第六章 第六話 Raise Your Hands
悲惨な光景を見た。
部下に哀れにも殺される上司の姿を。
そして、やや遠くからそれを見ていた僕らは同じことを思ったはずだ。
「あれって、レッドさんと同じ?」
その部下が変化させた左腕は大きな剣となり、まるでレッドさんと鏡写し。そのように感じられた。
「能力自体は同じなのだろうね。ヘマタイティス人に固有の能力の一つ。変形。」
「レッドさんと同等の力を持つ人がいるなんて……。レッドさんは特別だと思っていたけど、その特別は唯一ではなかった……。」
二人の剣士が互いに剣を交わし合う光景を見て、恐怖した。
拮抗する戦況。レッドさんは常に全力で戦う人。
今この状況も全力で戦っているということ。
拮抗する実力。それはつまり敵の実力がレッドさんの実力に対し、不等号が右にしか向かないということだ。
門外での戦いも次第に淘汰されてきた。
残るものは実力者か、臆病者か。
しかし、その戦場へ招かれざる客が登場しようとしていた。
「ボクも混ぜてよ……。」
背筋が凍った。
耳に入れるにはあまりに不快で、身体が拒絶反応を起こすような声が背後から響く。
「アストから離れろ!」
アルトが謎の男に向けて電撃を放つ。
「えへへへへ。」
不気味な笑いを漏らしながら、男は僕の背後から距離をとる。生きた心地がしなかった。
「アスト、平気?」
「ありがとうアルト……。あいつ、気配を全く感じなかった……。」
「そうだね。なんか気持ち悪いし……。下水道に住んでいそう。」
「なんかわかるから嫌だな。その例え。」
砂埃を巻き込む風に乗り、また奴の気持ち悪さのみの声がこちら側に届く。
「えへへ。双子ちゃんかな?へへ。殺してもいい?」
「だめだ。アスト。こいつ殺ろう。」
「賛成。」
二人で左右対称のファイティングポーズを構える。
その拳は不快の塊へ向いている。
「うぇへ。えへへ。食べちゃうよぉ。」
「本気で気持ち悪い!」
アルトは心底から拒絶反応を引き起こしていた……。
「えへへ。へへへ!」
男が突撃してくる。その速度は人体のそれをはるかに凌雅していた。
「速い!」
男が突進の対象としたのはアルトだった。
アルトは激しい電撃を散らしながら、その突撃を耐えている。
地面は抉れ、跳躍の衝撃で所々に倒れていた兵たちが吹き飛ぶほどであった。
「へへへ!楽しいなぁ。」
男はアルトの電撃を食らいつつもなお、突進の勢いを抑えない。
そしてそれを抑制しているアルトも相当の気迫だ。
「―――――!僕に触れるな!」
アルトは後ろにのけぞるように、男の突進の勢いを利用して男を後方へ投げ飛ばした。
「あははははは!飛んでるぅ!」
「笑っているよ……。飛びながら……。気持ちわる……。」
息が上がりながらも、悪態を吐くアルトには感心しつつも、その性格の悪さがにじみ出ている瞬間だと痛感する。
「こんな弟にしたつもりはないのだが……。」
「へへ!もっともっと!」
男は吹き飛ばされても無様に転がる様を見せることはなく、先程となんら変らぬ表情を見せる。
「もう変態じゃん……。」
「一筋縄じゃ行かない相手だってことだね。……この半年間のスパルタ教育の成果を見せる時だよ!」
僕の言葉にアルトは一度、天を仰いでからこう続けた。
「なるべく奴には触れない方向で!」
「やるぞ!」
「うん!」
二つの拳が天を突き刺した。




