第三章 最終話 剣と雷
「……。来たぜ」
見覚えのある暗闇に言葉を投じ、返事を待つ。
――――――。
……。返事はない。
「いないのか?」
もう一度、今度はより大きな声で呼びかける。
強めの風が、木々の間を抜け肩にぶつかる。
「……。待っていたよ」
さっきとは違う声?似ているけれど、少し違う。
だけど、やはりあの戦士の声と似ている。
「パレットをどこにやった?」
「ここだよ」
先ほどの声とは違う方向から声がした。これは町の時と同じ声だ。やはり敵は2人いる。
その声のほうを向くと、先ほどの男子が姿の見える状態で現れた。
「約束通り君は来てくれた。彼女にもう用はないから、ここに置いておくね」
「……ああ。ありがとう」
ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。先ほどの風はこれのせいだったのか。
雨足が強くなる。遠くで雷鳴も響く。
「もう一人の方も出て来いよ」
問いかける。数秒のあと、暗闇のなかから稲光に照らされたもう一人が出てきた。
「……同じ顔。双子なのか?」
数日前の記憶を思い出す。あの戦士はなんと言っていた?
『私には、ちょうどお前と同じくらいの息子がいる。双子でな―――――』
すべての辻褄が合致した。
「……。お前たちはあの戦士の息子なのか?」
「その通り」
「仇をとりに来たのか?」
「……。その通りだ」
何も反論する余地がない。すべて俺のせいだ。あの男の命を奪い、彼らを苦しめた。
何もかも、すべて俺が悪い。
「……」
言葉がみつからない。
「僕らはね」
男の一人が口を開く。
「夢を見たんだ。お父さんと君が戦っている夢を。そして、君がその右腕を大きな剣にして、僕のお父さんを切り捨てる夢を」
信じられなかった。一体、どのような力が働いて彼らにそのような夢を見せたのかは謎だが、それは事実。そして事実だから、こうして俺の前に姿を現した。
「これは神様が与えてくれたチャンスだと思った。これは神様が見せてくれた夢としての現実。それを神の言葉だと思うのなら、僕らはそれを実行しなければならない。復讐を」
また一瞬の稲光が彼の表情を照らした。鋭い眼光、決意と悲しみに満ちた眼。
「……。俺は」
口が開いて出た言葉はこうだった。
「……俺は、君たちとは戦えない」
戦う理由がない。戦える理由がない。――――彼らを倒す理由がない。
「何を、何をふざけたことを言っている!」
町で見た彼の方が激昂する。
「滑稽だ!戦えない!?殺してくれとでも言うのか?戦士としての誇りはどこに消えた!?」
「……」
「答えろ!」
「……。戦士としての誇りなどない。戦えと言われたから戦っているだけだ。本当は争いなんてなくなればいいと思っている」
「ふざけるな!そのような戦士崩れに僕らのお父さんは殺されたのか!?」
彼の言うことは至極尤もだった。
「すまないが。俺には君たちとは戦えない」
「そっか。そうかそうか。わかったよ」
彼はもう一度パレットに向けて短剣を突き立てる。
「やっぱりこうするしかないよ、アスト」
「アルト、それは……」
「剣の戦士!お前が戦わないというのであれば今すぐこの女を殺す!」
「やめろ!パレットに手を出すな!」
「正気か?ああするな、こうするな。わがままが過ぎるぞ。これは命令だ!従ってもらう」
「パレット……」
「お前にとって大事な女だろう?そうか、この女を殺してしまえばお前も復讐に僕達に殺意を憶えるかもな。やってみようか?本気だぞ」
「やめろ。やめてくれ」
「やるぞ」
「やめろって言ってんだろ!」
「―――!」
「変形!不屈の剣!!」
激しい叫び声とともに右腕を掲げ、そしてそれはあの時と同じ輝きを放つ大きな剣だった。
「アルト、十分だ。戦う準備をしよう。彼女を解放するんだ」
「わかった」
剣の男の表情は、さきほどの心情に彷徨っていたときとは違い、そこには“戦士”が立っていた。
「ようやくやる気になったみたいだな」
アルトが挑発する。
「もうこれ以上、俺のせいで大事な人を失いたくはない!」
「戦意むき出しか。願ったり叶ったりだな」
「アルトいけるか?」
「いつでもどうぞ」
そう言って僕らはそれぞれの手にチェンジ・ギアを構える。
「「チェンジ!!」」
彼らの掛け声のあと、雷雨の空から雷が一閃、彼らの元へ落ちてきた。
「……これは。あの時の」
あの戦士が最後に使った技、バケマイティス人の切り札。相手はやっぱり本気だ。
雷の眩しさが取り除かれた後、彼らの姿は鉄の装甲に全身が覆われた機械のような姿だった。
「それは、……なんだ?」
「これまで、バケマイティス人はこの技を使わないように様々な兵器を開発してきたが、この装甲は、この技を使う前提で開発された新たな武器!お前の剣が最強を意味する不屈の剣であるなら、僕達も最強の雷を以ってお前を打ち負かす!」
二つの雷が剣を襲う。雷は激しく、剣はその攻撃をかわすので精いっぱいであった。
