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黒い夕闇 -Light Of Day-   作者: SOUTH
不屈の剣
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第一章 第四話 祈り

 ”尊い犠牲”とは、と男は自問する。

 為したものが、その結果が総てだというのならその命の痕跡は忘れ去られるだけだ。

 まるで結果のヒトカケラかのように尊い犠牲は扱われる。

 人はそれを仕方のない死だと解釈する。

 しかし、人は残酷にも時間が経つにつれて振り返ることをやめるのだ。

 そして残るのはいつも為した結果ばかりである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 家族と別れ、パレットと合流した。

 空は黄昏。薄暗くなった街をわずかな灯りが照らしている。


 「また明日から訓練の日々かぁ~。週末は終わるのがあっという間だね~」


 パレットの無邪気な声が沈黙を破った。


 「……ああ。そうだな」


 自分でも間抜けな返事をしてしまったと感じた。

 パレットはきっと戦場のことを知らない。

 俺の口から二次的徴兵の命が下るとは言わない方がいい。

 絶対に口にしない方がいい。


 「……ねぇ。レッド」


 落ち着いた声のトーンで、問いかけられた。


 「何かあったの?」

 「……。いや。何も」


 見透かされたくないから、視線を合わせないように下を向いた。


 「……。ねぇったら!」


 強めの声と同時に、俯いた視界のなかにパレットが入り込んできた。

 少し驚いて、2、3歩後ずさりした。


 「何でもないって!大丈夫だから!」


 俺もつい強く言葉を投げかけてしまう。


 「大丈夫じゃないでしょ!何年一緒にいると思ってるの!?レッドになんかあったらすぐわかるんだからね!」


 お互いヒートアップしてしまう。俺はこの事実を教えたくない。

 パレットは俺を心配して言葉をかけてくれている。

 それを俺はわかっているから余計に何も言えなくなる。


 「夫婦喧嘩はそこまでにしなよ~」


 あきれたかのようにサラが口を開いた。

 ……そうだ。サラもこの事実は父さんから聞かされてはいないはずだ。


 「サラ。おちょくるのはやめてくれ」

 「お兄ちゃんこそ、なんか家でもお父さんとコソコソしてたし。絶対なんか隠してるもん」

 「そうなの?サラちゃん?」


 サラの言葉に心が揺れる。


 「うん。お父さんの様子もおかしかったし。ねぇお兄ちゃん。私とパレちゃんにも話せないことなの?私とパレちゃんは知る権利すらないの?」


 さっきと一転したサラの真っすぐな瞳にこれ以上ごまかし続けるのは難しいと思わざるをえなかった。


 「……わかった。もう門限も迫ってきているから。いったん宿舎に戻ろう。それからすべてを話すから」


 もう夜の足音が聞こえてくる。そいつは歩みを止める気はないようだ。

 少しくらいゆっくり歩いてくれてもいいというのに。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 宿舎に戻り、帰舎の手続きを済ませ俺たち三人は訓練場の横のスペースに集まった。

 俺の部屋に集まってもらおうかとも考えたが相部屋の奴に内容を聞かれてはまずいので、ここで話すことにした。


 「……それじゃあサラ、パレット。話すぞ。俺が父さんから聞いた総てのことだ」


 それから俺は総てを語った。

 バケマイティスとの戦況が思わしくないこと。

 それによって二次的徴兵がかかるかもしれないこと。

 そしてそれがもう直ぐ先の未来の話であること。

 話しの途中、パレットは口を押えて驚愕していたが、やはり軍事学生だ。

 飲み込むまでが早かった。

 それとは対照的にサラはひどくショックを受けている様子だった。

 二次的徴兵。

 それが持つ意味を、それが起こす現実を瞬間的に理解したのだろう。

 その瞳一杯に涙をためている。


 「……以上だ」


 暗闇の中の沈黙はやけに重く。

 虫の鳴き声だけが耳に残っていた。


 「ねぇレッド」


 パレットの震えた声が鼓膜を揺する。


 「……なんでもない」


 まるで言いたいことはあるのに言葉を探してもすべて的外れだったのだろう。

 パレットは手を胸の前で握りしめていた。

 不安。恐怖。隠しきれない感情が見え隠れしている。


 「お兄ちゃん!」


 サラの声が重い空気に響く。


 「意地でも生きて帰ってくるって約束してよ!ヘイブ兄ちゃんみたいに私の前からいなくならないでよ!」

 「……サラ」

 「サラちゃん……」


 声をあげて涙を流しながらサラは俺に飛び込んできた。

 父さんはこうなることをわかっていたんだ。

 このサラの表情を俺に見せたくはなかったんだ。


 「サラちゃん。レッドがいなくなるのはつらいよね。怖いよね」


 パレットがサラに優しく声をかけた。


 「でもきっと大丈夫。レッドは強いし、それにレッドがどうしようもなく傷ついたとしても私が傍にいて、癒してみせるから」


 「……パレちゃん」


 パレットの決意に満ちた瞳に迷いはなかった。


 「ほらレッド!サラちゃんに約束して!大丈夫だよって!」


 そしてその瞳は俺に向けられた。

 まるで勇気を分けてくれるかのように。


 「ああ。サラ、また寂しい思いをさせてしまう。不安な思いをさせてしまう。だけど俺にはパレットもいる。独りじゃないからきっと大丈夫だ。こんな嫌な戦争、兄ちゃんが終わらせてくる。約束だ」


