姫君は一目惚れした相手と結婚したい
ある国に、ちょっとわがままな姫君がいました。
姫君はいいました。
「わたしは、ひとめぼれしたひととケッコンするの!」
それを聞いた王様や家臣は大慌て。
なぜなら、姫君はいちどいったことを絶対にあきらめないからです。
姫君が一目惚れの相手と結婚するといったからには、かならずそうするでしょう。
おかしな相手に一目惚れしては困ると、王様たちは身分の高い、姫君と同じ年ごろの貴族の息子たちに会わせました。
だけど、姫君は彼らに会ってもうんともすんともいいません。
何人に会わせても、何度会わせても、姫君は彼らに一目惚れをしませんでした。
次第に、王様たちはあきらめていきました。
きっとまだ子どもだから、一目惚れに夢をいだいているに違いない。
大人になればきっと考え方が変わるだろう。
一目惚れでなく、自然と恋を知るだろう。
大人たちは一目惚れをしないことにかけて、姫君を見守ることにしました。
しかし、ある日。
姫君は見つけてしまいました。
いつも通り庭先で遊んでいた姫君は、がさごそと動く草むらを見つけました。
なんだろうとのぞくと、少年がいるではありませんか。
少年をみた瞬間、姫君は雷が打たれたように固まってしまいました。
心臓がとてもはやくどきどきとなります。
姫君は、一目見て、わかりました。
おどろいた目で姫君を見てくる少年の手を両手でぎゅっと握り、姫君は目をきらきらさせて、いいました。
「わたし、あなたにひとめぼれしたの。わたしとケッコンして!」
少年はいいました。
「姫さまは、目がわるいの?」
姫君が一目惚れしたと、またしても王様と家臣は大慌て。
姫君が一目惚れした相手は、大人たちさえ忘れかけていた低い身分の貧しい貴族の息子でした。
それに姫君と出会ったときは、服もぼろぼろで、なんと食べるものに困って、お城になにか食べられるものを探しにきていたのです。
当然、王様たちは猛反対。
だけど、姫君は聞く耳を持ちません。
姫君はなんども、一目惚れの少年に会いにいきました。
「わたし、あなたにひとめぼれして、好きなの。わたしとケッコンして!」
馬の世話の仕事を押しつけられた少年はいいます。
「姫さまは、外見しかみないの? 中身もみたほうがいいよ」
またある日、姫君はいいます。
「私、あなたに一目ぼれしたの、大好きなのよ。私と結婚して!」
騎士見習いとしてこき使われている少年はいいました。
「姫様、あなたの目は視界が狭まっているから、もっと違う人もみた方が良いですよ」
さらにある日、姫君はいいます。
「私、貴方に一目惚れて、心から愛しているの。私と結婚してくださらない?」
騎士の仕事で休む暇のない青年はいいました。
「姫君、貴方と私では身分が違い過ぎるのです。ご理解ください」
そしてある日。
姫君は、いいました。
「私、貴方に一目惚れしたけれど、もう結婚してなんて言わないわ」
忙しく姫君の側で働く青年は、動きを止めました。
「……どうされましたか?」
姫君は、悲しそうに眉を下げました。
「隣の国の王子様が、私に一目惚れしたらしいの。結婚を申し込まれているわ」
青年は目を見開いたまま、何もいいません。
「でも、私、ちっとも嬉しくないの。それで気付いたのよ。私、一目惚れしたからと貴方に迫ったけれど、貴方もきっと同じように、ちっとも嬉しくなかったって」
姫君は、うつむきます。
「だから、私は、もう貴方に結婚してなんて言わないわ」
くるりと青年に背を向けた姫君は、早足で立ち去ろうとします。
しかし、その腕を、青年がつかみました。
「なに?」
「結婚するんですか?」
「ええ……きっと」
青年は、とてもこわい顔をしました。
「それは、困ります」
「なぜ?」
青年は目を閉じました。
いろいろな想いが飛び交う中で、ひとつの想いがいまにも飛びだしそうにしています。
青年は、口を開きました。
「私が、姫君を、愛しているからです」
とたん、姫君が勢いよく青年の手を両手でつかみました。
「やっと言ったわね、テンス!」
「……え?」
姫君は、ほおを薔薇色に染めて喜びます。
「十年よ、十年! やっと貴方から愛の言葉を言わせたわ!」
「な、なにを」
「そうよ、十年。私はずっと貴方を見てきたのよ。だからきっと、貴方の性格ならば、こう言えば本音を言ってくれるって、想像ついていたの!」
青年――テンスはぽかんと口を開けましたが、その優秀な頭脳ですぐに姫君――ユニ王女の言葉を理解して、羞恥に顔を赤くしました。
「ねえ、私、見ていたらから知っているのよ。テンスが、お父様や大臣たちの妨害をくぐり抜けて、下積みから私の護衛騎士になってくれたこと。ねえ、そこにある気持ちが私にわからないと思って?」
テンスはうなりながら、手で顔を覆いました。
「テンス、貴方は私の一目惚れを否定したけれど。私は一目見た時に、あなたが今抱いている同じ想いを一瞬で抱いたの。あなたは理解するのに何年もかかった想いよ。ねえ、すごいでしょう? これでも、私の一目惚れを否定するの?」
ユニ王女は、楽しそうに、愛しそうに、少し意地悪そうに、テンスみつめました。
ややあって、テンスは手を挙げました。
「……降参です」
ユニ王女は、きゃあと声を上げました。
テンスはそんな王女を、苦笑して見つめます。
「王女の一目惚れは素晴らしいもの、と認めます。でも、こちらの十年惚れも負けてはいません」
テンスは、ユニ王女の手を両手を包み込みました。
「十年惚れの想い、王女にお伝えしましょう。貴女の一目惚れが、最高の目利きだったと世に知らしめるために」
数年後のある日。
快晴の日に、姫君は白いドレスをまとい、晴れやかな笑みをうかべていました。
となりには、英雄と呼ばれる、姫君の元護衛騎士の青年がほほえみを返していました。
おしまい