「(二人を相手にするのはさすがに厳しい!)」
「そこだ!」
アルトの雷が開いたレッドの懐に入り込む。
「しまった!」
「くらえ!」
アルトの放った電撃がレッドに襲い掛かる。
「……」
「アルト、やったのか?」
レッドは立ったままである。
そして――――。
「!?」
「……つかまえたぞ」
懐に潜ったままのアルトをレッドは左腕全体で抱きかかえるようにとらえていた。
「なんで……?」
アルトはレッドの全体を見渡した。不屈の剣は、いつの間にか地面に突き刺さっていた。
不屈の剣はレッドの体と一体化している。アルトの放った電撃はレッドの体の右側を通過し、剣となった右腕から地面へと流れていった。
「だけど、相当量の電気を浴びせたはず……」
「かなりのダメージはあった……。しかし俺の心臓を絶縁状態にした。……心臓を硝子にすることによって!」
……ありえない。心臓を硝子に変えた?それじゃ、拍動は停止する……。
そうか、だからか。
男はアルトの攻撃の際、心臓を硝子にして拍動を停止したことによって、一時的に失神していたのか。
だけど、失神したまま意識が戻らず心臓が硝子のままだったら結局心停止して死ぬんだぞ……。
なんて狂った賭けをする男なんだ。
だけど、今はアルトだ。助けないと。
男は右腕の剣を大きく振りかざす。
そしてそのまま、囚われのアルトの首元へと振り下ろそうとしている。
―――――間に合わない!
「アルト!!!」
まるで、時間が止まったかのように男の剣はアルトの首元直前のところでその動きを停止した。
「……。なんで?」
アルトが問う。
「やっぱり、俺には理由がない。君たちを殺める理由が」
男はそう言ってアルトを解放した。
「なんで、どうしてそんなに優しさに徹底できる?」
「これは優しさなんかじゃないさ。君たちに襲われて、確かに命の危機も感じた。やらなきゃやられる。確かにそう思った」
「じゃあ、なんで?」
「俺が欲しかったのは、そういう強さじゃない」
「そういう、強さ?」
「ああ、俺は友人を君たちの父親に殺された。そして俺は君たちの父親を殺した。あれからずっと、あの男の言葉を、人を切ったあの感触も忘れることもできないんだ」
「お父さんの言葉?」
「彼は言った。大人たちの始めた戦いに巻き込まれ理不尽な思いをしているのは子供だと。そんな子供らの人生最後の瞬間に残る感情は後悔だけだと、そう言っていたんだ」
「……お父さんがそんなことを」
「きっと同情してくれたんだと思う。だけど、その言葉たちっていうのは、きっとほとんどが正しいんだ。俺もそう思う部分もたくさんあった」
剣の男は右腕を剣の状態から普通の右腕の状態に戻した。
「だから俺は間違ってないんだって、この考え方は一般的でないかもしれないけれど決して間違いではないって、そう思えたんだ」
雨足は弱くなり始めていた。
「この数日、俺は一体どうすればいいのか。何をしたらいいのか。ずっと考えてきた。そうして得た答は、やっぱりこの戦いを終わらせることだと思ったんだ」
「結局、戦うことになるんじゃないか」
「戦うことも必要かもしれない。だけどまずは声を聴いてもらうしかない。僕ら異国民は例え過去の過ちで憎しみ合っていたとしても、わかりあうことができる。信頼し合えることができるって」
「どういう意味だよ」
「わからない?俺は同じ痛みや悲しみを抱く君たちとわかりあって信頼していきたいってことだよ。そしてこの腐った世界を変えていきたい」
「そんなの現実味がない」
「その通りだ。これからしでかそうとしていることは、世界を動かすことだ。だけど大丈夫。今は3人、少人数だけど同じような考えを抱いている人たちはこの世界中にいるはずだよ」
「僕らは、あなたにとてもじゃないが許されないことをした。彼女をさらい人質にして、あまつさえ命も奪おうとした」
「俺は許すよ。パレットもきっと話せばわかってくれる」
「そんなこと……。でも僕らは今、あなたに命を救われたようなもの。でも、どうしたらいいか」
「混乱が隠せないのはわかる。だけど、ゆっくりでいいんだ。ゆっくりわかりあっていこう」
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「そしたら気を付けて帰って。次に会えるときを、楽しみにしているから」
「はい。レッドさんもお元気で」
どうやら朝まで話し込んでしまった。雨は上がり、光が差す。
双子の戦士と語り合い、互いの考えや理想を語り合った。
分かり合えたところ、分かり合えないところ一杯あったけど否定することはなかった。
半年。半年間、自らの実力を向上させる。
そして強くなって世界を変える。その誓いを交わし、再会を約束した。
レッドとアストとアルト。彼らが再開するまでの半年。
その半年の間で、ヘマタイティス国でもバケマイティス国でもない国で大きな変化が起きようとしていた。
第三章 完。




