第六章 第十八話 Now I’m Here
「さて……。どうしたものかしら。」
エリーが部屋を去った後、静かに眠り続けるトールを横にパレットが口を開く。
「パレット。詳しい病態について教えてくれないか。」
難しい顔をしたまま手を顎に当て開きにくそうな口を再度開いた。
「さっきも言ったけれど、患者はいずれかの頸椎を圧迫により損傷しているの。」
「それってかなりまずいってことだよな……。」
幼少期に読んだ医学書にも記述があった。
脊椎は神経の通り道で、損傷を受けるとその局在の部位は強い負の影響を受けてしまう。
その程度の事は知っていた。
「うん。正直、首元の痣を見たときには冷や汗をかいた。だって、推測するに第四頸椎か第五頸椎のあたりだったもの。第四だったらどうなっていたことか。」
「どうなっていたんですか?」
その筋の知識を何一つ持っていないアルトが声を出す。
アストは弟の発言と同様の疑問を抱いていたのだろう。彼も同様にパレットに視線を合わせる。
パレットは視線をそっと双子に向ける。
その眼差しに一切の余裕はない。
「……。呼吸ができなくなるの。つまり、死ぬの。……でも、彼の拍動は確認できた。」
「不幸中の幸い、なんですね。」
アルトは少し小さめの声を、トールを見ながら発した。
「消去法だけど、彼の損傷は恐らく第五頸椎に限局していたと考えられるわ。」
「それで?治療法は?何か考えが?」
よくない聞き方をした。
俺も余裕がない。
「まずは潰された頸椎を元に戻さないと。でもどうすればいいか……。」
パレットの深い思考に比例するように彼女は顔を伏せる。
「形を、元に……。」
“元に戻す―――。”
治療と考えれば難しいが、形を元に複製すると考えれば変形能の付与で何とかなるかもしれない。
しかし、知っての通り脊椎は神経の通る精密的な組織。
変形に不備があればどうなるか。
それは容易く予想のつくことだ。
だが、パレットに危険すぎる再建術をやらせるのか俺は。
すべての責任は俺が引き受ける。
世界の希望の灯をこんなところで消すわけにはいかない。
「……俺が、やるよ。」
「は?」
パレットは理解不能、といった表情をこちらに向ける。
「俺の力でトールの損傷部を元に治すよ。パレット、用意してほしいものが―――。」
「ちょっと!ちょっと待って!力ってなに!?」
勢いよく、彼女の言葉が俺の言葉を遮る。
そうだ。あの半年間の特訓を俺は秘密裏に行っていた。
だが、その事実は今ではどうでもいいことだ。
簡潔に“変形能の付与”について説明を行った。
「なるほどね。よくわかったわ。」
パレットは、とても理解のある人間だから直ぐに話を攫んでくれた。
「だけど、内部まで精密に再現する必要が……。あ、もしかして用意してほしいモノって。」
どうやら察してくれたようだ。
「うん。なるべく正確な解剖図がほしい。そして悪いけど、アストとアルトにも手伝ってほしい。」
視線を双子の方へ移す。彼らは無言で俺の言葉に頷いてくれた。
「ありがとう。早速で悪いけれどエリーの所に行って解剖の本がないか―――。」
「何回も口を挟んでごめんね、レッド。解剖の本を探す必要はないよ。私が書くから。」
「いけるのか?」
「もちろん。基礎中の基礎だからね。一晩であなたに完全に教え込む。いい?」
ああ。と返事をすると、パレットは双子に新たな依頼をした。
その旨は麻酔がないか、というものだった。
アストたちはエリーと一緒に探してみるとそれを快諾した。
「じゃあレッド、勉強の時間よ。部屋、案内して。」
パレットは真剣な眼差しを維持したまま俺の案内を仰ぐ。
「……ああ。アスト、アルト。エリーのこと頼んだよ。」
「ええ。」
トールがあのような状況で、エリーがあれだけ平静を保てていたことが驚きだ。
きっと俺たちの前だから無理をしていたに違いない。
今頃部屋で独りきり不安や後悔で肩を震わせているはずだ。
俺はトールの件が終わるまで彼女と顔を合わせないだろう。
……今はそれぞれができることを全力でやるだけだ。
「パレット、こっちだよ。」
その夜、朝が来るまで俺はパレットのレクチャーを受けながら何度も何度も、そこにトールの本物があると想定して練習を繰り返した。




