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黒い夕闇 -Light Of Day-   作者: SOUTH
不屈の剣
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第一章 第三話 戦う理由

 ―――また夢だ。

 間違いない。

 これは記憶の景色だ。

 そして俺は俺であり、しかし俺ではない。

 そう、”現在”の俺ではない。

 ……これはまたずいぶんと昔だ。

 背丈もあまりなく、手も小さい。

 無力とはまさにこのこと。

 そして、視界に広がるのはそこに収まりきれないほどに大きな数多もの木々。

 そんな散乱する視線を一点に留めたものはひとつの剣だった―――。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 『明日の門限までには帰ってくるように!それでは全員、解散!!』


 週末を迎えた学舎の訓練場に教官の声がこだまする。

 中等部から高等部までのおよそ2000人程度の学徒が荷物をまとめ勢揃いだ。


 「やぁやぁレッド!今日は日差しがとてもいい朝だなぁ!」


 やってきたのは同期のナップだ。

 今日も今日とて元気溌溂としている。


 「ああ、おはようナップ。お前もこれから家に帰るのか?」


 養成機関では毎週末に学徒は実家へ帰ったりする外泊の許可が下りる。

 それを生きがいに訓練に励んでいる奴もいる。


 「もちろん!父上と母上に僕の元気な姿を見せてあげるのも一人息子として重要な任務よ!」


 あまりにも透き通った笑顔を見せる。


 「確かに。ナップのそういう家族思いなところは素直に尊敬するよ。俺なら恥ずかしくてそんなこと言えない」


 「なにぃ?レッドよ。家族が大好きだという気持ちのどこに恥ずかしがる要素があるというのだ?なんだったら今ここで叫んだっていいぞぉ。父上、母上、愛してるぅ~ってな!がははは」


 「やめろやめろ。わかったから。うん、気を付けて帰れよ」


 「それはお互い様だレッド。また週明けに会おうぞ」


 ナップと軽い別れを告げ、彼のうしろ姿を見送った。




 「今日もナップは大変元気がよろしいようで」


 「ホント。お兄ちゃんも変な人と仲良しなんだから」


 パレットとサラの声だ。俺とナップのやり取りの始終を見ていたのだろう。


 「まぁそう言ってやるなサラ。家族思いのいい奴なんだ。少し変なだけで悪い奴じゃない」


 地面に置いていた荷物を抱え施設の出口へと足を進める。

 いつもの3人で肩を並べ、家路を辿る。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 街の通りに入った。

 いろんなお店が並んでいて奥に抜ければ住宅街がある。

 俺とパレットの家は近所で、住宅街をさらに抜けたところに住居を構えている。


 「……あっ」


 住宅街に入ったところでふと、サラの足が止まる。


 「それでは行って参ります。父さん、母さん、必ず生きて帰ってきます」


 軍服を着た若い兵士が自らの家の前で親に別れを告げている。

 積極的徴兵を受けたのだろう。

 目の前で家族が引き裂かれるのを見て、サラは言葉を失っている。

 やはりまだ心の傷は癒えてはいない。

 若い兵士が歩き出す。

 俺たちは養成機関の制服を着ているものだから後輩の存在に気付いたのだろう。

 彼が話しかけてきた。


 「やぁ、こんにちは。未来の兵隊さん。見たところ高等部と、中等部の子もいるね。そうか、週末だからちょうどお家に帰っているところか」


 何とも言えない表情。

 名付けようもない感情だ。 


 「……はい。その、徴兵が掛かったんですね」


 「うん。どうやらバケマイティスとの戦況があまり思わしくないらしい。僕たちも二次的徴兵がかからないように全力を尽くすよ」


 この決意はやはり”戦士”だからだ。

 

 「はい。ご武運を祈ってます」


 「ありがとう。残された家族との時間を大切にね」


 「……はい」


 あまりにリアルなその言葉に息をのみ、俺たちは再び家路についた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 『――エライド診療所』


 我が家の看板が見えてきた。パレットと別れて家の前まできた。

 週末は午前中だけの診察だが、まだ昼前。

 仕事の邪魔にならないように裏口から鍵を使ってただいまをした。

 家族5人で暮らしていたときに比べずいぶんと居間も広く感じる。

 部屋の片隅には大きな本棚があり、中にはたくさんの医学書がある。

 この医学書で言葉を学んだようなものだ。

 ふとサラがおもむろに古びた医学書を手に取って適当にページを開いた。


 「レッド兄ちゃんはさ、ヘイブ兄ちゃんがまだ生きてると思う?」


 サラの急な質問に俺は口を開くことができなかった。


 「もうあれから4年も時間が流れてさ。いつまでたっても帰ってこないしさ、手紙すらもないし」


 「サラ……」


 「ごめん、お兄ちゃん。でも私、認めたくないの。だって、だって……」


 「わかってる。わかってるよ。サラ。兄貴が生きてる証拠はないけど死んだって証拠もないんだ。普通なら遺品とか遺骨とか届くだろ。それがないんだ。きっとどこかで元気にやってる」


