第三章 第一話 凱旋門
「ねぇ、レッド」
「……」
「ねぇ!レッドってば!」
「……。あ、パレット。ごめん、ぼうっとしていた」
バケマイティス軍の兵士、あの男との戦いのあと、俺はナップの亡骸を抱えて戦列へと戻ってきた。
戻ってきたころには、戦列での戦いも終わっており、バケマイティス軍部隊の“撤退”という形で幕を引いた。
「……。ごめんね。私も駆けつけることができていたなら」
「いや、パレットがそんな思いをする必要はないよ。俺が一番、駄目だったんだ」
パレットは俺がナップを抱えて戻ってきたとき、真っ先に駆け寄ってくれた。
そして、俺たちの身に起きたことと、友の亡骸を見てパレットは誰よりも悲しんで涙してくれた。
「私は、何もできなかった。急に襲われてただ立ち尽くしているだけだった」
「……。パレット。もういいよ。これが俺たちの実力で限界だったんだ」
「だってこんなの、あんまりだよ……」
パレットは本当に悔やんでいるようすだった。
衛生兵として参加した戦いだったのに結局、誰の傷を癒すこともできず、あまつさえ友の傷を癒すこともできなかった。
「本当に、私は。ダメなんだ……。どうしてナップなの……?」
「……パレット」
「レッド。教えてよ。私どうしたらいいの?どうしたら私はあなたと一緒に戦えるの?どうしたらもうこんな思いしなくて済むの?」
「パレット。今は、もうやめよう。今は帰ろう」
「……」
これ以上、パレットの声を聴いていると涙が溢れそうだった。
そしてパレットは静かに涙を流していた。いつまでも、いつまでも。
俺は俺で、自分が倒したあの男のことを考えていた。
―――あの男は、俺と同じことを思っていた。この戦争に対して、同じことを考えていた。
“間違えた戦争”。……くそ。その戦争のために、一体何人犠牲になればいいんだ。
そうこうしているうちに、故郷の門が見えてきた。
「ああ、町だ。パレット、きっと両親が迎えに来ているはずだ」
「うん。……。きっとナップの親も来てるよね」
「ナップのご両親には、俺から話をするよ」
「……レッド。平気?」
「まぁ、強く振る舞わなきゃやっていられないだけかも」
兵士たちが故郷へ、帰還する。敵兵を退けたということでは勝利だったのだろうか。
もしそうなら、この小さな門はさながら凱旋門と言ったところか。
「お兄ちゃん!パレちゃん!」
「……サラ」
「おかえり!よかった、生きててくれて……」
「サラちゃん、うんただいま」
ようやくパレットの表情にも安堵の微笑みが漏れた。
すると横から大人の人に話しかけられた。
「やぁ、久しぶりだね。レッド君」
「あ……。ナップのお父さんとお母さん」
「ナップは君たちと一緒じゃないのかい?姿がみえないのだが」
「あ……。あの」
言葉がうまく吐き出せない。言葉をうまく組み立てられない。
まるで、言語を忘れたかのように声を上手に出すことができない。
「同じ部隊ではなかったのかな?」
「……ナップは、ナップは」
「ナップは?」
「ナップは、戦死しました」
―――――空気が凍ったようだった。指先がすごく、冷たい。
「は?ナップが?なんですって?」
「……」
ナップの母親が叫ぶ。
「ねぇ、レッド君。もう一回言って。ナップがなんですって?」
「ナップは、亡くなりました。敵兵と戦って亡くなりました」
「―――――え」
凍えた空気はさらに重くなる。
溢れた悲しみは感染力の激しい伝染病のように、僕の元からナップの肉親の元へと広がっていった。
ナップの両親は、その場に崩れ嘘だ、と何度も何度も叫んでいた。
俺は、その場から背を向けることも、離れることも、できなかった。
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気が付くと、宿舎の自分の部屋に戻ってきていた。
出兵前のままの部屋。机の上も何もかも同じままだ。だけど、この場所に、この世界に、もうナップはいない。
「……」
また、急な悲しみが心を襲う。
今度は周りに誰もいないからか。涙がとめどなく溢れていた。
「……。ナップ」
あの少し挑発的で、だけど決して憎むことのできない快活な声が脳裏を行き来する。
暗い窓の外を見つめていた。あふれる涙のせいで前もよく見えない。
すると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「――――レッド。いる?」
パレットの声だった。
「あ、ああ」
「入るよ?」
扉が開くと、そこにパレットがいるんだとわかるけれど、やっぱり涙で表情が見えない。
「ごめん、ちょっと今になって急に悲しくなちゃって」
「レッド……」
「ごめん、やっぱ全然強くないわ。俺」
「レッド……!」
パレットが優しく、抱きしめてくれた。
それで安心したのかわからないけど、子供みたいに声を出して、泣きじゃくってしまった。
「パレット。俺はもっと強くなりたい。もう誰も、誰も俺の周りからいなくなってほしくない」
「レッド、私も同じ。同じだよ?」
「もっと、もっと強く……」
後悔したくない。だから強くなる。
ナップを亡くして、俺は不屈の剣を得た。
この剣はナップとの誓いの剣だ。これ以上、誰も失わないように、守り抜くための誓い。
「パレットは、俺が守るから。サラも、みんなも命に代えてでも俺が守り切るから」
「うん。私は、私でレッドがどんなに深い傷を負ってしまったとしても、すぐに駆けつけて治してあげるから」
「ああ、ありがとう」
深く傷ついて、深く悲しんだ二人の決意は、これから起こる新たな試練を乗り越える希望の光となるはずだ。その希望の光を、まだあの二人は見つけ出すことができないでいる。
―――――そして時は、9日後へと動き出す。




