第六章 第九話 You’ve Got It
「「CHANGE TO EVOLVE!!」」
稲妻が幾重にも折り合う。
幾重にも、幾重にも。
繊細で薄い紙のように、世界を柔らかく包み込む。
そこには有限など存在しない。
もちろんそれは雷に限った話だが。
しかし、狂人には一切を理解することはできない。
―――いや、彼に限ったことではない。
この世界の持ち主、つまりこの双子以外の人物がこの領域に取り込まれた場合にもそれは適応される。
「あははは!ここはどこ!?キミハどこ!?」
雷の空間は半径20mほど。
密閉された暗闇に、狂人の声がよく響く。
「どこカナー?どこカナー!?どこカ――――!?」
狂人の背後からだった。
それは先刻、何度も行われた意味のない光景。
雷を纏った右手が狂人の胸元を貫く。
「―――アハハ!後ろからコンニチハ!」
狂人は心臓、肺を潰されているにも関わらず発声する。
雷はそれを理解しているためか、早々にその手を引き抜く。
「エヘヘ!あれぇ?もう一人はドコかな~?」
『二人ともここにいるさ。』
暗闇の空間に“二重”の声が響く。
「ひとりだよぉ~?」
狂人の言葉に嘘偽りはなかった。
この空間に立っているのは狂人と雷を操る戦士が唯一人。
『お前の前に立っている一人こそが、俺たち二人だ。』
「??」
狂人は理解できない。
そう、繰り返しになるが誰も一切を理解できないのだ。
……この空間の中では。
『お前の治癒が数多もの命を食したことで手にしたものだとするならば、僕達は二人の力を一つにしてそれを乗り越えよう。……本物の死を、お前に与えてやる!』
「アハハハハハハハハ!もっともっと!タノシイデキルーーー!」
戦士は短剣を取り出す。
それは父親の形見。
刃一帯が雷を纏う。
しかし、一瞬それを覗かせたと思いきや、雷は刃の中へ戻っていった。
「タノシーーーーー!」
『はぁ!』
狂人が右腕を撓らせ攻撃を仕掛ける。
戦士はそれを見切り、短剣でその右腕を切断した。
しかし、その切断面からの出血はない。
そして、その切断面からの再生も始まらない。
なぜなら、まだ攻撃は“続いている”からだ。
眼に見えないほどの微量な、だけど強力な電撃が男の傷口に在り続けた。
「なんで?なんで?なんで?」
『痛みもないだろう。ただ、切れた先からの感覚はないだろうけど。』
狂人からは苦痛に悶える表情もなければ、痛みに堪える悲鳴もない。
ただ不思議そうに、あるはずのない右腕をまるで在ったときと同じように動かそうとしている。
「なんで?なんで?なんで?なんで!!!」
それは怒りなのかわからないが、勢いに身を任せ狂人は突っ込む。
『捕捉。座標特定。照射準備。……完了。』
戦士は右腕を突き上げる。
『……放て。Concentrated Blitz!』
空間の壁四方から戦士の指示した通りに大量の電気の槍が狂人を突き刺す。
突き刺して、突き刺して。その数は数百に到達するかというものだった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!……ア?」
狂人の胴体を集中的に刺突した槍たちは、まるで狂人本体に馴染んでいくかのように体へと溶けていった。
そして当然、痛みはない。
また、再生もしない。
しかし、今回は狂人にとって先ほどの右腕とは話が違う。
胴体を風穴まみれにされたのだ。
男には心臓もないし、肺もない。
消化器もなければ、肝臓もない。脾臓もないし、膵臓もない。
それらが再生しない以上、血液は巡らず、細胞は酸欠に陥り生体は崩壊する。
生命維持などできるはずがないのだ。
分裂できる細胞があるから再生する。
そう、男は真実の死を受け入れる他ないのだ。
「な……ナン、デ?」
その疑問は至極当然のものだ。これまでできていたものが突然できなくなる。
当たり前に、まるで習慣のように行ってきたものが突然できなくなる。
そして訪れる死への恐怖。
狂人はこれまで味わったことの無い感覚に戦慄していた。
そう、初めて恐怖したのだ。
「ナん、でなおらないノ?ど、して?」
『……。』
「ああ、怖い。怖い。」
『……。』
「コワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワ――――――。」
『……逝ったか。いや、お前の方が怖いって……。』
雷の世界は崩壊する。
音もたてず、ただ元の現実へと置き換えられていく。
あるべきものがあるべき場所へ、そして現実にはなかったものは消えていく。
一つとなった双子も、元の姿へ、元の二人へと戻ってゆく。
「……死ぬかと思った。」
「痛い!痛い!右肩が!」
当然傷も元通りである。
「ちょっと、今手当てするから!アスト!我慢!」
「ぎゃ~~~~~!」
アルトの荒々しい応急手当で、傷口は塞がり簡易な運動であれば差支えなかった。
「いや、しかしうまくいくとは思わなかった。」
アルトが直前の戦いを振り返る。
「半年間の努力。そのすべてがこの技に詰まっているといってもいい集大成だ。」
「イライザさんのスパルタ……。ああ、思い出すだけで興奮してきた。」
「変態かよ。」
「冗談。しかし、難しかったな。こいつを倒すのは。」
「うん。あそこまで繊細さを求められる攻撃はないね。」
「ミクロン単位の大きさの電撃……。いや、人間のできる技じゃないって。」
「だけどやってのけた。でしょ?」
「まぁ、史上最強のバケマイティス人。アルト様にかかればこの程度?どうってことないですけど?」
「ばかたれこの。」
「へへ。すいません。」
「……レッドさんは大丈夫かな。トール君もエリーさんも―――――――。」