 俺にはそんな力はない。今はまだ、ない。


 「うん。約束」


 だけど、サラやパレットのことを思うと俺はもっともっと強くなれる気がする。


 「それじゃあ、レッド。サラちゃん。今日はもう休もう。明日からきっとものすごく忙しくなるだろうから」


 「そうだな。サラ、眠れないかもしれないけど大丈夫だ。兄ちゃんとパレットの声を思い出すんだよ」


 まだ少し不安げに揺れる妹の瞳を俺はきっとこの先、忘れることはないだろう。

 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あくる日。廊下を走る教官たちの慌ただしい足音で俺は目覚めた。


 「全員起床!!支度を整え、直ちに訓練場へ集合せよ!」


 予想通りの展開だった。

 セベック頭領から養成機関へ二次的徴兵の命が下ったのだ。


 「なんだなんだ?」

 「こんなの初めてじゃない?」


 ざわつく学生たちは、これから耳にする事実にどのような反応を示すのだろう。

 軍事養成機関に所属する以上、出兵の命令があれば戦地へ行かねばならない。

 その当たり前を素直に受け入れることができる人間の方が少ないのではないだろうか?

 だって俺たちはあと2年、十分に訓練して強くなってから戦地へ赴くという当たり前があったのだから。


 訓練場に週末の時と同様に大勢の学生が列を作っている。

 しかしそこには、これから休日を迎えるような安寧の念はなく、ピンッと張った糸のような緊張感があたり一帯を包んでいる。

 学長が高台に立ち、俺たち学生を前にし口を開いた。


 「休暇明けの早朝にも関わらず、無理やり起こしてしまい申し訳なく思っている。しかし、事は急を要すためこうして集まってもらった」


 早朝の冷たい空気に学長の声がこだまする。


 「我がヘマタイティス国軍は現在、隣国バケマイティス国軍と戦闘態勢に入っている。この戦線は開戦から15年経過した今でも平衡状態が続いてきた。それはわが軍と敵軍の間の戦力差はなく、互いに拮抗していたためだ。しかし!つい先日。バケマイティス軍は新たな戦闘兵器の開発に成功し、実戦投入されたとの報告があった。わが軍はその新型兵器について何ら対策を練ることはできていない。そこで、セベック頭領から直々に伝達があった。軍事養成機関高等部の学徒に告げる。ここに二次的徴兵を発令し、戦地にて新型兵器の情報収集および戦闘補助を行え!」


 学長の言葉に誰もが驚きを隠すことはできなかった。学長は続けてこう言った。


 「命令は戦闘補助だが、敵陣は迷いなく学徒であろうと攻撃してくるだろう。君たちは戦場へ向かう。命のやり取りをしている現場へ向かうのだ。本来であれば、高等部の全過程を終え戦場へ送り出してやりたいところだが、そうもいかない。君たちには本当に気の毒だが早速、本日の昼過ぎから遠征に向かってもらう。家族に会わしてやることもできず、申し訳ない。残されたわずかな時間、手紙を残すなど自由に使ってもらってかまわない。日が真上に上るころ、高等部の学徒は再度訓練場に集合。遠征任務に出る!」


 学長の少し悲しげな命令に高等部の学生は動くことができず、固まっていた。


 「俺たち、戦場へ行くのか?」


 少し時間が経って誰かが口を開いた。

 そしてそれに続々と続くように誰もが受け入れることのできない現実を嘆きだした。

 膝から崩れ落ち涙を流す者までいた。

 そんな中俺は一人、静かに空を見つめていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あれからまた少しずつ時間は経ち、大半の学徒は宿舎へと戻っていった。


 「レッドよ……」


 聞きなれた声にいつものような覇気はなかった。


 「ナップ。お前は手紙は書かなくてもいいのか?」


 「そういうお前こそ。やけ落ち着いてるようにも見える」


 「まぁ俺は、いいよ。ナップは書いた方がいい。生きて帰ってこれたのなら破いて捨てればいいんだ」


 「僕には書けない。自分が死んだときのために残す手紙なんて、これから死にに行きますってことじゃないか」


 「そういうことになるけど、残された人のことを思うなら、残された人が大事なら書くべきだ。特にナップみたいに家族を大切にしてきた人間は、同じくらい家族から大切に思われているんだ。……何を言いたいかわかるだろ?何の跡形もなく、メッセージもなく急に大切な人がいなくなってみろ。きっと耐えられない」


 「レッド」


 「時間は限られてるんだ。後になって書き損じて後悔したなんてことないようにしろよ」


 「承知した」


 そう言って、ナップは自分の部屋へ向かっていった。


 「……何をわかったようなこと言ってんだよ」


 俺の選択で残される人がどんな思いをするのか。 (覚悟の上で裏切ったんだ。)

 許されるつもりもない。 (許しを乞うつもりもない。)

 馬鹿な息子だと思われたまま、悲しみ打ちひしがれるんだ。 (生きて帰ることができなければ。)


 「……母さん」


 思い出すよ。あの家で過ごした幼き頃の団欒の日々。

 記憶のまま、思い出のまま消さないために、生きて帰る。

 もう一度、ただいまを言うために、それだけだ。この祈りが、届きますように。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 訓練場には中等部を除き、朝の半分程度の人数の学徒がそろっていた。


 「これより遠征を開始する。まずは前線付近の作戦本部へと向かう」


 隊列は大きく3班に分けられており各自のルートで作戦本部へと向かう。

 俺は運よく、パレットやナップと同じ隊に含まれていた。

 今回の二次的徴兵では俺たちエドタイル地域以外からも様々な地域から学徒の二次的徴兵がかかっており、本部に向かう途中で合流をはかるらしい。


 「それでは各自、幸運を祈る!凱歌の鐘を響かせよ!」

 「「「オーーーーーー!!!」」」


 再び若い雄叫びが空へ消えていく。

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