 いつの間にか太陽は雲に隠れ、窓からの日差しは絶え部屋は少し暗くなっていた。


 「兄貴のことは俺にまかせろ。俺が出兵したら探しに行ってやる」


 「ありがと。……でもそうしたらまた寂しくなっちゃう」


 「大丈夫。サラは強い子だ」


 かける言葉が見つからなくて苦し紛れになんとか捻り出した言葉だった。

 サラの唇がかすかに動いた気がした。その声を聞き取ることはできなかった。

 (「…私、そんな強くないよ。」)

 窓の下にある写真立てには父さん、母さん、ヘイブ兄さん、俺、サラの5人が笑っていた。




 「おお、帰ってたのか。レッド、サラ」


 「おかえりなさい。レッド、サラ、ごはんまだでしょう?これから支度するわね」


 「ああ、父さん、母さん、ただいま」


  とても安心する空気が居間を一杯にする。


 「レッド、ちょっといいか?」


 「ん?うん」


 父さんに呼ばれ、後についていく。向かう先は父さんの書斎だった。


 「母さんとサラに聞かれたらまずい話でもするの?」


 「ああ……。いや、いずれはわかることだが、バケミティスとの戦況が悪化しているらしい。昨夜、組合の代表から聞いたんだ。上のやつらは二次的徴兵を行うことを検討しているらしい」


 「え!?そんな!?」


 「まだ確定したわけじゃないが、近いうちに確実に行われるはずだ。セベック頭領は二次的徴兵に関して決定を渋っているが時間の問題だろう」


 「……嘘だろ」


 「私も非常に残念だと思う」



 重い沈黙が書斎を包む。思考が巡らない。一体戦場では何が起こっているというのか。


 「なぁレッド。一つ提案があるんだ。今からでも医学の道に来ないか?大変だとは思うがレッドならできるはずだ」


 思いもよらない提案に仰天した。俺が辞める?兵士を?


 「もうお父さんもな、母さんとサラの悲しい表情を見たくないし、ヘイブに続いてレッドにまで何かあったら、もう耐えられん」


 「父さん……」


 「もちろん、レッドがヘイブと同じように立派に戦いたいというのであれば止めはしない」


 父さんは俺に対し背中を向け窓の外を見ていた。


 「明日、また学舎に戻る前に答を聞かせてくれ」


 窓の外はひどく土砂降りだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 屋根を叩く雨の音はあれから一向に止む気配はない。

 昼食を食べ終わり軽い眠気に襲われたため、自分の部屋のベッドで天井をただ眺めていた。


 『医学の道に来ないか?』


 父さんの言葉が頭の中で何回も反芻される。

 俺はどうしたいのだろう。

 そもそも何のためにあの施設に俺は通っているのだろう。

 小さいころの記憶がよみがえる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 N.E.199年。レッド・エライド6歳の時、エドタイル地域にて。


 「ヘイブ兄ちゃん!どこー?」


 兄貴と散歩に来ていた俺は好奇心のまま歩いていたら、いつのまにか兄貴とはぐれてしまっていた。

 その日の森は、やけに薄暗く不気味だったように記憶している。

 どれくらい歩いたろう?兄貴には会えないし森は怖いので泣きそうになっていた。

 すると茂みの奥から数人の男たちの声が聞こえたので、声のする方へ歩いてみた。

 聞きなれない言葉のアクセントだ。


 「――――――だ」

 「―――――じゃ――」


 だめだ。なんて言ってるのかまではわからない。

 ヘマタイティス人じゃないのかな?この人たちに助けを求めていいのだろうか?

 それよりも逃げるべきでは?幼い知能はすぐにキャパオーバーしパニック状態に陥ってしまった。

 とても怖かった。とにかくその場を離れたかった。

 気が付いた時には走り出していた。

 小さな体を精一杯に揺らして夢中で駆けていた。

 当然、謎の集団に見つかってしまう。背後から複数の追跡を受ける。

 

 「誰かーー!助けてーーーッ!」

 

 逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。もう足も体力も限界だ。

 いつ転んでしまうかもわからない。

 すると背後からなにかを唱えるような言葉が聴こえた。

 その瞬間、俺の体の右側を青い光が通って行った。

 

 「いぃいっ!?」

 

 右腕に激烈な痛みが走る。あの光をもろにくらってしまった。痛みにたまらずうずくまる。


 「……」


 もう助けも呼ぶための声も出せない。視界が霞む。何故か右腕の再生もできない。

 多分このまま意識を失って、そのまま殺されてしまうのだろう。

 暗闇が視界を覆う。

 ……幻かどうかはっきりしないが、確かに見た。

 男が現れた。

 その男は左腕を大きな剣に変化させた。


 「……。お兄ちゃ……」


 それからの記憶は残っていない。

 目が覚めたころには知らない天井と知らない布団、知らない匂いがした。


 「ここは……?」


 「目が覚めたか」


 低く優しい声の方に視線をやると30代くらいの褐色の男が、そこにいた。


 「右腕は痛まないか?……再生のきかない傷なんて初めて見た。傷自体は浅かったから動脈や神経には損傷はないはずだ。よかったな」


 右腕を見ると手当されていたことに気付く。

 意識をなくした俺をこの人が助けてくれたんだ。

 だとしたらあの集団は?この人がやっつけてくれたのか?


