第四章 第一話 偽りの王子と希望の子
「エルシア様、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
ミラビリス国、城都。
その中央に位置する大きな城。それがこの国の中枢である。
この城に王子として君臨する者の名はエルシアといった。
「北の抗争はどうなった?」
「はい。何も問題ありません。数時間後には鎮静化するかと。」
「そうか。」
「それで、エルシア様。今日の午後からなのですが。」
「わかっている。見合いだろう?」
「はい。それでは、午後にお部屋の方でお待ちしております。」
「ああ、下がれ。」
執事が部屋を後にする。
「ふぅ。お見合い、か。」
午後になり、エルシアは約束の場所で、約束事を果たしていた。
「エルシア様。彼女が妃の候補となられる女性です。」
「エルシア様。なんてお美しい方なのでしょう。私はシェラと申します。」
「シェラか。良い名だ。……。」
エルシアは執事に目を配ると、執事は静かに部屋を後にした。
「エルシア様。私、皇学校のころからあなた様に惚れておりました。今回はこのような運びになって、本当にうれしいです。」
「そうか。……シェラ。今回の見合いについて何か事前に聞いたことはあるか?」
「事前に?いえ、特には何も。」
「そうか。では少し話をしよう。君は僕の何を知っている?」
「エルシア様についてですか?」
「ああ。そうだ。」
「そうですね。皇学校では、常に成績優秀で、学力はもちろん。戦闘における能力も長けていたと思います。」
「……。それで?」
「皆からの人望も厚く、常に憧れの的だったと思います。……どうしてこのようなことを聞かれるのですか?」
「ひとつ。とても大事なことを、君は知らないんだね。」
「エルシア様?」
「僕には、とても重大な秘密があるんだよ。それを知ってもなお君は僕の妃として尽くしてくれるかい?」
「ええ、もちろんです!」
「そうか。それじゃあ、言うよ。」
「なんなりと!」
「……僕は、女なんだ。名前も本当はエルシアなんかじゃなくてエリーなんだよ。」
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夜になった。昼のあの娘の言葉を思い出す。
『……女性?なんで?』
『妻となってもらうからには知っておいてもらわないとならない。』
『どうして?男性として?』
『お国のご都合さ。』
『ごめんなさい。少しだけ、時間をください。』
『もちろん。君の人生のことだ。』
『ほんとうに、ごめんなさい。』
エリーは窓の外に出て、バルコニーで遠くの闇を見つめていた。
「今日もどこかで、戦いが起こっているのかな。」
エリーは迷いの中を生きていた。
王族の一人娘として生まれ、国のためにひいては家族のために男として人生を過ごしてきた。
そう、つまりはなかったのだ。彼女には自由の権利が。
「私が私として生きることができたなら、なんて。」
つい夢見てしまう。自由な女の子として生きることができたなら。
「どうして、国の人たちは仲良くできないんだろう。争うことに一体なんの意味があるというの?」
彼女に権利などない。国の思想は自らの思想。ミラビリス国は戦いを欲している。
「力を持った人たちが、むしろ仲良くなんてできると思う?」
「誰!?」
ここは3階。なのに頭上から声が聞こえた。
「やぁ。お姉さん。調子はどう?」
「え?子供?宙を浮いている……。」
何が起きたかわからなかった。一体、この男の子は何者だというの?
