第六章 第三話 Ache Of Sword
「エルシア様!」
静かな朝だった。
民たちの興奮と激しい眼差しをこの身に浴びてから、すでに四日ほど経過しようとしていた。
しかし、そのような静寂は一瞬のうちに崩れ去った。
「どうした?血相を変えて。」
「国境付近の兵士から報告がありまして、人がまるで波のように押し寄せてきたと!」
息の上がったまま報告する守衛の声が、緊急事態であることを明確に表していた。
「……。今どのあたりまで進行してきている?」
「もう半日もすれば城都へと……。」
「まさか、こんなにも早く……。市民のみんなの避難を最優先に!」
「わかりました。迎撃はどうなさいますか?」
「それは考えなくてもいい。お前たちはとにかく市民を避難させろ!」
「はっ!」
守衛が駆け足のまま部屋を後にする。
一般の兵に、レッドたちの存在はまだ話せていないままだ。
このような状況で一般兵を戦いに参加させれば、間違いなく生物兵器を使う。
いくら防護の手段があるとしても、それは危険すぎる。
だから、今回は生物兵器を使わないまま敵兵には退いてもらうほかない。
「とにかく今はレッドたちに……。」
「なんだって!?」
部屋中にレッドの声が響き渡る。
「……すまない。大きな声をだして。」
「いや、いいのだけれど報告の方角からだとヘマタイティス人による侵攻の可能性が高いだけで……。」
「なんてことだ。上層のやつら。畜生!」
レッドは拳を壁に強く叩き付けた。
確かに、このような非道い話はない。
冷静になったのか、それを装ったのかはわからないが落ち着いた口調でレッドは続けた。
「迎撃するのだろう?俺も行くから。心配はいらない。」
「本当に?」
「そう決めた。問題はない。」
彼の瞳には、微塵も曇りや影はみられない。
信用はしている。信頼も置いている。
だからこそ、彼のためにここはどう判断するべきなのか―――――。
「わかった。お願いするわ。」
今の私達に、レッドの力なしで戦いを挑むのはあまりに危険すぎる。
最初の試練がこのような形になったのはとても酷なことだけれど、これを乗り越えない限りは理想など夢のまた夢だ。
「行きましょう。夢の力を信じて……。」
城都の全体を取り囲む壁。
決して高さがあるわけではないが、この街を守ってきたのも事実だ。
その壁の上に、私とトールは立っている。
「エリー、話してわかってもらえるような状況ではないと思うのだけれど……。」
「やってみないとわからないから。……いつでも準備はしておいて。」
「うん。」
確実に近づいてくる人影。大きくなってくる人影。
「トール。お願い。」
「――――走れ稲妻。駆けろ。その馬蹄を鳴らせ。曇天を揺らす閃光よ。その姿を表せ!フラジェリーア!」
呼び声に合わせ、帯電状態の青き一角獣が現れた。
「放て!フラジェリーア!」
一角獣の角先から放たれた電撃は、まるでこれ以上踏み込むなと言わんばかりの境界線を1万程の兵の前に引いた。
「聞け!退廃的な世代として生きてきた兵たちよ!その線を越えぬうちは迎撃を行わない!おとなしく引け!」
叫ぶ。届いてと願って。
しかし、敵兵の長と思われる人物の返答は予想していた2つのうち、悪い方のものだった。
「お前が新たなミラビリスの王か!そのような甘すぎる理想。手にできると思っているのか!」
「思っているさ!本気で!人々は分かり合えると!そして真に戦うべき相手は何者なのか私は知っている!」
「戯言を……。」
「否定することしか知らない大人たちには戯言に聞こえるだろうさ。……セベック頭領。」
「貴様……!行方をくらませていたレッド・エライド……!」
「俺たちの夢を邪魔するものはすべて切る!」




