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黒い夕闇 -Light Of Day-   作者: SOUTH
CHANGE THE WORLD
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第六章 第十三話 Flash And Shadow

 「いいかげん!逃げ回るのは!よしなさい!」


 長すぎる黒髪を操る女は攻撃の手を緩めない。

 いや、正確には手ではなく髪なのだが、それはまるで触手のように絶え間なく襲い掛かる。


 「頑張って!サリー!」


 白馬はひたすらに駆ける。

 どれだけ遠くへ行こうとも無尽蔵に髪は追ってくる。


 「一体どんな毛根をしているの!」


 容赦なく地面を突き刺し抉るそれを一体誰が髪の毛というのか。

 対策も対応も思いつかぬままだ。

 サリーに乗馬したままではサリーは攻撃に身を転じることができない。


 「エルシア様!」


 私の名を呼ぶ声が門の近くから聞こえる。


 「あれは、わが兵たち……。民の避難は済んだということ……。待って、生物兵器を!」

 「エルシア様の援護をするぞ!」

 「だめ。まだあの三人が……。」


 彼らは鉄の剣を片手に勇猛果敢に長髪女の元へ飛び込んでいく。

 どうやらこの様子では誰も召喚術式を唱えてはいないようだ。

 そうだ。そもそもこの軍を構成している兵士たちはもともと革命派の一派。

 力自慢の者たちばかりだ。

 そもそも彼らのレベルでの召喚術は詠唱が必要だ。

 そのために召喚術よりも力勝負の方に分があると踏んで攻め込んでいるのだ。

 兵たちは雄叫びを上げながら女に攻寄る。


 「……汚らわしい獣たちですこと。臭って仕方がないですわ。」


 女は、ひらりと身を回し男たちから目を背く。

 いや、目を背けたのではない。

 髪の毛を彼らに向かせたのだ!


 「だめだ!お前たち今すぐ離れろ!」

 「手遅れですわ。」


 ……遅かった。自分に攻撃が集中されていると思い込んでいた。

 いや、自分に攻撃されているから“彼らへの攻撃”が不可能だと思い込んでいた。

 しかし違ったのだ。

 女のこちらへの攻撃は緩むことなく、兵士一人一人を確実に、洩れなく毛先で突き刺してゆく。

 兵士たちの苦しみや痛みが声となって聞こえてくる。


 「やめろ!やめてくれ!皆を逃げるんだ!」


 私の声に応じるように、兵士たちは踵を返しなんとか門の方へ駆け出す。


 「逃がしませんわ。」


 しかし、女は逃げ出す者も容赦無く追いつくす。


 「うわあああああ!」


 兵の命が一つ、また一つと消え失せていく。


 「お願い!もうやめて!」

 「まるで女の子のような声を出しますのね……。」

 「―――!」


 しまった。我を忘れていた。


 「私、そういう殿君も好きよ。可愛くてつい苛めたくなっちゃう!」


 そういうと長髪女は生きている兵を一人、その髪の毛で四肢を巻き込み空中へ持ち上げた。


 「なにを……?」

 「ふふ、言ったでしょう。あなたを苛めるの。」


 そういうと、女はこれまでの攻撃時とは打って変わって細い一束の髪の毛を拵えた。


 「こんなところかしら。よく見ておきなさい。」


 そして、次の瞬間。

 女はその一束を、持ち上げられた兵の左腹部に突き刺す!


 「あああああ!ああ……。」


 兵の苦しげな声が聞こえる。

 この声は非常に苦しい。

 たとえ兵だとしても、その人はわが国に住まう民に変わりはない。

 民が傷つけられるのは王として、いや一人の人間として心を痛めずにはいられない。


 「お願い!もうやめて!」

 「ふふ。そのリアクション。嬉しいわ……。」


 再び、同じような細さの毛束を今度は3束……!


 「ああ!あああ!痛い!助けて!ああ!」


 その声に思わず耳を塞ぎたくなる。

 その声が私の命を削っていく。

 その声の方から目を背けたくなる。


 「死ぬ!助けて!」

 「うるさい人ね……。」


 女は兵の口元を塞ぐように髪の毛を巻き付ける。


 「どう?若き麗しき王よ。もっと、もっと声を聴かせて……。滾るの、滾るの!!」


 女の行動は留まるところを知らなかった。

 兵への刺突を幾度か行った後、なんと女は兵の眼球を潰した。

 籠った兵の悲鳴が聞こえる。


 「……やめて。」


 私が助けなければ、あの兵はこのまま死んでしまう。


 「私はもっとイイ声で啼いてほしいのだけれど?」


 助けたい。今すぐ苦しみから解き放ってあげたい。


 「聞かせて!もっと!貴方の!本当の声を!」


 そしてこの女を倒したい。

 私が倒す!


