何度も夢にまで出てきたんだ。絶対に間違えないよ……。兄貴!」
揺れる炎の中にいたのは、ヘイブ兄ちゃんだった。
姿かたちが変わっても、その声で、すぐに兄貴だと分かった。
何年も、何年も、その帰りを待ち続けた。
だけど、こんな再会はあんまりだ。
「兄貴。これ、どういうことだよ!」
激昂。
怒りが心底よりとめどなく溢れてくる。
「見ての通りだ。俺が総て燃やし尽くした!この炎で!」
そういうと、兄貴の右手から棒状の紫炎が伸び、それは刀へ形を変えた。
「俺たちの家も、燃やしたのか……?父さんや、母さん、サラは!?」
「ああ、そういえば……。真っ先に燃やしてやったよ。あんなボロ診療所。」
「―――ッ!」
我を忘れた。
怒りが心の総てを満たした。
怒りが俺の剣を動かした。
「いい顔だ。さすが我が弟だ。さっきまでやり合っていた奴らとは一撃の重さが違うな!」
「ふざけるな!アンタの帰りをずっと待っていたんだぞ!なのに、こんなの!」
「俺もずっと待ち望んでいた!運命が動き出す、この時を!」
意味が解らなかった。
しかし、理解するための言葉の反芻は起こらなかった。
幾度も、幾度も、己が刃を振るった。
しかし、届かない。
兄貴は、子供との遊戯のように容易く、俺の剣をいなす。
しかし、終わりは突然やってくる。
兄貴は、俺から間合いを取り、痛みをこらえるように片目を抑えた。
「……涙?」
その手の下から流れる光るものが見えた。
兄貴は自問自答するように呟く。
「眠れ、と言ったはずだ。……バーネット!」
兄貴が知らない人物の名を叫ぶ。
やがて現れた男に抱えられていたのは……。
「サラ!」
妹だった。
サラは気を失っているようだった。
「兄貴!どういうつもりだ!」
「我が弟よ。やがて相応しい舞台で刃を交わそう……。お前のまだ見ぬ場所で待つ……。」
兄貴と、サラを抱えた男は、炎に包まれ一瞬でその姿を消した。
「兄貴……!サラ!」
「レッド!」
後ろで身を隠していたパレット達が駆け寄る。
「さっきの人。レッドの……。」
「ああ、間違いない。兄貴だ。」
兄貴が言い残した言葉。
“俺の知らない場所”。
炎の中で、その言葉だけが頭に引っかかっていた。




