外伝 最終話 日はまた昇る
あれからリノは驚くほど早く村に馴染んでいった。
村の老人たちも愛想のいいリノに対して孫のように接して、そして俺の恋人ということに疑いを抱くこともなかった。
「村のみんなも俺たちが恋人同士だって信じていて疑わないみたいだ」
「疑うも何もほんとうの事じゃない。変なこと言うのね」
「え」
耳を疑った。
「じゃあ、あらためてよろしくね。コルラ」
「ああ、よろしく。リノ」
それから本当に信じられないくらい幸せな日々が続いた。
毎日が充実していた。
今までは村のみんなのために頑張っていたけれど、今はたった一人の為に生きていたい。
本気で思っていた。
そうして半年ほど経った頃だった。
俺は一つの提案をリノにした。
「二人きりで暮らしたい?」
「ああ」
「素敵な提案だけれど、その家はどこにあるの?」
「知り合いが村を離れて、城都で暮らす事になったんだ」
「城都?」
「この国の中枢だよ。この村のずっと北の方にあるんだ。俺は行ったことがないけれど」
「そう。ええ、いいわ。二人で暮らしましょう」
「本当!やった!」
「あなたのご両親にご挨拶しなきゃね。ずっとお世話になってきたんだから」
「そうだね。行こう!」
「早くない?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「思っていたより広いのね」
「すぐに暮らせるように村のみんなが気を利かせてくれていたんだ」
「ほんとね。素敵な家具」
「こんなにもみんなが手伝ってくれるなんて思ってもみなかった」
「あなたって本当にみんなから愛されているのね。妬けちゃうわ」
「ああ、感謝しかない」
「そんな八方美人なあなたも今はあたしだけのもの」
「……。リノ」
「愛しているわ、コルラ」
「俺もだ。リノ」
触れ合い、労わる。
こんなにも切なく苦しい胸の中。
指先から伝わる熱の感覚。
愛された感触が素肌に刻み込まれる。
俺たちは二人で生きていると実感できる。
いつまでも、いつまでも、この儚い温もりを愛しいと感じるのだろう。
約束も誓いもない愛が消えないように。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おはよう」
「ええ、おはよう」
あれから更にどれくらいの時間が経っただろう。すっかり二人の生活にも慣れてきていた頃だった。
「ねえ、リノ。今日はこれからあの場所に薬草を採りに行かないか?」
「また誰かから頼まれたの?」
「そんなところ。いいだろ?」
「ええ、いいわ。行きましょう」
久しぶりに向かうあの場所への道。
二人で向かうのは初めてだった。
「もうそろそろだな」
着いた。薬草の生い茂る秘境。
「さっさと採るぶん採ってしまおう」
「そうね」
やはり二人でやると早い。
それでも数時間は経過しただろうか。
「これだけ取ればしばらくもつでしょう」
「うん。帰ろう」
踵を返そうとした。その時だった。
『――――――!!!』
「なんだ!?」
激しい轟音が地響きと共にやってきた。
「……ちょっと、村の方からじゃない?」
「……。行くぞ」
夢中で駆け出していた。
きっとたどり着く頃には遅すぎる。
だけどその足を止めるわけにはいかなかった。
村に近づくほど、遠くに見えた見たくない景色がより鮮明に見えてくる。
立ち上がる炎、黒煙。
「……」
言葉を失くした。そして、総てを失くした。
生まれ育った村。リノと出逢ってから過ごしてきた家。その総てが灰に変わってゆく。
「なんで、なんでこんなこと」
「……。バケマイティスよ」
「リノ……」
「あたしにも何でこうなっているのか、わからない」
「どうして、どうしてこんなことが」
立ち上る炎。いつまでもこんなところにはいられない。
頭では理解しているが、体がまったく動いてくれない。
「コルラ立って。もうここから離れないと、敵もまだいるかもしれない」
「……」
「コルラ!立ちなさい!」
リノに無理やり手を引かれ立ち上がる。
虚ろなままで駆け出す。
「ちゃんと走って!」
「……」
そこから先のことはほとんど覚えていなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
我に返ったのは村から遠く離れたところに着いた頃だった。
「少しは頭から冷えた?」
「リノ。やっぱり、あの光景は夢じゃなかったのか」
「ええ、現実よ」
「――――」
冷静になって、溢れた感情と真っ先に向き合った途端、涙が溢れてきた。
「……コルラ」
その時だった。遠くで発砲音が聞こえた。
「まだ、敵がいる?」
「逃げましょう。今はとにかく北へ、城都へ向かいましょう。」
「ああ、わかった」
それからどのくらいの日数経っただろう。
森の景色はひたすらに続いていき、敵軍の侵攻に怯えながら暗闇に二人寄り添い、かろうじて生きていた。
「城都ってどのくらい遠いのよ」
「まだかかるかもしれない」
「あの日々に帰りたいわ」
「俺もだ。こんな日々、城都へ着けば終わる。もう少しの辛抱だ」
「そうね。頑張りましょう」
「もう少しで夜明けだな」
少しずつ空が明るくなる。
朝も昼も夜もずっと歩いているから感覚などすでにおかしくなっている。
(大丈夫。俺たちは帰るんだ。あの日常に、幸せな日々に。)
強く祈った。しかし、コルラの祈りが神に届くことはなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……。銃声。
あたしは、なんともない。
「コルラ、また、銃声―――」
目を疑った。
「……。リノ」
「コルラ、嘘でしょ」
目に飛び込んできたのは、腹部を赤く染めたコルラの姿だった。
「……」
そのままコルラは何も言えず地面へと倒れ込んだ。
「コルラ!」
急いで抱きかかえる。
傷口を抑えるが溢れ出る鮮血は止まってくれない。
「お願い。止まって……」
「……リ、ノ」
「喋っちゃダメよ!お願い、お願い!」
「聞い、てくれ」
彼はもう助からないとわかっていた。
「生きて、幸せ、になるんだ」
「あなたが一緒じゃなきゃ嫌よ!」
「生き、て。俺、の分ま、で」
「……コルラ」
せめて、最後に生きている彼を感じたかった。
何も考えずに自分の唇をコルラの口元へ持っていっていた。
―――最後のキス。
「リノ、ありが、とう。出会って、くれて」
「こちらこそ、ありがとう。愛している。ずっと愛している」
「……」
コルラの目が虚ろになり、体がどんどん冷たくなる。
「コルラ!コルラ!逝かないで!」
「……」
あたしの涙が彼へ落ちた。
最後に見えた彼の表情はとても安らかな優しい、優しい微笑みだった。
横から夜明けの日差しが差す。
暖かい。とても暖かく感じた。
「ほら、コルラ、暖かいよ」
夜明けの陽はまるで冷たくなった彼の体を暖めるように彼を照らした。
日はまた昇る。
その後、リノは独りきり城都まで辿り着いた。
コルラは死んだ。もう一度と願っていた生活を再び手にすることは叶わなかった。
しかし、彼の意志は滅びない。
彼女と彼女に身籠る新たな命が、彼の生きた証になるだろう。
外伝 The Sun Also Rises 完。




