第七章 第一話 戦士の国
―――暖かい。
気が付いて、最初に抱いた感覚はそれだった。
しかし、視覚に自由はない。
強烈な閃光が角膜を通過し、硝子体のなかを無限に、無秩序に屈折しているように感じる。
永遠に続く白の世界。
白い。ただただ白い。
一体なぜ、自分はこのような場所にいるのだろう。
四肢を動作させようとすると、まるで水中にいるような浮遊感を感じる。
しかし、呼吸に問題はない。
ここは何処なのだ。
自分が自分でないような感覚。
……待て。自分とは何だ。
何者なのだ。
記憶を探ろうとするが、まるで手応えがない。
なるほど、自分は何者でもないのか。
しかし、何者でもないのならこの違和感の正体は何なのだ。
そのような無限の思案を巡らせていると、ようやく聴覚が作用し始めたのか、突然の声がやってきたのか、見知らぬ声が聞こえてきた。
「お前が目覚める必要はない。お前はもう世界には存在しない。すべてを委ね、深き眠りに着くといい。」
一方的なメッセージに異議を唱えることもできない。
やがて不完全だった感覚がさらに曖昧になってゆく。
白色に包まれていた視界も少しずつ影が差す。
眼球内の乱反射が解けてゆく気分。
消失の一秒前。
一瞬だけ世界が見えた。
そこに居たのは俺だった。
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「―――!!」
口を塞がれ、口腔の僅かな空間で反響している苦気な声が聞こえる。
陽の光が一切入らない地下空間。
この場所に運ばれてくるのはその生を全うした人たち。
この国の住人は人生最後の瞬間を闇のなかで迎える。
ベッドの周りで家族が最期を看取る。
……僕もその一人だ。
「少し、離れてください。」
スタッフが家族に声を掛ける。
その声とほぼ同時に病床の人間の体が強烈に震え始める。
実際には振戦は何時間も前から始まっていた。
―――死の徴候。
全身の持続的な振戦。多量発汗。眼球突出。
知識のある人がこれらの症状を耳にすれば、甲状腺の機能亢進症を真っ先に疑うだろう。
しかし、この国の住人は常に怯えている。この死の徴候に。
徴候には段階がある。
最初の徴候からしばらくすると視野は狭窄し、最終的に多臓器不全により死に至る。
詳しい原因は解明されていない。
いや、正しくは誰も解明しようとはしないのだ。
僕らの生涯はあまりに短い。
その短い生涯を研究に充てる人はいないのだ。
今ここで横になってその生涯の幕を閉じようとしているのは僕の父親だ。
たしか今年で26歳だと言っていた。
肉親の年齢がうろ覚えなのは仕方がない。
そういう風習なのだから。
悲しみがないわけではない。
しかし、世代が移り変わっていくことは素晴らしいことなのだ。
そう教わってきた。
短き寿命は常に人生という走路を全力疾走させてくれる。
怠惰に溺れる時間などない。
もう一つ、親から語り継がれてきた特徴がある。
それはヒト種の中で、我々は最強部族だということ。
この国は休戦中で、僕は世代でないから直接的には知らないが、戦争が盛んであったころ他の国のヒトと比較すると肉体能力にあまりに大きな違いがあった。
短い寿命と引き換えに得た強大な力。
僕はそれを誇りに思っている。
「……ご臨終です。」
スタッフの声が無機質に鼓膜を揺する。
父親は最後まで立派だった。
徴候の出る一か月前と比べると、ずいぶんと痩せこけた体だ。
僕らはこの症状で間違いなく死ぬ。
誰も僕らを救えないし、救ってほしいとも思わない。
ただ与えられた生を全うするのみである。