「子供とは失礼だね。確かに見た目はこんなのだけど。実際は君たちなんかよりもずっとずっと前から存在しているのに。」
「なにものなの?」
「僕は君たちが言うところの“神様”ってやつさ。」
「神様……?」
「そう、この世界を創造したものたちの一人ってわけさ。」
「どうして、私なんかの所に?」
「退屈すぎるんだよ。僕達は君たちが強くなってくれると思って異能を授けて戦わせてもっともっと強くなってもらおうと思っていたのにさ。」
「どういう意味?」
「200年以上。この世界に創り替えてから200年以上待っているのに、この世界の人たちは誰も僕達の元に訪れない。戦ってくれない。退屈なんだよ。」
「それが私とどう関係しているというの。」
「君なら僕達の退屈を晴らしてくれると思って。」
「あなたたちと戦えってこと?」
「それは今じゃない。今君にしてもらいたいのはこの戦争を乗り越えることだ。」
「乗り越える?」
「君は今夜、この城を抜け出して海を越えてミラビリスの果てのあの島へと赴く。」
「あの島?反政府組織の本拠地じゃない!」
「そうだよ。君はこの王国を敵に回すんだ。」
「そんなこと、できるわけないじゃない。」
「へぇ。いいんだ。ちなみに今夜、君がこの選択をしなかった場合は、この4大国の戦争はあと3000年も続く。大袈裟に聞こえるかもだけど真実だよ。」
「3000年?」
「信じられない?」
「だって、そもそもあなたが神だなんていうことも信用ならない。」
「そっかぁ。じゃあしょうがないね。……。うん、それじゃあこの後何が起こるかを予想してあげよう。」
「何が起こるっていうの?」
「昼に君が会った娘が来るよ。君を殺しにね。」
「は?」
「うん。もう来るよ。」
少年の言葉は本当だった。
「ううわぁ!?」
執事の声だ。もしかして不意打ちされたのか。
そしてバルコニーの窓が開く。
「ああ、こんなところにいらしたのですね。エルシア様。」
「シェラ……。その手に持っているものは。」
「ええ、あなたを切るための道具です。」
「どうして。」
「どうして?……知っているでしょう。今この国はエルシア様の一族一強の時代です。同じ貴族でも、扱いの差がひどすぎるのはご存知でしょう。」
「だから殺すの?」
「あなたが男で、その家族に加われるのならよかった。あなたの子を産んで一流の貴族としてこの生を全うできたのなら、それでよかったのです。ですがなんですか?あなたは女。私はあなたの子を産むことも叶わず、ましてやこれまで騙されながら貴族の皆は理不尽な思いばかりしてきた。許せません。許せない!」
「……。」
「なにも言い返さないのですね。丸腰のあなたなら私でも倒すことができる!」
「……シェラ。」
「死んで償って下さ―――――。」
「え?」
衝撃の光景だった。
「ごちゃごちゃうるさい女だなぁ。嫌われるよ。」
あたり一面に血飛沫が散乱する。シェラの首が飛んだ?
「―――――――。」
シェラの頭を抱きかかえる。開ききった眼。開いたままの口。重いけれど、軽い。
倒れ込んだシェラの胴体。首元から溢れ出る血液は足を止めない。
「これから世界を変える要人さんなのだから。殺させはしないよ。」
「あなた、本当に。」
「うん。神様だよ。」
何も考えることはできなかった。
だけど、ひとつだけ確かなことだったのは今夜、私はこの城を飛び出すこと。
「どうやら君もその気になったみたいだね。」
「ええ。行かせてもらうわ。変えてみせる。そして、絶対にあなたたちを倒してみせる。」
「うん。楽しみに待っているよ。」
深すぎる夜。城を飛び出して真っすぐに彼の地へと向かう。
反政府の勢力からしたら私なんて敵のなかの敵。
迎え入れてくれるかなんてわからないけれど、今は向かうしかない。
月明りだけに照らされた道を愛馬に乗ったエリーが駆けてゆく。
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同時刻。ミラビリス国、最果ての孤島。反政府組織本拠地。
「トール。そろそろ眠りなさい。」
「母さん。」
「あなたは本当に好きなのね。月を見つめるのが。」
「うん。なにか見えてくるような気がして。」
「そう。」
「ねぇ、母さん。聞いてもいい?」
「どうしたの?」
「死んだ父さんも月、好きだったのかな?」
「あの人が月を見ていたところなんて見たことはないわ。」
「優しい人だったんでしょ?」
「ええ。あなたも同じくらい優しい子に育ったわ。」
「一度くらい、話してみたかったな。」
「……。トール。」
海の水面に浮かぶ月はあまりに大きくて、だけど風が吹くと大きく揺れて。
その目に映る光景が少し不思議で、ずっと見ていたかった。
「リノさん!ちょっといいですか?」
母さんの部下がやってきた。
「今行くわ。トール早く寝るのよ。」
「わかった。おやすみ。」
「ええ。おやすみなさい。」
「それで?何の報告?」
「先日出されていた手紙の返信が―――――。」
父さんは僕が生まれてくる前に亡くなってしまった。
戦争が僕の家族を崩壊させた。
戦争さえなければ僕は家庭というものを知れた。家族の温もりを知れた。
だから母さんもこんなレジスタンスに身を投じて頑張って世界を変えようとしている。
「いつか僕も役に立てたなら。」
ミラビリス人とバケマイティス人の間に生まれた僕が何よりの証拠だ。
世界はきっと分かり合える。いがみ合う時代はもう終わりだ。
だから、見守っていてください。父さん。きっと世界を変えてみせます。
2つの強き想いは同じ方向を向いていた。
この世界は間違いなく変化を遂げる。
これは小さな小さな革命前夜の物語。




