第六章 第十七話 I WANT JUST,,,
「そんな!どうしようもないって言うんですか!?」
城の大きな部屋にエリーの声が響き渡る。
意識のない、いや生死すらもわからないトールの体を拠点に運び込み、即刻ホームドクターにトールの状態を診てもらった。
ホームドクター、医者と言ってもミラビリス人特有の感染症とすこしの創傷くらいしか知恵のない専門家擬きだ。
そんな擬きにトールを診てもらったところ彼はこう言った。
「命はある。しかしこの状態からどう治すのか。わからない。」と。
そしてエリーは激怒した。
それでも医者かと。
しかし、擬きは続ける。
「専門外だ。」と、つまりこの国では植物状態の人間は死と同等なのだ。
しかもこの国に住む住人達はそれを受け容れる。
つまりエリーの言動は我儘なのだ。
「そんな……。こんなことになるなんて……。」
エリーはその場に崩れ落ちる。
「さっきまであんなに元気だったのに……。もうあの月を、あの景色を一緒に見に行くことも叶わないの……?」
赤い絨毯に涙が零れ、色濃く滲んでいく。
雷の双子もかける言葉が見当たらず、呆然とベッドで横になるトールを眺めていた。
―――長き舌を操る男に刺し違える形で致命傷を負ったトール。
死後硬直により解くことのなかった彼の舌はトールが意識を失った後、偶然か、幸運か。
幾分で硬直は解け、トールは拘束から解放された。
しかし、彼の首の骨、つまり頸椎は圧迫により骨折していた。
さらに窒息状態も数秒いや、数分は続いていた。
……彼の辿った悲劇のシナリオは以上である。
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パレットとともに、戦場を後にし、慣れない帰路を辿る。
彼女は初見の光景に目をあちらこちらに移しながら歩いている。
やはり騒ぎの後だからか人の姿は見かけない。
この国一番の街だというのにその閑散さと違和感に思わず道を間違えそうになる。
いや、間違えるはずはないだろう。
だって帰るべき目的地はずっと視界の中に在るのだから。
「あの城に向かうの?」
まるで幼い少女のように思ったことを疑問としてぶつけるパレット。
「そう。あれが俺たちの今の家。」
「なんて贅沢な……。」
軽くめまいがしそうと、そのようなそぶりを見せるパレットであった、
「それにしてもずいぶんと大きいのね。ずっと見えているのに全くたどり着かないじゃない。」
しばらく歩いたところ、でパレットが嘆息を漏らす。
「まぁ、大きいしね。……。」
城の門を通ってからも部屋に着くまでが長いということを言おうと思ったが反感を買いそうだったのでやめた……。
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あれからまたしばらくパレットを宥めながら歩き続け、ようやく城内の部屋のある区画に着くことができた。
しかし、いつもと様子が違う。
城の使用人たちが皆避難でいなくなっているとしてもなにかおかしい。
あまりに静かすぎる。
「……。何かあったのか。」
そう呟きながら、エリーにパレットを紹介しようと彼女の部屋のドアに手をかけようとしたところだった。
「……?泣いてる?」
部屋からは微かに嗚咽が聴こえてきた。
只事ではないと確信し、迷わずドアを開いた。
「エリー!何かあったのか?」
先ず眼に入ってきたのは床に膝をつき両手で顔を塞ぎ、肩を細かく震わせていた。
そして双子が見つめる先にいたのはベッドに横たわるトールの姿だった。
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「トールが植物状態……?」
エリーは先ほど医師から受けたという説明を漏らさず伝えてくれた。
「もう手の施しようがないって言われて……。」
理解するのに少しだけ時間がかかった。
その言葉をそのまま聞き逃したかった。
だけど、瞼を閉じたままのトールのその顔がそれを赦してはくれなかった。
「私にも彼を診させてもらえませんか?」
「え―――」
俺のうしろから声。
「はじめまして。レッドの幼馴染のパレット・トラウトといいます。よろしくお願いします。」
エリーは感情の整理がうまくついていない様子だったが、それでもよろしく、ときちんと挨拶を返していた。
その“よろしく”には恐らくトールのことも含まれていたのだろう。
「……失礼します。」
パレットは丁寧にトールの体に触れていく。
続いてトールの発見時の状況を聞いていく。
「……。うん。なんとなくわかったかな。」
しばらくたってパレットはトールから視線をこちらに向けた。
「まず、頸部を強く圧迫されたことによって中にある頸椎に損傷が起きています。」
その場にいる誰もが静かにパレットの声に耳を傾ける。
「この頸椎には重要な神経がたくさん詰まっているんです。当然部位によってその所在も大きく変わってきますが……。」
エリーは静かに息をのむ。
「えっと。現状況で患者は浅いですが自発呼吸ができています。そのため上部の頸椎の損傷ではないと考えます。そこは不幸中の幸いでしょうか……。」
「じゃあ、しばらくしたら目を覚ますの!?」
エリーの声が弾む。
しかしパレットの表情は一つとして変わらない。
「まだ安心できない状況です。患者には窒息状態の時間がありました。脳への無酸素の時間がどれくらいあったのか……。そこで後遺症の重症度が変わってきます。それに頸椎の損傷があることは事実。その治療も行わないといけませんし、恐らく上肢のどこかに障害が残るかも……。」
「その治療はあなたにお願いできるの?」
「え?私?」
全員の視線はさっきからずっとパレットに集まったままだ。
「えっと……。私には難しいです。簡単な治療ならまだしも神経系の外科術なんて……。そもそもこの世界中さがしてもできる人なんていないかもしれない。」
「じゃあ、もうだれもトールを救うことは……。」
重たい空気に思わず顔が沈みそうになる。
「エリー。なんとか方法を探ろう。俺とパレットで今夜は考えるから。今は今日の疲れをいやすんだ。」
このままだと埒が明かない気がしたので提案した。
「そうですね。エリーさん。少し時間をください。必ず最善を尽くすことを約束しますので。」
エリーは大人だった。
俺たちの提案を大人しく呑み込み静かに部屋を後にした。
重たい扉の閉まる音が俺たちを空間に閉じ込めた。




