外伝 第一話 許されぬ恋
N.E.193
ミラビリス国、及びバケマイティス国の国境沿いにある小さな村、 クラインプール・ビレッジ。
その村に住む、とあるミラビリス人の19歳の少年、名をコルラといった。
コルラは村一番の好青年で子供らからはよく慕われ、年寄り達からは将来を大きく期待されていた。
ある日、コルラは村の老婆に頼まれバケマイティス国の国境に最も近付く秘境に、薬草を採りに出かけた。
「今日はなんだかいい天気だな。なにか良いことが起こりそうだ」
コルラは誰のどんな頼み事も嫌な顔一つせず手伝った。
もちろん、悪巧みなどは許しはしない。
コルラは好きなのだ。人々の笑顔が。
その笑顔が自分の行いで見られるのなら彼はどんな事だってやってのけるだろう。
当然、その秘境までの道のりは優しいものではない。
もしも運が悪ければバケマイティス軍の人間に見つかって殺されてしまうかもしれない。
それでもコルラの足は止まることはなかった。
小高い丘を越え、少しの崖を登りきるとその目的地があった。
ふぅ、と一息着いて薬草を探そうと足元に視線を落としたところでコルラは気づいてしまった。
「これ、足跡だ」
自分以外の誰かがここにきた。
まだ足跡が残っているということはこの先に人がいる。
しかし、コルラは疑うことをしなかった。
自分と同じようにきっと誰かに頼まれて薬草を採りにきた優しい心の持ち主がこの先に待っている筈だ。
コルラはそう考えていた。そう考えるしかできない人間だったのだ。
「おーい、誰かいるんですか?」
「!?」
音がした。そそくさと隠れる音。
「別に隠れなくたって平気ですよ」
コルラは優しく語りかける。
「……」
返事がない。
「おかしいなあ」
コルラは薄暗い地面に膝をつけた。
「全部採っちゃいますよ。一緒に採りましょう」
続けてコルラは語りかけるが、返事はない。
しかし、返ってきたのは返事ではなく脅迫だった。
「そのまま地面に体を伏せて、両手も地面に!」
女の声だった。
いきなりの出来事にコルラはきょとんとしている。
そう、薬草採りの姿勢は彼女の指示したままのものだったから、その先どうすればいいのかわからなかった。
「これ以上どうすればいいんです?」
その言葉の意味を理解した若い女性はまるで噴火したかのように赤面した。
「いいの!とりあえずそのままの姿勢でいて!」
彼女の高い声がより高くなる。
「いい?あなたは今、私に制されているの」
「はい」
「だから黙って私のいうことを聞いていればいいの?いい?」
「……」
「……」
「「……。」」
「黙ってないで返事しなさいよ!」
「ええ!?」
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「どうやらあなたは国境警備隊の人ではないようね」
「違うよって何回も言ったじゃないか。確認もせずに人を脅しやがって」
「申し訳なかったわ。ごめんなさい」
あまりに素直な彼女の言動に、これまでの行動との乖離を感じたが悪意がないとわかったのでこれ以上攻め立てるようなことはしないでおこう。
「でも、あなたはもうここへは来るべきじゃないわ」
「どうして?」
「知らないの!?呆れるわ……」
「なんだよ。その言い草」
「あのね、つい先日バケマイティス国、つまり私の国ね。それが発表したのよ、国境警備隊の人数を増員するって」
「なるほど」
「見たところ、あなたミラビリス人でしょ?だったら格好の的じゃない。奴ら血に飢えた魔物のように襲ってくるわよ。狩りをしたくてウズウズしてる」
「そうだったのか。うん。教えてくれてありがとう」
「ありがとうって……あなたわかってる!?今!あなたは!敵国の!人間と!遭遇しているの!こんな状況でよくそんな言葉が出てくるわね」
「俺の知らない有意義なことを教えてくれたんだ。ちゃんと感謝の言葉を言わなくちゃおかしいだろ?」
「どんだけいい子ちゃんなのよ……あなたは」
「それに、敵国がどうっていってもアンタはアンタだ。俺は敵じゃないと思ってる」
「……アンタじゃないわ」
「え?」
「だから!アンタじゃなくて、"リノ"よ。そう呼んで」
「リノか、わかった。俺の名前はコルラだ。よろしく」
「ええ、よろしく。コルラ」
「リノは、何をやってる人なんだ?」
「私?私は、軍の武器開発とかをするためのプロになるための学校に通ってるの」
「へえ」
「あら、あまり興味ないのかしら?」
「だって人を殺す道具だろ?リノが作っているのは。俺は、あんまり好まないなぁ」
「安定しているのよ。あたしだって好きで作ってるわけじゃないわ」
「そっか。いろんな事情があるんだな」
「そうね。戦争をビジネスだって考えてる連中は山ほどいるわ。それで儲かる事業が実際にあるんだもの。そうやってバケマイティスはこれまで繁栄してこれたんだから」
「光と影ってやつだな」
「あら、いい表現するじゃない」
「そうか?」
おかしい。これはおかしな状況だ。頭は理解してる。
だってずっと、いがみ合ってた国同士の男と女だろ。
なのに、こうしてリノと会話している一瞬一瞬がすごく楽しい。
こんな時間がずっと続けばいいって、無意識にそう考えるようになっていた。
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気づけば真上にあった太陽も、すっかり傾いて夕陽の赤に包まれた。
「あら、もうこんな時間」
「そっか。だいぶ陽も沈んできた」
「帰るわ。コルラ、ありがとう。いい時間だったわ」
「ああ、リノ」
――――このまま、帰していいのか。こんな気持ちのまま帰してもいいのか?帰ってもいいのか?
「リノ!」
何故か。頭で判断する前に声を発していた。
次になんて言葉を続ければ正解なのかもわからぬまま。
「なに?」
純粋な瞳に見つめられて、心も時間も何もかも奪われたようだった。」
「……。あの」
「どうしたの?」
「また、ここで会えないかな?」
「……。どういうこと?」
「いや。今日リノと話してすごく楽しかったんだ。これまでの人生でも会話でこんなに楽しかったなんて初めてなんだ。だからまた話せたらって思って」
「そ、口説き文句としては50点ね」
「な!?」
「いいわ、会ってあげる。あたしもあなたのこと気に入ったわ」
「え?」
「そうね。……ここの薬草は高く売れるの。手伝ってくれる?返事次第では考えてあげる」
「あ、ああ。そんなのでいいのならいくらでもやってやるぞ?」
「交渉成立ね。また明日。今日と同じくらいの時間に待っているわ。ちゃんと時間通りに来なさいよ。わかった?」
「承知した。ありがとう」
「こき使われるのに、今のうちだけよ。そのうち愛想尽かすわ」
「どうだか」
「ふふ。それじゃまた明日ね」
「ああ。また明日」
嬉しかった。また明日と言える幸福。こんなにも胸がときめいたのはいつ振りだろう。
いや初めてかもしれない。
俺のこの想いが例え許されないものだったとしても、成就させたい。
その強い気持ちは絶対に偽りじゃない。
往路ではあんなにも大変だと感じていた山道も、帰り道はこんなにも軽快だった。
今日が終われば明日がくる。日はおちても、また日は昇る。
そんな繰り返しの人生にようやく一輪の花を見つけたコルラであった。