 『―――貴女独りだけではないの。私もいるから。』


 どこからともなく声が響く。

 聞いたことの無い声のはずなのに、温かくて心地がいい。


 「誰、なの?」

 『ここ。貴女の傍。』

 「まさか―――。」


 白馬を見つめる。


 「……サリー?」

 『ええ。私達で倒すの。』


 白馬の瞳も私の目を真っすぐに見つめ返す。


 「どうやって、私達に倒せるというの?」

 『大丈夫。信じて。そして祈って。貴女の祈祷で私は強くなる。』


 サリーの言葉に偽りの影を感じることは微塵もなかった。

 祈りの力は本物である。真実である。

 召喚術の根源の力とは祈りの強さに相関する。

 そして術者を取り巻くすべてが影響因子アーチファクトとして作用する。

 その影響因子を取除き召喚術の純度を上げること、そして祈りの強さを向上させることでよりよい召喚が実現される。

 しかし、私は常日頃から最大の祈りを捧げてきたつもりだ。

 これ以上など……。


 『私を信じるの。私は貴女のただの召喚獣ではない。完全なる信頼で結ばれたパートナー同士なの。その事実を把握して、祈祷を捧げて。』


 召喚獣と術者の信頼関係……。

 考えたこともなかった。

 そうだ。もうサリーと私はただの従者の関係ではない。

 色々なことを分かち合ってきた信頼のおけるパートナーなんだ。


 『そう。貴女の祈りはこの世界の誰よりも美しく、透き通っている。それが私を強くする……。』


 私達で、この悪魔を倒すんだ!


 「ちょっと、無視ですの?」


 嘆息。それは呆れ果てたことの合図でもあった。


 「いいわ。もうこの玩具にも飽きました。使い古された薄汚い玩具は誰の目も引かないですもの。」

 「―――人の命を。」

 「なんですの?」

 「人の命を道具みたいに言うな!」


 私を包む感情の起伏。

 それに呼応するように白馬が輝く。


 「サリー!力を貸して!」


 白馬は宙高くを飛ぶ。いや、駆けあがる。

 そして、その背中からは美しすぎるほどの輝きを放つ白い翼が生えた。


 「美しい。とても―――美しい。」


 長髪女の瞳が天馬の輝きで満ちる。


 「サリー!」


 私は叫ぶ。

 この女に無残にも殺された命の仕返しを。

 私は叫ぶ。

 これまでの弱き自分との決別を。

 私は叫ぶ。

 これからの未来との邂逅を。


 「光よ。悪を滅せよ!」


 天馬は光を放つ。

 それは物質的であり、触れることのできる光。


 「浄化せよ!総ては還る。そして巡る。祓え!その影を!」


 光が女の元へ迫る。

 それは希望の光だ。

 しかし女にとってそれは絶望の塊、権化に他ならなかった。


 「来るな……。来るな!」


 女は声を上げる。

 それは拒絶を露骨に表す高い音。


 「あなたを赦すことはできない。命を道具のように弄び、消費した。それは戦争としての不可抗力の殺人ではなく、愉悦を求めての殺人だ。私はあなたを決して赦さない。」


 光が女を通過する。

 そう、ただ“通過”したのだ。

 光が女の体を傷つけたわけではない。

 本当にただ“通過”しただけなのだ。


 「え……。なんともないじゃない。」

 「……。」


 王は気付いている。

 この光の意味を。

 この光は浄化する。

 浴びたものの罪を清算するのだ。

 犯した罪を、そのすべてを清算する。

 これまでの行いをかの者において再現する。

 それをこの光は可能にするのだ。


 「あなたはこれから死にます。……残された命で、残されたわずかな時間で、考えてください。」

 「何を言っているの?私が死ぬとはどういうことなの?」

 「罪を償ってください。もっともその償いを誰も見届けないし、誰も認めはしないでしょう。なので、自ら満足してそのまま死んでください。」

 「待って!待ちなさい!」


 女は髪を道具のように扱おうとする。

 しかし、髪は、能力は応じてはくれない。

 それが償いの始まりであることを証明していた。


 「ああ、嘘……。」


 王は踵を返し、落胆の声を背にする。

 宙の天馬は黄金の光粒子となって消える。

 背後から聞こえる嘆きの叫びに振り返ることもなく、王は歩き続ける。

 ――――あまりに大きすぎる悲しみが彼女を待っていることに気づかぬまま。

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