 「ありがとう。お兄さん。あの変な人たちは?お兄さんがやっつけてくれたの?」


 「いや、まぁ変形して威嚇したら奴ら逃げてったよ。でも本当にぎりぎりの所だった。間に合って良かった。その傷、治るといいな」


 その男の瞳はとても優しく温もりを感じた。


 「森の外まで連れてってやる。親御さんも心配しているだろう。ほら、立てるか?」


 男の大きな背中に背負われ、慣れた足取りで森の路を街の方へと歩いてゆく。


 「お兄さんは何者なの?」


 「俺か?俺はまだ徴兵のかかっていない兵隊さ」


 「兵隊さんになったら俺も強くなれるかな?」


 「どうかな。強くなりたいって毎日願いながら鍛錬を積めば必ず結果はついてくる」


 「自分次第ってこと?」


 「もちろん。本当の自分のことは自分にしかわからない。坊主のことは坊主にしかわからないんだ。だから自分から目を反らしている人は一生、真実の自分となんて出会えないし、努力を続けることもできない」


 「……ちょっと難しい」


 「ははは。もう少し大きくなったら自然と理解できるようになるさ。とにかく自分からは目を逸らさない。向かい合って、真っすぐに受け止める。逃げたらだめだ。一番近くにいる自分からは逃げ切ることなんてできない」


 「うん、頑張るよ。俺もお兄さんみたいな兵隊さんになる」


 「そうか。いつか戦場で会うことがあるかもな。坊主名前は?」


 「レッド・エライド。お兄さんは?」


 「俺の名前はアダム・ス・イーサン」


 「アダムさん。また……会えると……いいな……」


 「レッド?ああ、眠ったか。……また会おうな」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 


 目覚めたら朝でいつもの布団の中だった。

 叱られるとばかり思っていたけど、親からも兄貴からも叱られることはなく、むしろ兄貴からは目を離してごめんなと泣きながら謝られた。

 あれ以来、アダムさんには会えていない。感謝の言葉もきちんと言えていない。

 それに、サラとも約束した。戦場に行ったら兄貴を探し出すって。


 「俺にはあるんだ。戦場へ向かう理由が。逃げちゃいけない。眼を逸らしちゃいけない!」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 

 「おはよう。父さん。いいかな?」


 「ああ、レッドか」


 明くる日、俺は昨夜考えた自分のこれからの身の振り方を父さんに打ち明けることにした。


 「答は得たのか?レッド」


 「うん。聞いてほしい。俺はやっぱり戦うよ。父さん」


 「……。そうか。やはり止められなかったか。イーサンがレッドを抱えてきたあの日から、お前に癒えない傷を残したあの日から、こうなることは決まっていたのかもしないな」


 「俺は、逃げないって、目を逸らさないって決めたんだ。俺を形作ってくれた憧れたちに背中を向けるわけにはいかない!」


 「なるほどな。……レッド。大事な私の息子よ。もう日が二度上るころには徴兵の令が下るだろう。そうなれば施設から直接、戦地へ派遣されるはずだ」


 「……。ということは今日が最後の、この家ってこと?」


 「”最後”はよしなさい。必ずお前は帰ってくるんだ」


 「うん、そうだね」


 「そうと決まれば今日の診療はお休みだ。レッド、今日は家族でゆっくり過ごそう。ゆっくりと」


 「ああ、わかった」


 決意を決めた二人の表情には触れられない何かがあった。

 大事な大事な時間が過ぎてゆく。時計の針は止まってくれたりはしないのだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 夕方になって門限の時間が近づいてきた。


 「それじゃあ、父さん、母さん。行ってくるよ」


 「いってらっしゃいレッド。サラ。また次の週末を楽しみにしているわ」


 母さんはなにも知らない。教えてあげることはできなかった。

 父さんは一度うつむいてからこう続いた。


 「レッド、頑張ってくるんだ。お前は強いから、きっと大丈夫だ」


 その言葉は俺が養成機関に入学するときに父さんがかけてくれた言葉だった。


 「……父さん。ありがとう行ってくる。母さんも、ありがとう。ほらサラ行くよ」


 「は~い」


 サラと共に我が家を後にする。愛しい愛しい我が家を後にする。

 大事な大事な家族から遠ざかっていく。

 少し歩いてから振り返ってみた。

 父さんも母さんもまだ表情は見える。

 母さんはいつものようにあたたかな笑顔を、父さんは優しい決意の笑顔を俺に向けていた。

 涙が溢れそうになったけど、堪えた。途中パレットと合流するから涙の跡は見せられない。

 最後にもう一回手を振って、


 「行ってきますっ!!!」


 そう叫んで夕日の中へ俺たちは溶け込んでいった。

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